表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪女って誰のことですか? ~記憶喪失になったので真面目にお仕事していたら、何故か旦那様から溺愛されました~  作者: シロヒ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/43

第四章 悪女、もう一度悪女になる



 降り続いていた雪がようやく止み、黒色のドレスを着たアイリーンは馬車の小窓からそっと外を覗き見た。どうやらちょうど市門――王都に入るための出入り口を越えたところらしく、歩きの旅人や大量の荷物を運ぶ商隊たちが並んでいる。

 やがて通り沿いに色々な店が現れ、看板や窓辺が白い花や布で飾られている様子が見えてきた。よく見ると街を歩いている人々も白い服や帽子を身に着けており、そういえばもうすぐ『聖女ミリアムの生誕祭(サント・ミリアム)』だったとアイリーンは思い出す。


(サント・ミリアム……修道女であったミリアムが女神アクロディアから召命された日……。その日からミリアムは聖女となり、大陸を我がものにしようとした北の王国ラゼオラと、その守護神であるラムダを封印する旅に出る――)


 もはや暗唱出来るまでに読み込んだ『聖女ミリアム』の物語を思い出し、アイリーンは知らず胸をときめかせる。実家でもこの日は白いドレスを着てケーキを食べたり、夜になれば両親や妹とプレゼントを交換したりしていた。


(きっともう、出来ないのでしょうけど……)


 二度と我が家に足を踏み入れるな、と父親から拒絶されたことを思い出し、アイリーンはその場でうつむく。すると向かいの席に座っていたレクスが同じ窓を覗き込んできた。


「サント・ミリアムか。懐かしいな」

「(……ッ、油断していましたわまさかこんな距離に近づいてこられるなんてでもここでしっかりしなければ変に思われるかも)レ……レクス様も飾り付けを?」

「……いや。俺は特に何もしなかったよ。兄とメイドたちが楽しそうにしているのを、陰で見ているだけだった」

(……?)


 どこか寂しそうに笑うレクスをアイリーンは不思議そうに見つめる。だが互いの距離がとてつもなく近かったことをあらためて思い出し、慌てて小窓から離れた。


「そ、それにしても良かったですわ! 馬車の修理が間に合って」


 アイリーンの事故で壊れていた馬車が、ホテル経営の売上が入ったことで無事修理に出すことが出来た。レクスもまた座席に座り直し「ああ」と微笑む。


「壊れたのが馭者席だったから、少し時間がかかってしまったな。今度からは乗る前に十分点検させよう」

「はい。ありがとうございま――」


 だがお礼を言いかけたところで、ふとレクスの言葉に違和感を覚える。


「ええと……壊れたのは馭者席だったんですの?」

「ああ。俺も直接見て確認したが、取り付け部分が劣化していたようだ」

(……?)


 以前クライドからは『車輪が劣化していて』という説明を聞いたのだが、何かの聞き間違いだったのだろうか。


(まあでもクライドも忙しいし、勘違いしたのかもしれないわ)


 それよりも――とアイリーンは目を瞑り、ぐっと唇を噛みしめる。


(私は……自分が恥ずかしいです……)


 王都への旅行。レクスと初のお泊まり。

 まだ結婚の手続きはしていないとはいえ一応は婚約者。もしかしたらあんなことやそんなことがあるのでは⁉ とひとり胸を高鳴らせていたのだが、結論から言うとこの七日間、彼とふたりきりになることは一度としてなかった。


(よく考えてみれば当たり前なのですけども……)


 まず護衛としてクライドは同行し、アイリーンの身の回りのお世話をする人間が必要ということでサリアにも白羽の矢が立つ。道中の運転、馬たちの世話をする馭者も当然一緒だし、荷物持ちとしてさらに数人――あれよあれよと増えていき、結局十人近くで移動するという大旅行になってしまった。

 爵位としては比較的下になる男爵家でこれなのだから、エレナの嫁入り先であるオブライエン伯爵家やレクスの実家であるウィットロック侯爵家ともなると、騎士団の小隊が移動してくるくらいの迫力がありそうだ。

 そのうえレクスから『まだ婚姻前なので』と言われ、ホテルはすべて別々の部屋が用意されていた。肩透かしをくらった一方、長時間の馬車移動による疲れで毎晩爆睡していたので、正直助かった部分も多い。


(ま、まあいきなりどっ……同衾などに? なったりでもしたら? 大変でしたからこれで良かったのですけども‼)


 そうだそうだと言い聞かせつつ、アイリーンはこっそりと自身のポケットに手を伸ばす。そこには地下倉庫から持ってきたレクスのアクスタがあり、その硬い感触にアイリーンはほっと胸をなでおろした。


(少し迷ったけれど、持ってきてよかったわ……。まずはこのアクスタのレクス様で慣れるところから始めましょう)


 お守り代わりのそれを生地の上からそろそろと撫でる。するとレクスが再び窓の外をのぞいて口を開いた。


「見えてきたな。あれがイシス大教会だ」

「!」


 近づきすぎないよう注意しながら、アイリーンもそれに目を向ける。

 イシス大教会――巷では『神々の安息地』と呼ばれるその名にふさわしく、王都でもっとも高いとされる尖塔に荘厳な外壁、出入り口の頭上(ファザード)には聖女ミリアムの生誕から各地の神々に力を分け与えてもらうまでの旅の様子が彫刻で見事に再現されている。

 まさに教会の王ともいえるたたずまいを前に、アイリーンはこくりと息を呑んだ。


(いよいよ……正念場ですわね)


 馬車が少しずつ速度を落とし、やがて大教会の近くで停止する。

 アイリーンとレクス、クライドとサリアだけが降り、残りの使用人は荷物とともに先だって今日の宿へと向かっていった。出入り口は巡礼者をはじめとした参拝者で溢れかえっており、レクスを先頭に人ごみを避けるようにして身廊を歩いていく。


「召喚に応じて参上した、レクス・ヴァンフリートだ」

「! お待ちしておりました、こちらへ」


 手近にいた司祭を捕まえて名乗ると、すぐに奥にある応接室へと案内された。クライドたちにはいったん廊下で待機してもらい、アイリーンとレクスのふたりが中へと入る。

 そこには執務用の机と椅子、そして来客用のソファが置かれており、ソファには穏やかそうな初老の男性が腰かけていた。先ほどの司祭が身に着けていたものより帽子と衣装の装飾が豪華なので、おそらくこの教会のトップとされる大司教様だろう。


「お越しくださりありがとうございます。どうぞ、おかけください」


 向かい側のソファを手で示され、アイリーンとレクスはそこに腰を下ろす。そんなふたりを前に大司教が「さて」と口を開いた。


「さっそくですが、なんでも珍しいものを作られたと」

「……こちらです」


 アクスタを大司教の前に差し出す。大司教は「ふーむ」「ほほう……」とひとしきり感心の声を漏らしたあと、アクスタの表面を指先で丁寧になぞった。


「これは……確かに素晴らしいですな。ガラスに絵を描いたものは見たことがありますが、ここまで繊細かつ色鮮やかなものは初めてです。なによりアクロディア様の表情が実に柔和で美しい。これはさぞかし腕の良い画家の作品とお見受けしました」

「ありがとうございます」

「ただ――こちらの品が現在、王都でたいそう話題になっておりましてな」


 穏やかだった場の空気が一瞬にして変わる。


「もちろん我々とて、むやみに民の生業を取り上げようという意図はありませぬ。人々がアクロディア様を愛し、自分たちの手で広めようとする布教行為は尊いものですしな。ただ……こちらは少々度を越していると申しますか」

「お言葉ですが大司教様、対価は原材料費、そしてガラス技師と絵師へ依頼料のみに絞っております。それでも問題となるのでしょうか?」


 アイリーンの反論に対し、大司教は一枚の紙を差し出した。


「もちろん、元々の価格でしたらここまで問題にはならなかったでしょう。ただ最近このようなチラシが王都で広まっておりまして……転売、というのでしょうか」

「転売?」


 すぐにチラシを受け取り、アイリーンが目を落とす。

 そこにはホテルに飾っているアクスタと同じ絵――ただしその下にはこちらが提示した金額の数十倍もの値段が書かれており、アイリーンは言葉を失った。多少であれば商売の範囲なのだろうが、これはあまりにも悪質だ。


「あなた方が誠実な仕事をなさっていることはよく分かりました。ですが教会として、アクロディア様が金儲けの道具として使われているのをこのまま見過ごしてはおけません。つきましては一度、製造を止めていただけないでしょうか?」


 大司教の提案を聞き、アイリーンはその場で唇を噛みしめた。


(たしかにこのままでは、アクスタが転売者の餌食になってしまうだけだわ……)


 売値を吊り上げればいいのかもしれないが、それはまた別の意味で教会の意向にそぐわない気がする。であれば大司教の言う通り製造を止めるか――しかしヴァンフリート領の立て直しを図るのに、出来ればこのアクスタは手放したくない。


(今アクスタが高額転売されているのは希少価値があるから……。需要と供給が釣り合う、要は欲しい人すべてにいきわたるような量産が出来れば、その価値はいっきに崩落し、転売する者はいなくなるはず。でも現状、大量に作ることは不可能だし……)


 アクスタを作るため、短い期間で一生懸命頑張ってくれたエマとバルトロの顔を思い出す。アイリーンは心を落ち着けるように「ふぅーっ」と息を吐き出すと、目の前にいる大司教にゆっくりと視線を向けた。


(……大丈夫。大切なものは、何が何でも守り通すわ――)


 アイリーンの中で眠っていた『悪女』が目を覚ます。

 言われたままを受け入れるな。

 さあ、演じるのだ! 戦え!




「――ご事情はよく分かりましたわ、大司教様。王都に混乱をもたらしてしまったこと、心からお詫び申し上げます」

「い、いえいえ、別にあなた方が悪いわけではないのですがね」

「おっしゃられる通り、今後高額転売の対象となるような『安価な』アクスタの製造はしないとお約束いたしますわ」

「ご理解感謝いたします。では――」

「で・す・が! ……少し、ご提案させていただいてもよろしいでしょうか?」


 アイリーンはにこっと愛らしく微笑むと、胸元で自身の両手を重ね合わせた。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ