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悪女って誰のことですか? ~記憶喪失になったので真面目にお仕事していたら、何故か旦那様から溺愛されました~  作者: シロヒ


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第四章 3



 不安そうな三人を引き連れ、アイリーンは教会をあとにする。

 人の流れに逆らうようにして歩いていくと、やがて賑やかな広場が見えてきた。王都内の通りが合流する街の中心地で、毛皮のコートなどを扱う高級衣料品、海を渡った先にある異国の香辛料を売る店など数多くの店が軒を連ねている。


(ええと……たしかこのあたりに……)


 やがて広場の中でも特に目立つ石造りの四階建ての建物が見えてきた。一階部分は両替商の窓口となっているらしく、貴族のお遣いや王宮の官吏らしき人物、商人や異国からの旅人などが数多く出入りしている。

 アイリーンはその行列を横目に、奥にある高級木材(チーク)で作られた立派なカウンターへと向かった。受付らしき女性が立ち上がり、にこやかに応対してくれる。


「いらっしゃいませ、デュナン商会へ。面会のお客様でしょうか?」

「ええ。ただ約束はしていないの。デュナン伯爵様にお会いしたくて」


 そう言ってアイリーンは自らの名前とホテル・ヴァンフリートのことを伝える。本当は時期を見て事前にアポイントを取っておく予定だったのだが、教会からの呼び出しが急だったせいでそのタイミングを失ってしまった。


(伯爵様がおられれば、お会い出来る可能性はあるはず……)


 受付の女性が奥へと入っていき、少々顔を翳らせながら戻ってくる。


「申し訳ございません。あいにく社長が不在で」

「そうですのね……」

「ただ、副社長がぜひお会いしたいと」

「副社長?」


 おそらく社長というのはデュナン伯爵のここでの呼び名だろう。となると副社長というのは――。


「現デュナン伯爵のご子息、ルーカス・デュナン様です」

「ルーカス・デュナン様……」


 お付きの方はこちらでお待ちくださいとサリアとクライドは控室に通され、アイリーンはレクスとともに四階へと上がっていく。足音一つ立たない分厚い絨毯の上を進んでいくと、やがて廊下の先に大きな木の扉が見えてきた。

 受付の女性がノックをして中へと招き入れる。アイリーンが足を踏み入れると、中央のソファに座っていた青年がゆっくりと立ち上がり、こちらに歩み寄ってきた。


「ようこそ、お待ちしておりました」


 貴族とも騎士とも違う、商いをしている人間独特の隙のない立ち振る舞い。華美な装飾のないシンプルな黒の仕事着(スーツ)を身に着けており、全体的にシルエットがすらりとしている。青みがかった髪はきちんとセットされ、高価(たか)そうな細身の眼鏡をかけていた。


「父からお話は聞いております。あのガラスのアクロディア様を作った方々だと」

「私どもではなく、我が領地に住んでいる職人たちの作品ですわ。それよりも面会の許可を下さりありがとうございます」

「いえいえ。私もお会いしたかったので。しかし、まさかこんなにお美しい方だったとは」


 そう言うとルーカスはアイリーンの片手を取り、すばやく手の甲に口づけようとする。だがそれを見ていたレクスがすぐさまルーカスの手首を掴んだ。


「……彼女は婚約者がある身です。挨拶が違うのでは?」

「ああこれは失礼」


 片方の口角を挑発するように上げると、ルーカスはひらりとアイリーンの手を離した。そのままダンスの誘いをするかのように、大きく半円を描くようにして手を自身の胸の前に恭しく持ってくる。


「あらためまして、ルーカス・デュナンと申します」

「……アイリーン・ヴァンフリートですわ」

「レクス・ヴァンフリートだ」

「ああ。単なる護衛かと思ったら、あなたが噂の」


 ルーカスは嬉しそうに目を細めると、レクスの全身をまるで品定めするかのように眺めた。


「かのラゼオラ戦争、無二の英雄。弱さを突かれて崩れかけた戦線を見事守りきり、そのうえ一人の死者も出さなかった。その戦いぶりはあまりに勇猛果敢で、敵が投じた鉄球の鎖を引きちぎって投げ返した姿を見た者もいたとか」

「…………」

「そうしてついたあだ名が『破壊する銀の獣(イカルガ・ダンテ)』――聖女ミリアムを守り通した聖獣の名前です。あなたもさしずめ『陛下の番犬』というところでしょうか」

(レクス様にそんな二つ名が……)


 イカルガ・ダンテは聖女ミリアムに常に付き従っていたとされる狼の名前だ。

 天啓を受けて旅に出た聖女ミリアムは、ある日夜な夜な村を襲う恐ろしい狼の噂を耳にした。哀れに思った聖女ミリアムはその狼がいるという森へ一人で分け入り、どうかその力を正しいことに使ってほしいと説得したという。

 最初は唸り声を上げていた狼だったが、彼女から与えられた慈しみの心と女神アクロディアの聖なる輝きによって改心し、その後は彼女を守る仲間になったとされている。


(そうして最期の戦いで聖女ミリアムを庇って力尽きてしまうのだけど、その勇敢な働きをアクロディア様から認められ、銀狼(ダンテ)座という星座にもなるのよね……)


 聖女ミリアムとの別れのシーンはあまりに切なく、幼いアイリーンは絵本を読みながら何回も泣いた覚えがある。そんな素晴らしい聖獣の名でレクスが呼ばれているなんて。

 アイリーンのキラキラとした眼差しを受けて居心地が悪くなったのか、レクスがわざとらしく「ごほん」と空咳をした。


「今それは関係ないだろう。それより少し話聞いてもらいたいのだが」

「もちろんです。さ、こちらへ」


 ソファへと向かい、アイリーンとレクスが隣り合わせ、ルーカスがそれと向き合う形で腰を下ろす。先ほどのやりとりだけですっかり彼のペースに呑まれてしまった……とアイリーンは慎重に言葉を発した。


「実は、お父様にお売りしたあの商品なのですが……王都で悪質な転売にあっているという話をお聞きしまして」

「存じております。それだけあの品が素晴らしかったということでしょう」

「それについては本当にありがたいことだと思っております。ですがアクロディア様のお姿を借りたものを使って詐欺行為を助長する――これは私どもの本意ではありません。つきましてはあの商品――アクスタを、教会の正式な護符として採用していただけるよう依頼しました」


 それを聞いたルーカスは、まるで子どものように目を輝かせる。


「それはすごい! 要は『公式採用された』ということですね」

「ただそれには条件がありまして――毎月二千、無償で教会に納品すること。つきましてはこちらの商会に、その作製をすべて無料でお願いしたいのです」


 にこやかなアイリーンとは対照的に、ルーカスのまとう空気がわずかに揺らいだ。


「……すみません、よくお話が見えないのですが」

「両替商を営んでいるデュナン商会は王都の職人ギルドと強い繋がりがあると聞いております。ですので教会に納めるアクスタのすべてを、こちらの商会経由でそれぞれのギルドへ発注したいのです」

「確かにうちでしたらガラス職人たちに顔が利きますし、芸術家たちが所属するギルドにも仕事を持ち込むことは可能でしょう。ただ――無料というのはいったいどういうことかと」

(まあ、当然の反応よね)


 相手の警戒が高まっていることを感じつつ、アイリーンはなおも笑顔で話を続ける。


「慈善事業をしろというわけではございません。アクスタ製造にかかる毎月の経費を御社に肩代わりしていただく。その代わり――これの作り方をお売りしようと思いまして」

「作り……方?」

「はい。こちらのアクスタ、一見ただ絵を描いてガラスを貼り合わせただけに見えますが、実は綺麗に発色されるよう、職人が配合をした特別な絵の具を使っているのです」

「特別な配合……」

「もちろん作っていただく際にはレシピをお渡ししなければなりませんので、そこから似たものを作ることは可能でしょう。ですが……私どももこれの研究にはそれなりの費用を投じております。職人たちの大変さを知るデュナン商会さまでしたら、それがどんな意味と価値を持つのか、よく理解してくださるのではと思いまして」

「…………」


 製造先の交渉相手にデュナン商会を選んだのはこれが目的だ。

 アクスタが広く人の手にわたるようになれば、当然模倣した商品が大量に出回るだろう。教会は転売禁止を訴えることは出来ても、よく似た別の商品まで取り締まることは出来ない。

 だが大商家であるデュナン商会が製造を取り仕切っているとなれば、模造品を売るにも多少のリスクが伴う。それに多くのギルドと繋がりのある彼らであれば、職人たちの努力に正式な対価を払ってくれるのではないか――という賭けに出たのだ。

 アイリーンの提案を聞き、ルーカスは「なるほど」と肩をすくめる。


「要は『製造法自体を商品として買ってくれ』ということですね」

「はい。アクロディア様のアクスタは教会にのみ納品する。その代わり、同じ製法で作られた他のアクスタ――他国から訪れる巡礼者向けにサダマンティス様、技工神イムラストルバ様、それ以外にも有名な舞台俳優、宮廷楽士などを作った際は、御社で自由に販売にしていただける――というご契約です」

「アクスタをうちが専売出来るようになる、ということか……」


 ルーカスがわずかに俯き、何かを試算するようにかすかに虹彩を動かす。やがてこちらに利があると判断したのか、にこぉっと朗らかな笑みを浮かべた。


「たしかに、王都の人間は珍しいものが大好きですからね。きっとこちらの商品もたくさんお声がかかることかと。……いいでしょう! この話、前向きに検討させていたただきます」

「ありがとうございます。つきましては、もう一点だけお願いがあるのですが」

「もう一点?」


 まだ何かあるのかと驚くルーカスを前に、アイリーンは最後の交渉に乗り出す。


「もし他のアクスタを月に五百個以上作って販売した場合、販売額の百分の一を手数料としていただきたいと考えております」

「百分の一……」

「もちろん売れなければお支払いいただかなくて結構です。ですが権利を渡してそれで終わりとされてしまいますと、新しい商品開発をする経費が出せなくなりますし、協力してくれた技師たちにも面目が立ちませんもの」

「ある種の今後への投資、という面もあると」

「もちろん条件が合致しなければ、また別の交渉先を探しますが――」


 アイリーンが不敵に微笑んだのを見て、ルーカスが「いやいや」と慌てて首を振った。


「分かりました。その条件呑みましょう」

「ふふ、ありがとうございます」

「まあ正直、教会公式予定の商品をうちに持ち込んでくださったというだけでかなりありがたい話ですからね……。無償納品は安くないですが、このアクスタ? が広く周知されればそれだけ別商品も展開しやすくなりますし、広告費と思えば……」


 なにやらぶつぶつと呟いたあと、ルーカスは眼鏡の端を指先で押し上げた。


「その代わり、新しい商品が出来たらいちばんにうちに紹介してください」

「かしこまりました」


 緊迫した話し合いがようやくまとまり、アイリーンはほっと胸をなでおろす。だがあと一つだけ、彼らから引き出したい言葉があった。


「それではアクスタの話は後日まとめるとして……実はこれとは別に、デュナン商会様と交渉したいことがございますの」

「まさか、まだ何か隠し持っているんですか?」

「隠し持っているといいますか……端的に申しますと、我がヴァンフリート領にガラス工房を作っていただきたいのです」



 

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