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悪女って誰のことですか? ~記憶喪失になったので真面目にお仕事していたら、何故か旦那様から溺愛されました~  作者: シロヒ


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第一章 2



 サリアたちを引き連れ、アイリーンはさっそく部屋の外に出る。

 ずっとベッドで寝ていたから分からなかったが、どうやらかなり広いお邸のようだ。アイリーンの部屋があるのは二階らしく、廊下の窓から庭の様子が見える。


(まあ、思っていたよりずっと広いわ)


 どうやら邸の前だけではなく、建物の裏側にも庭が広がっているようだ。興味深くそれらを眺めていたアイリーンだったが、あるところでいきなり硬直する。


(レ、レクス様……‼)


 そこにいたのは多くの部下を従えたレクスで、アイリーンはその姿をもっとよく見ようと窓ガラスに張り付いた。


(まさかこんな朝早くからお姿が見られるなんて……! この前の黒い外套も素敵でしたけど今日着ている毛皮の外套もすっごく似合ってますわ……部下に指示を出すお顔もかっこいい……ていうスタイルも良すぎて存在が無理……股下五万ケイロある気がする……)


 先日クライドが修道士を呼びに行った街までがおよそ十五ケイロ。馬車で行こうとすれば朝に出て昼すぎになる距離だ。ちなみに馬車で王都に行くと丸五日はかかる。

 なお五万ケイロといえばアルトニスに隣接しているサビニス・ルーレイテイン・イルゼクルドの国々を三周回っても全然足りない距離なので、まあ要はそれくらい長いというアイリーンなりの比喩だ。


(ハアァ~~……見ているだけで寿命が百年延びる……どうして国はあの方を国宝として保護しないのかしら……ちょっと王都を歩こうものなら、舞台役者にならないかと誘うスカウトマンの行列で通行人の進行が阻害されるレベルですのに……)


 出来ることなら窓を開けて挨拶の一つでもしたいが、ひっそりと眺めているこちらの存在を認知されるのも恥ずかしく、アイリーンはただ目をキラキラと輝かせる。するとその視線に気づいたのか、レクスが突然顔を上げた。


「!」


 ばっちりと目が合ってしまい、アイリーンは思わず身構える。だが彼はわずかに目を眇めて険しい表情をしたあと、すぐに部下たちの方に向き直ってしまった。


「…………」


 呼びかけられたら、手を振られでもしたらどうしようというドキドキが、無視されてしまったという寂しさに変わる。それと同時にアイリーンはここ最近の彼の態度を思い出した。


(結局、ちゃんとお話し出来たのはあの日だけだったわ……)


 記憶喪失になったアイリーンが初めてレクスと顔を合わせた日。

 彼は自身の名前を告げると、足早に部屋から立ち去った。そしてその後は一度もアイリーンの部屋を訪れていない。療養中だから気を遣ってくれたのかと思っていたが、回復した今になってもこの塩対応である。


(サリアにはああ言われたけど……私たち、本当に婚約者なの?)


 自身の空っぽな頭に尋ねても、記憶がございませんと返されるばかり。

 実際、サリアから言われなければあんな素敵な人と婚約関係にあるなんて、アイリーン自身も信じられなかっただろう。正直いまだにちょっと疑っている。


(そもそもどんな経緯で出会ったのかも覚えていないし、ひょっとしてレクス様にとってはあまり気の乗らない結婚だったのかも……? も、もしかしてお父様が無理やり……? そ、それだけはいやぁ~!)


 父親からロープでぐるぐる巻きにされているレクスの姿を想像してしまい、アイリーンはひとり涙目になる。そして同時に、今朝からずっと心の片隅に落ちている不安の影が色濃くなっていくのを感じていた。


(記憶を失う前の私って、どんな感じだったのかしら……)


 先ほどのサリアの証言では、今の自分とはだいぶ違った印象の女性だった。もしレクスも同様に感じていて、そのせいですでに婚約者としての関係が破綻していたとしたら――その詳細をレクス本人に尋ねるなんてできっこない。


(確認してみたい……けど、変なことを聞いてしまって怒られないかしら……)


 レクスから冷たくあしらわれる妄想が脳内を埋め尽くし、アイリーンは半泣き状態のまま彼の背中を見つめる。そんな心境とも知らず、後ろにいたサリアがのほほんと口を開いた。


「レクス様、また新しい任務に行かれるようですね」

「……任務?」

「はい。レクス様がこちらの管理をされるようになってから、村の男性たちを率いてお仕事されるようになったんです。他領の野獣退治とか砦の警備とか……。今回も遠方の街まで出向かれるそうで三日はお戻りになられないかと」

「…………」


 広大で豊かな所領を持つ貴族であれば、領民たちが収める税金や水車・農機具の使用料だけで生活出来るため、基本的に働きに出ることはない。だが土地が狭く税収も少ない弱小貴族は、傭兵まがいのことをして外貨を稼ぐことも多々あった。

 アイリーンはあらためて窓枠や天井、廊下の壁、カーテンに目を向ける。とても立派な建物だと思っていたが、よく見るとあちこちに修繕が必要な箇所が散見された。


「……サリア、邸内を見て回ってもいいかしら?」


 階段を下りて一階の玄関広間(ホール)へ。広間には客人用のソファが置かれていたが、アイリーンの部屋にあるものよりずいぶん年季が入っており、掃除が適当なのか隅には糸くずが溜まっていた。壁には絵が飾られていそうなものだが、こちらも不自然なほどがらんとしている。


「一階には旦那様の書斎、ダイニングルーム、応接室、居間などがございます。また客室も相当数ございますが、普段はいっさい使われておりません」

「…………」


 サリアの説明を聞きながら、アイリーンは近くにあった燭台へと近づく。蝋燭は立っておらず、黄色く変色した古い蝋が台座にこびりついていた。燭台が置かれている棚の上もうっすらと埃が残っており、アイリーンはたまらず溜め息をつく。

 玄関広間といえば客人を最初に出迎える大切な場所。それがここまで雑に放置されているとはいただけない。


「サリア、ここの掃除は誰が担当しているの?」

「えっ⁉ しょ、少々お待ちください!」


 サリアが慌ただしくいなくなったあと、残された他のメイドたちが何やらざわつき始めた。アイリーンは居心地の悪さを覚え、それとなく他の場所も確認する。するとちょうど階段下のところに小さな扉があることに気づいた。


(……?)


 そうっと手を伸ばし、小さなドアノブを捻ってみる。しかし鍵がかかってるのか、ほんの少し動かしただけでガチッと止まってしまった。そんなことをしているうちに、サリアが数人の使用人を連れて戻ってくる。


「お、お待たせいたしました!」

(これは……)


 広間に姿を見せた面々を見てアイリーンは思わず口を閉ざす。一人は十歳にも満たないような幼女。次に恰幅のいい中年の女性。さらには目にかかるほど前髪を伸ばし、終始だるそうにしている若い男性と年齢も性別もてんでバラバラだ。

 ちなみに余計な混乱を与えないよう、アイリーンが記憶喪失になっていることはレクスとクライド、サリアと数名のメイド以外には伝えられていない。

 やがていちばん端にいた若い男性――前髪をだらしなく伸ばした彼が、心底めんどくさそうに歩み出た。


「あのーおれら、何かやらかしましたかね?」

「やらかしたというか……一度、ここの掃除をやり直してもらえる? さすがにこんな状態じゃ誰もお招き出来ないの」

「はあ……」


 彼は疲れたように広間を見回すと、どうにも頼りない様子で掃除用具を取りに行った。大丈夫かしら……とそれを不安げに見送ったあと、アイリーンは先ほどから近くでもじもじしている幼女に向かって話しかける。


「まさか、あなたもうちで働いているの?」

「は、はい……」

(誰かの娘さんかしら? それにしても大人同様に働かせるのはどうかと……)


 この年頃の子なら無邪気な笑みが出るかと思ったが、幼女はそれだけ答えるとその場で押し黙ってしまった。困惑したアイリ―ンが次の行動をとりあぐねていると、近くにいた恰幅のいい女性が割り込むようにして幼女をかばう。


「すみませんねえ奥様! この子、あいかわらず内気なもので」

「え、ええっと……」

「以前のような失礼はしないときつく言い聞かせていますんで! ほら、早く謝りな!」

「おくさま、ごめんなさい……」

(ええ~~⁉)


 目のふちを真っ赤にした幼女から謝られ、アイリーンの心が千々に乱れる。いったい私は以前どんな失礼をされたのかしらと助け船を求めるようにサリアの方を向くと、彼女がこそこそと耳打ちしてくれた。


「その子はエマというのですが、アイリーン様がこちらの邸に来られた際、自分で描いたという絵をプレゼントしたいと言い出しまして。ただ、えーと、その……」

「ああもう、いいから教えて!」

「……アイリーン様は差し出された絵を見ることもなく、『今後いっさい私に近づかないで』とだけ冷たくおっしゃられて……」

「嘘でしょ……」


 こんな小さな子に、しかも自分を歓迎しようとしてくれた子に対してなんという冷酷な。まったく覚えにないとはいえ自分のしたことにショックを受けていると、サリアが申し訳なさそうにさらなる情報を追加してくる。


「以前のアイリーン様はとにかく厳しいお方で……私たちもよく怒られておりました。誰も部屋に来ないでとか、ひとりにしてほしいとか……。ですから今朝、支度でお声がけいただいたことに本当に驚いてしまって……」


 かすかに聞こえているのか「うんうん」と神妙な顔でうなずいている他のメイドたちを見て、あの時微妙な空気だったのはそのせいかとアイリーンはようやく気づく。サリアはかなり言葉を選んでくれているが、おそらく今まで相当嫌な態度を取っていたのだろう。


(私……完全に悪女じゃない……‼)


 全身を雷に打たれたような衝撃のあと、アイリーンはあらためてエマと呼ばれた幼女を見る。

 昔怒られたのがよほど怖かったのか、いまだにこちらを見られない彼女のため、アイリーンはそっとその場にしゃがみ込んだ。


「エマ。……ひどいことを言ってしまって、本当にごめんなさい」

「…………」

「謝っても許してもらえないかもしれないけれど……もしよければ、また絵を描いて私に見せてくださらないかしら?」


 おずおずと遠慮がちに覗き込み、アイリーンはこわごわと微笑む。恰幅のいい女性のスカートの後ろに隠れていたエマだったが、それを見てようやく少しだけ顔を上げた。


「いい……んですか?」

「もちろん。いつでも持ってきてちょうだい」

「は、はい……!」


 エマが可愛らしくはにかんだのを見て、アイリーンはほっと胸をなでおろす。

 そこに掃除用具を取りに行っていた男がやっと戻ってきた。エマには出来るだけ簡単な作業をと伝え、アイリーンはそれぞれの働きぶりを冷静に確認する。


 

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