第四章 4
いきなり話が大きくなり、レクスとルーカスがそれぞれ目を見張る。だがアイリーンだけはひとりにこにこと微笑んだままだ。
「工房って……またずいぶんとぶっ飛んだ話をしますね」
「あら、とても真面目なご提案ですわ。実は我が領地の一角にガラスの素材が取れる地層がございまして。ただあいにく工房を設置するほどの余裕はなく……それでしたらいっそ場所だけお貸しして、必要な人手や設備を持ってきていただければと思いましたの」
アイリーンのあっけらかんとした語り口を前に、ルーカスがわずかに眉根を寄せる。
「要は工房誘致……おたくの土地を借りて、うちが工房を作るという話ですね」
「話が早くて助かりますわ。もちろん借地料については相場よりかなりお安くさせていただきます。その代わり、雇用の際には当領民を優先的に採用していただけますと」
「…………」
ルーカスが押し黙り、またも静かに目だけを動かす。だが「はあ」と小さな溜め息をつくと、眼鏡越しにアイリーンの方を見つめた。
「まあ、悪くはないお話です。ガラス工房というのは周辺の木を大量に伐採してしまうので、一カ所に長くとどまり続けることが出来ない。今も国内に数か所、うちが出資しているところがありますが、急ぎ移転場所を探していたところです」
「では――」
「ただ……そちらはとにかく立地が悪い。王都からも離れているし、建設資材を運ぶだけでも莫大な費用が掛かるでしょう。そもそも教会もないような僻地に工房を作る意義が――」
「教会なら出来ますわよ?」
アイリーンの返事に、ルーカスが「えっ」と目をしばたたかせる。
「先ほど大司教様とお話しして、ヴァンフリート領への教会建設に尽力するとの言をいただいております。正式な日取りが決まれば、各地から多くの資材がうちへと運び込まれるでしょう。……これは私の推測なのですが、おそらく規模的に、そちらの搬入作業もデュナン商会様が請け負われる形になるのでは?」
「まあ……多分……」
「でしたらその際に、工房に必要な建材も運び込んでしまえばよろしいのですわ。ガラス工房のためだけに人や荷車を準備するのは大変ですが、二つの運搬を同時に済ませてしまえばコストはぐっと下がります。ましてや一方は教会が出資者ですもの」
「あなたいったい、どこまで考えて……」
思わず口にしかけたルーカスが眉根を寄せ、先ほどより長く考え込む。
「しかし……仮に工房が出来たとしても、そもそも働き手の確保が難しいという問題が出てきます。王都に住んでいる職人がわざわざ遠い地方に行くとも思えませんし……」
「…………」
いちばんの弱点を指摘され、アイリーンは口を閉じる。
そうだ。建物が出来てもそこで働く人が来てくれなければ意味がない。バルトロは元々ガラス職人だったというから、お願いすれば引き受けてくれるかもしれないが――。
(やっぱり、工房の誘致までは厳しかったかしら……)
お断りされそうな空気を感じ取り、アイリーンは万事休すと息を呑む。すると背後からコンコンというノックの音がし、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「おお、良かった。まだいらっしゃいましたか」
「父上!」
「デュナン伯爵様!」
アイリーンはソファから立ち上がり、急いで振り返る。そこには仕立てのよいグレーのスーツを着た老紳士が立っており、アイリーンを見てにこやかに微笑んだ。
「お久しぶりです。いつぞやは素晴らしいもてなしをありがとうございました」
「い、いえ……」
「少し留守にしている間におふたりが来られたと聞きましてな。して、どのようなご用件だったのでしょう」
「実は――」
アクスタが教会の護符として採用されたこと。その製造を商会経由でお願いしたいこと。対価としてレシピを渡す代わりに、売上金額に対する一パーセントを手数料として受け取ることなどを簡単に説明する。
そして誘致の話になったところで、デュナン伯爵が「なるほど」と自身の顎に手を添えた。
「良いお話ですな! さっそく進めましょう」
「ち、父上! 本気ですか⁉」
「当たり前だ。私も現地を見てきたが珪砂の質も量も申し分ない。燃料となる木材も豊富だから向こう十年は稼働出来る工房になる。それに資材の搬入についてもいいタイミングを得られそうじゃないか」
(現地を見てきたって……)
もしかしてホテル・ヴァンフリートを訪れたのは、ガラス工房建設に適した土地を探すついでだったのだろうか。いきなりのことにアイリーンが驚いていると、息子であるルーカスが負けじと反論する。
「また護衛も無しにお忍び視察ですか⁉ 若くないんだからやめてくださいと何度も言っているでしょう! ああいや今はそこじゃない。そうだ職人! 職人はどうするんです? 地元の人間を雇用しただけでは使い物になりません。僻地に行ってくれる職人を募らなければ――」
「それなら簡単だ。『アル・メトロ』がいる、と言えばいい」
「アル・メトロが⁉」
ルーカスがこれまででいちばんの大声を上げる。アル・メトロといえばバルトロの家名だが……とアイリーンは不思議そうに小首をかしげた。
「あの、アル・メトロがどうかしたんですの?」
「イルゼクルドの天才ガラス職人ですよ! 他のガラスではありえないほどの透明度を誇る『メトロ・グラス』の作り手なんですが、年齢も性別も分からなくて――ま、まさか、アクスタに使われていたガラスって……」
「お前もまだまだだな。審美眼をもう少し磨いた方がいいぞ」
どうやらバルトロはその界隈ではとんでもなく有名な凄腕職人だったらしい。怒涛の展開にアイリーンがぽかんとしていると、デュナン伯爵が余裕の笑みを浮かべた。
「アル・メトロがいると分かれば、王国中のガラス職人が我先にとヴァンフリートへ赴き、師事したいと願い出ることでしょう。工房についてはご安心ください」
「あ、ありがとうございます」
「しかし……廊下でこっそりとあなたの話ぶりを聞いておりましたが、実に大した弁舌でございましたな。そもそもあのホテルもあなたが発案したとうかがっております。きっと色々なことを勉強なされたのでしょう」
「い、いえ……」
「いやあ、あなたのような聡明な女性であれば、我が家に来ても即戦力になれそうなんですが……。そうだ、化粧品に興味はおありですかな? 王妃陛下に頼まれた最高級のものが届きましてね。サント・ミリアムも近いですし、ひとつ私からのプレゼントとさせていただくのは」
「あ、あの、伯爵様?」
「その代わりにどうでしょう、うちのルーカスと一緒に、一度食事に行っていただくというのは――」
丁寧な語り口ながらあらゆる交渉ごとを言葉と財力、時には権力で強引にまとめ上げてきた商人としての気迫が背後から滲み出ており、アイリーンは思わずたじろぐ。するとそれを見ていたレクスがいつになく慌てて割り込んだ。
「デュナン伯爵、冗談が過ぎるぞ」
「はっはっは、怒られてしまいました。まあ、私としては優秀な人材はいつでも求めておりますのでね。もしうちで働きたくなりましたら、いつでもご相談ください」
かつては相当な美男子だったと想像出来る顔立ちで、デュナン伯爵が再度微笑む。
その本心が読めない笑顔を見て、アイリーンは自分がもしかしたらとんでもなく危ない橋を渡っていたのかもしれない、とようやく自覚するのだった。




