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悪女って誰のことですか? ~記憶喪失になったので真面目にお仕事していたら、何故か旦那様から溺愛されました~  作者: シロヒ


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第三章 2



 ホテルの経営を始めてから約二カ月が経過した。

 受付カウンターにいたアイリーンは上がってきた報告書に目を落としながら、満足げに顔をほころばせる。


(良かった……思っていたよりいい結果だわ)


 ホテルを始めるにあたり、まず主要な街道沿いに看板を立てた。領民、近くの村や街にも周知し、さらに一度宿泊した客は次回の料金が安くなるサービスも始めた。その結果、商隊など往復する旅人の定着率が大きく上がった。


(室料設定も三つに分けて正解だったみたい)


 以前祖父の蔵書で読んだことがあるが、人間はランクの違う三つの選択肢を与えられると、真ん中のものを選んでしまう傾向があるらしい。食事のありなしだけで分けるとどうしても安い方に集中しがちなので、囮として高価格帯を置くというイメージだろうか。


(それに食事も。悩んだけど、やっぱりあの形式にして良かったわね)


 元々は普通のレストランのように一品ずつサーブする形を考えていたのだが、宿泊客が増えるにつれてサービスが行き届かなくなるのではという不安があった。そのためあえて客に盛り付けをさせ、こちらは食事の提供のみに集中する方法を編み出したのだ。

 少しずつではあるがホテル経営の手ごたえを感じ、アイリーンは拳をぐっと握りしめる。ただ問題はここからだ。


(ここの立地を考えたらこれ以上料金を上げることは出来ない。だからどうやっても頭打ちになってしまうのよね……。何かもっと利益率の良いオプションとか、うちにしかない設備があれば付加価値をつけられるんだけど……)


 大浴場、サウナ、マッサージ、コンサート……単なる休憩施設ではなく、これがあるから泊まりに来たいと思われるホテルになれれば、それだけで集客率・リピート率も高くなる。ただしそのためには巨額の設備投資や人件費が必要になるため、結局は資金不足に戻ってくるのだ。


(低リスクで客単価を上げるなら、物販がいちばん確実かしら? 巡礼者の人たちの思い出となるようなおみやげを準備出来るといいんだけど……)


 アイリーンも実物を見たことはないが、巡礼者は聖地を訪れた際、『護符』と呼ばれる記念品を貰うと聞いたことがある。それ以外にも王都では聖女アクロディアの刺繍が入ったハンカチや色紙、ブレスレットなどが人気で、それだけでもかなりの売上なのだとか。


(絵……ならエマにお願いしたいところだけど、あまり無理はさせたくないし……)


 うーんうーんとアイリーンは悩みながらひとり唸る。するとチェックアウト希望の客がいつの間にか目の前に立っていた。


「――失礼、精算をお願いしたいのですが」

「は、はいっ!」


 浮かんでいたおみやげ案をいったん吹き飛ばし、アイリーンはすぐさま手続きに入る。相手は昨日から宿泊しているアルトニス王都から来たという老紳士だ。品のいい装いの老紳士はきょろきょろと周囲を見回したかと思うと、突然カウンターにあったエマの絵を指差した。


「ところで、この絵の作者はこちらにおられるのですかな?」

「は、はい」

「ふうむ、やはり素晴らしい……」


 老紳士はひとしきりエマの絵を眺めたのち、にこっと人好きのする笑みを浮かべた。


「どうでしょう、一つ仕事を頼みたいのですが」

「仕事?」

「ええ。実は以前、教会からいただいた護符がボロボロになってしまいましてな。これに代わる新しいものを作っていただきたいのです」


 そう言うと老紳士は、胸元から一枚の薄い紙を取り出した。

 どうやら女神アクロディアが描かれているようだが、長旅による劣化ですっかり色が落ち、輪郭の線すらおぼろげな状態である。


「素材は問いませんので、長く持ち歩けるよう丈夫に作っていただけるとありがたいですな。ああ、もちろんただとは言いますまい。そうですな、これでどうでしょう」


 すると老紳士はポケットから一枚の金貨を取り出した。これだけであと一週間はここに滞在出来るというその金額にアイリーンが驚いていると、老紳士は荷物をまとめてさっさと玄関の方に向かっていく。


「それでは頼みましたよ。また一か月後にお寄りします」

「えっ、あのっ‼」


 カウンターを回り込んでいるうちに老紳士はいなくなってしまい、アイリーンは残された金貨と護符を手にしたまま、ひとり途方に暮れる。


(ど、どうしましょう……)





 その日の午後。一階の書斎にアイリーンとレクス、そしてエマが集まっていた。

 片方のソファにアイリーンとエマ、向かいにレクスが座り、それらに挟まれた中央のテーブルには老紳士が置いていった金貨と護符が置かれている。やがてアイリーンの話を聞いたレクスが「ふむ」と自身の顎に手を添えた。


「なるほど、それでエマに依頼をしたいと」

「はい……ただ金額が金額ですし、念のためご相談しておこうと思いまして」


 持ち上げただけでへなりと折れ曲がった護符を手にしたあと、レクスがエマに尋ねた。


「エマ、どうだろう。無理にとは言わないが」

「おしごとなら喜んで! おくさまのお役にも立てるんでしょ?」

「エマぁ……」


 むん、とやる気いっぱいに両手を握りしめているエマを見て、アイリーンは思わず目を潤ませる。そんなふたりを横目に、レクスがひらひらと護符を揺り動かした。


「しかし……随分とくたびれているな」

「他の巡礼者の方にも尋ねたところ、皆様も護符の劣化のしやすさには不満があるようでした。せっかく女神アクロディア様のお姿が描かれているというのに、もう少し綺麗に保管出来る方法はないのか、と」

「まあ、これだけ見事なら俺でも惜しいと思うだろうしな」


 真剣な顔でじっと護符を見つめるレクスも麗しく、アイリーンは心の中で「ああ……この顔をそのままスケッチして着色して額装して部屋に飾りたい……」とつぶやく。だがすぐに思考を依頼のことに戻すと、作成すべき素材について考えた。


(持ち歩くことを考えたら、あまり重たくない方がいいわよね。大きさも手のひらサイズまでにとどめて、そのうえで出来るだけ丈夫に……)


 厚手の布に描けば少しは長持ちするだろうか? だが塗料が剥げてしまったら意味がない。色紙に書いて上から保護用の蝋を塗るという手もありそうだが、鞄の中でべたべたになってしまいそうだ。


(刺繍がいちばん良さそうだけど、エマの繊細な筆致を再現出来る気がしないわ……まるで彫刻みたいな――)


 その瞬間、アイリーンの脳裏にひとつの宝石が甦った。

 ホテルを始めるきっかけとなったベルナール・ロジェ伯爵子息。彼からもらった宝石(カメオ)には見事なサダマンティス神の横顔が刻み込まれていたはず。ただ――。


(宝石は耐久性としては文句ないけど、とてもエマが加工出来るものではないわ。それにベルナール様のようにたくさんの護衛がいるならともかく、旅先で持ち歩くには盗難の心配もあるでしょうし……)


 軽くて耐久性があり、荷物との摩擦にも強い。さらに持ち歩いても強奪される恐れのない安価な素材で、女神アクロディアの絵がしっかりと保持されるもの――。


(……そんな素材、いったいどこにあるのかしら?)


 ひとしきり考えたが思いつかず、アイリーンはとりあえずソファから立ち上がった。


「まずは少しでも丈夫な羊皮紙、あと絵の具を手配してきますわ。エマも練習する時間が欲しいと思いますし――」


 すると背後にあった扉からノックの音がし、廊下からバルトロが姿を現した。


「お話し中失礼いたします。引っ越しの準備が整いましたので、一度ご挨拶をと思いまして」

「あら、思ったより早かったのね」


 数か月前に森で出会ってから正式な移民となるまで、バルトロ一家はヴァンフリート邸の一階で生活していた。だが両親の体調も戻りつつあるということで、レクスが集落のなかに家族で暮らすための家を準備してくれたのだ。


「レクス様、そしてアイリーン様には本当に感謝しかございません。このご恩はアル・メトロの名にかけて、一生かけて返させていただきます」

「そんなこと気にしないで。また何かあったら頼ってちょうだい」


 アイリーンは激励の言葉をかけ、バルトロを送り出そうとする。しかし彼が「はい!」と爽やかな返事をしてお辞儀した途端、「はっ」と驚いたように目を見開いた。そのまま彼のもとに歩み出ると、その首に掛かっていたガラスのペンダントを掴む。


「あ、あの、アイリーン様?」

「――これよ。これだわ!」

「……?」


 ペンダントを握りしめたまま、アイリーンは目を輝かせる。

 その無邪気な視線と近すぎる距離に、バルトロは思わず頬を赤くするのだった。



 

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