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悪女って誰のことですか? ~記憶喪失になったので真面目にお仕事していたら、何故か旦那様から溺愛されました~  作者: シロヒ


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第二章 9



(い、いいのかしら、まだ記憶も戻ってないのに……でも、レクス様は元々私のことが好きだったと――)


 いつの間にか鼓動は落ち着いており、アイリーンはゆっくりと顔を上げる。そうして彼の影が瞼の上に落ちたところで――窓の外から突然、ぶるるという馬の鳴き声が聞こえてきた。ついでガチャンという金属製の防具が擦れあう音がし、アイリーンは眉根を寄せる。


(……?)


 するとしばらくして、背後にあった扉からせわしないノックの音が響いた。慌ててレクスとの距離を取って開けると、男性使用人のひとりが困った顔で立っている。


「お話中失礼いたします。旦那様、どうしてもお会いしたいというお客様が――」

「……今行く」


 少しだけ残念そうな顔をしたあと、レクスは書斎を出て玄関へと向かった。アイリーンもまた急いであとを追うと、玄関広間に驚くほど多くの武装した男たちが待ち構えている。


(騎士団? それにしてはずいぶん疲弊しているような……)


 みな同じ家来の衣装をまとっており、疲れきった土気色の顔をしていた。その中でもひときわ体格のいい大男が長い金髪の男性を肩で支えている。大男はレクスの姿を見つけた途端、大声で名乗りを上げた。


「いきなりのご無礼をお許しください、レクス・ヴァンフリート卿。我々はサビニスより聖地巡礼でこの地に入ったロジェ伯爵家の一行でございます。実は嫡男であるベルナール・ロジェ様が体調を崩してしまい、静養出来る場所を探しております」

「静養……」

「我々のことは構いません。どうかベルナール様だけでもお助けいただけないでしょうか」


 おそらく支えているのが嫡男であるベルナール、大男はその従者なのだろう。

 必死の形相で繰り広げられる彼らの訴えを聞き、レクスの背後にいたアイリーンがひょこっと可愛らしく顔を覗かせた。


「こちらでよろしければ、皆さまもご一緒にお休みになれますけれども」

「ア、アイリーン?」

「あっ、お話に割り込んでしまって申し訳ございません。あまり優先度が高くないと思い、先ほどはお伝えしていなかったのですが――」


 どうぞこちらに、とアイリーンは慣れた様子で玄関を出ていく。レクス、そしてロジェ伯爵家一行があとをついていくと、やがて立派な宿舎が見えてきた。かつてオブライエン家が所有していた時に使われていたという宿泊施設だ。


「あちらの建物でしたら、今おられる皆さまでお泊りになれますわ。手当てが必要なベルナール様とお付きの方だけ本邸にお泊まりいただいて、他の皆さまにはこちらで休んでいただくのはどうでしょうか」

「それは……願ってもない申し出ですが……」


 驚く従者の隣で、レクスがアイリーンの耳元まで上体を屈めて囁いた。


「アイリーン、すまない。あの建物は管理がまだ行き届いていなくて――」

「(近い近い、近いですわ~~‼)衛生状態でしたら問題ありませんわ。実は使用人教育の際、ルームクリーニングの練習としてレベッカが毎日のように全室を掃除させておりましたの。家具も古いですが、耐久性に問題はないと確認しております」

「そうだったのか……」


 レクスは少し驚いた顔をしたあと、あらためて従者の方を振り返った。


「すぐに近くの教会から修道士を呼んでこよう。それまでうちにある薬を使ってもらって構わない。それにあなたがたもずいぶん疲れているようだから、一晩といわず回復するまでしばらくここで休んでくれ」

「……ヴァンフリート卿の寛大なお申し出、そして奥方様の優しいお心遣い……ロジェ伯爵家を代表して、心より感謝申し上げます……」


 今にも泣き出しそうな従者を前に、アイリーンとレクスはこっそりと視線をかわす。

 その後は使用人総出で家来たちを宿舎へ、ベルナールとその従者を本邸の客室へと案内した。ちなみに厨房のマリアンに大量の料理を頼んだところ、嫌がるところか「腕が鳴るわねえ!」とフライパンを振りかざしていたという。

 アイリーンもまた手伝いになればと、本邸に戻って必要な備品やタオルなどを準備していた。

 すると大量の客人が来て嬉しそうなエマとバルトロの三つ子の弟たちが、廊下の向こうからきゃっきゃとはしゃぎながら走ってくる。


「あ、おくさまだ!」

「おくさまー」

「みんな静かに。具合の悪い人がいるんだから」

「はーい!」


 小声で返事をしたあと、エマが不思議そうに首をかしげた。


「おくさま、さっきの人たちって何しにここに来たの?」

「聖地巡礼の途中なんですって」

「聖地巡礼?」


 きょとんとした顔で目をしばたたかせている四人を前に、アイリーンは「そうか、知らないのね」とようやく気づいた。


「聖地巡礼っていうのはね、聖女ミリアムの軌跡を辿ることをいうの」

「きせきー?」

「アルトニス、サビニス、イルゼクルド、ルーレイテイン――これらの国にはそれぞれ、今から二千年前に聖女ミリアムが訪れたとされる場所があるの。それらを聖地といって、そこを訪れることを聖地巡礼と呼んでいるのよ」


 へえーっという感嘆の声のあと、三つ子のうちでいちばん背の高い子が手を上げる。


「どうしてそんなことするの?」

「理由は人それぞれかしら。単に旅行の目的地にする人もいれば、成人の儀式として行う一族もあると聞いたことがあるし……。あとは願いごとをする人もいるわね。聖地巡礼を終えると、願いごとが一つだけ叶うと言われているから」

「願い事⁉ かなえたーい!」


 三つ子のうち、泣きぼくろのある子が目を輝かせる。アイリーンは「静かにしてね」と人差し指を立てたあと、子どもたちに向かって話を続けた。


「でもとっても大変なのよ。四つの国をぐるっと回るわけだから、どんなに頑張っても一年以上はかかるんじゃないかしら?」

「一年……」


 かなり大ごとであると気づいたのか、三つ子のうち比較的おっとりとした子が青ざめたままふるふると首を振る。それを微笑ましく見ていたアイリーンだったが、そこでふと以前の自分が残したメモのことを思い出した。


(そういえば……地図に『巡礼者が多くみられる』って書いていたわ。あれってやっぱり聖地巡礼の人ってことよね?)


 しかし教会が推奨している巡礼ルートは海岸線に沿ってぐるりと大陸を一周するもので、ヴァンフリート領はかすりもしていない。それなのにどうして彼らはわざわざこの土地に寄ったのだろうか。


「……?」


 大勢の家来を引き連れて突如現れた謎の巡礼者。

 彼の眠る客室の扉を、アイリーンはじっと見つめるのだった。



 

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