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悪女って誰のことですか? ~記憶喪失になったので真面目にお仕事していたら、何故か旦那様から溺愛されました~  作者: シロヒ


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第四章 2



「そもそも劣化が激しい、保管が難しい……巡礼者の皆さまが護符に対してこうした不満を持たれていたことを大司教様はご存じでしょうか?」

「それはまあ……ですがもう長らくあの形でやっておりますゆえ」

「たしかに、過去のやり方を継続していくというのはとても大切なことでしょう。ですが私のような敬虔な信者にとって、愛すべきアクロディア様が日々汚れていく姿を見るのは本当に、本っ当につらいことなのです……‼」


 さりげなくポケットの中にあるレクスのアクスタに触れる。脳内で、アクロディアの部分をレクスに置き換えていることは内緒だ。


「ですので……もし叶うのならば、こちらのアクスタを教会がお配りする『正式な護符』として採用していただけないでしょうか?」

「これを……教会の護符に?」

「はい! それでしたら誰でも気軽に手に入れられるようになりますし、教会の権限で堂々と転売禁止を唱えられますもの」


 いやいや、と大司教が慌てて首を振る。


「たしかにこのアク……スタですか? はよく出来ておりますし、巡礼者の方に頒布すればそれはたいそう喜ばれるでしょう。ですがこの出来栄えを見る限り、とても量産出来るものではありますまい」

「そこは心配ご無用です。実はすでに王都のガラス職人ギルドとの交渉が済んでおりまして、月に二千は無償でお納め出来るという契約を結んであります」

「月に二千、ですか……」


 隣にいるレクスが心配そうにこちらを見たのが分かったが、アイリーンは笑顔を崩さない。

 もちろんそんな事実はない。完全なる嘘。でたらめだ。

 王都には今日着いたばかりでギルドがどこにあるのかすら分からない。でもここで一度相手の要求を呑んでしまったら、あとから覆すのが難しくなってしまう。


「巡礼者様からご寄付をいくらかちょうだいして、そのお礼にこちらのアクスタをお渡しする。それでしたら転売者の手に渡りづらく、かつ欲しい人間に適切にお譲りすることが出来るのではないでしょうか?」


 非公式だから好き勝手に転売される。ならば『公式』にすればいい。

 転売禁止を訴えることも出来るし、手に入れるためならばと教会に参拝する者も増えるだろう。あえて言わなかったがアクスタの売上で教会の運営費も潤う。この条件であれば教会側とてダメだと言いづらいはずだ。

 どうだ、とアイリーンは大司教の反応を待つ。まさかの提案にしばし逡巡していた大司教だったが、やがて手にしたアクスタをしげしげとあらためた。


「まあ……これだけ見事であれば、皆様が喜ばれることは間違いないでしょうな」

「ええ。長い旅路に向かう巡礼者の、良き心の支えとなりますわ」

「…………」


 長い沈黙。隣に座っているレクスからの視線を感じる。どうか。どうか――。


「……分かりました。検討いたしましょう」

「よろしいのですか?」

「一度教皇様に確認してからにはなりますが、以前より各地の教会から護符の改善を要求する声はありましたからな。決して悪い話にはなりますまい」

「それでは……!」


 好機が見えた。だがまだ大切なことが残っている。


「お話を聞いてくださり感謝いたします。でしたらこちらのアクスタをお譲りする条件として、一つだけお願いしたいのですが」

「お願いですと?」

「はい。……我がヴァンフリート領に教会を建立していただきたいのです」


 いきなり大きくなった話の規模に、大司教が目を見開く。

 一方アイリーンは笑顔のまま。

 引くな。臆するな。笑え。

 もう少しだけ『悪女』にならなければ。


「実はサビニスから来られた巡礼者の方から、海沿いではない内陸地のルートを聖地巡回に使用しているという話をお聞きしましたの。たしかに近年、私どもの領地に巡礼者の方が多く見受けられておりまして」

「なんと、そのような行き方が」

「ですがあいにく、いちばん近い教会まで馬車で半日かかるというのが実情でして……。教会といえば巡礼者の休息地としてなくてはならない存在でしょう? 私どもとしましても、さらに半日移動しろというのは大変心苦しく……」


 領地の発展を考えた際、まずいちばんに思いついたのがこれだった。

 立派な医者がいる王都とは違い、地方の民にとって教会は『療養所』であり『最後の生命線』だ。巡礼者のためにというのも間違いないが、なによりヴァンフリート領に住む人間にとってなくてはならない施設。

 だからこそ、この条件を天秤にかけてでも絶対に認めさせたい。


「アクスタを無償で提供する代わりに、新しい教会をヴァンフリート領に建てる。あの土地に教会が出来れば、アクロディア様のご威光をより民たちに知らしめることにも繋がりますわ。きっと教皇様もお許しくださると思うのですが」

「それは……」


 大司教が悩ましく首を振り、ちらりと手の中のアクスタを見た。


「もちろん我々は、アクロディア様の教義を広く伝えていくことが使命だと思っております。ゆえに巡礼者が多い地域に教会を建てるのは理にかなっているかと」

「では――」

「ただ……こればかりは一筋縄ではいかないのです」

「どういうことでしょう?」


 いぶかしむアイリーンに向けて、大司教が困ったように眉尻を下げる。


「新たな教会を作るには、国王陛下のお許しが必要なのです。ただ陛下にご進言するには侯爵家以上の承認が絶対条件となっておりまして……。レクス殿は男爵位、あいにくですが承認に足る爵位ではないかと……」

「そんな……」


 まさかの障害にアイリーンの思考が一瞬停止する。

 アルトニス国内に爵位は五つあり、位の低い方から男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵と区別されていた。侯爵家以上――エレナの婚家であるオブライエン家でも伯爵位だから、さらに格上の家ということになる。


(侯爵家といえば陛下と直接の面会を許される、国内でも限られた有力者……。とてもじゃないけれど、そんなところに頼める伝手はないわ……)


 最後の最後で希望がかなわず、アイリーンは沈痛な面持ちでその場にうつむく。すると隣にいたレクスがすっと片手を上げた。


「それについては問題ない。俺の方でなんとかしよう」

「なんとか、と言いますと……」

「俺の父は現ウィットロック侯爵、兄は次期侯爵だ。概要がまとまり次第、陛下へ進言してもらえるよう頼んでおく」


 その家名を聞いた途端、大司教の態度があからさまに変わった。


「なんと……! こ、これは大変失礼いたしました」

「俺はほとんど表に出ていないから知らなくても無理はない。それよりどうだろう、妻の提案を受けてもらえるだろうか」

「もちろんでございます! お父上様にはいつも大変お世話になっておりますゆえ、どうぞよろしくお伝えくださいませ……」

(えっ? ええっ?)


 驚くほどあっさりと話がまとまり、アイリーンは何が起きたか分からないまま大司教に見送られてレクスとともに廊下へと出る。すぐにサリアとクライドが駆け寄ってきて、焦った様子で結果を尋ねられた。


「アイリーン様、大丈夫でしたか⁉」

「え、ええ……」


 しばしぽかんとしていたアイリーンだったが、すぐさまレクスの方を振り返ると「あの」「ええと」と必死になって言葉を探した。


「あ、ありがとうございました! その、助けてくださって」

「とんでもない。礼を言うのは俺の方だ。結局交渉をすべてあなたに任せてしまって」

「い、いえ。それより良かったんですか? ご実家まで巻き込む形に……」

「……領地に教会が必要だと思っていたのは俺も同じだからな。まあ、話せば分かってもらえるだろう」


 それより、とレクスが気まずそうに言葉を濁す。


「……すまなかった」

「? 何がですか」

「その……話の流れとはいえ、まだ婚約者でしかないあなたのことをつい、『妻』と呼んでしまって……」

(き……気づきませんでしたわ……‼)


 考えることに必死で、何やら貴重な単語を聞き逃してしまったらしい。


(妻……レクス様が私のことを『妻』と……。聞きたい。どうかもう一度でいいから何かの手違いで言ってくださらないかしら。そうしたら今度こそ脳内に完璧に焼きつけて、邸の地下倉庫で好きなだけ再生して、それだけで白パン三つは食べられますのに……っ‼)


 アイリーンがそんなショックを受けているとも知らず、レクスは「こほん」と照れをごまかすように咳払いした。


「それより驚いたな。まさかあなたが、すでにギルドとの契約を結んでいたとは」

「ギルドとの契約?」

「さっき言っていただろう? アクスタを月に二千、無償で教会に納品すると」

「あっ」


 アイリーンは自身の口元を押さえ、パチパチっと瞬きする。それを見た他の三人の顔が次第に蒼白になっていくことに気づき、アイリーンはすぐさま「おほほ」と微笑んだ。


「大丈夫ですわ! 私、とっておきの秘策がありますの」

「秘策……?」

(……まあ色々と順番が変わってしまいましたが、もともとギルドには行くつもりでしたし……。ある意味これで良かったのかもしれませんわね)



 

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