第二章 4
その後小屋にいたバルトロの家族とともに、ふたりはいったん邸へと戻った。
使っていなかった客室を掃除させ、まずは傷病人であるバルトロの両親を案内する。それからこちらに来てから一度も入っていなかったという風呂に、バルトロとその弟たち(三つ子だった)を向かわせた。
「本当にすみません、こんなに色々としていただいて……。それにあの、まさか領主の奥方様とは知らず本当に失礼な真似を」
「気にしないで。まずはしっかり疲れを癒すこと。明日クライドが修道士様を呼びに行くから、夕方には治療も受けられると思うわ」
「はい……ありがとうございます」
またも涙目になるバルトロを「しっかりしなさい」とアイリーンが笑って励ます。
その後彼らはお腹いっぱいになるまで食事をとり、広いベッドにぎゅうぎゅうになって眠っていた。翌日、修道士の診察を受けたあと、アイリーンが入国許可証の発行をお願いする文書を書いていると、バルトロが申し訳なさそうに部屋を訪ねてくる。
「あの、すみません。実は急いで出てきたので、向こうに色々置いてきてしまって……。落ち着いたら、いったん取りに戻ってもいいでしょうか?」
「分かったわ。その時は私も同行しましょう」
「えっ⁉ で、でも」
「人手は多い方がいいでしょう? それに、もう一度森の中を見ておきたかったの」
「は、はあ……」
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そんなやりとりから六日後。
アイリーンはクライド、バルトロとともに再びあの森を訪れていた。
今回は目的地がはっきりしているため、前回の半分ほどの時間でバルトロたちの小屋へと到達する。忙しなく荷物を詰める彼を手伝っていたアイリーンだったが、ふと小屋の外に置かれていた小さな窯に目を止めた。
「バルトロ、あれは何かしら」
「ああ、あれはるつぼです」
「るつぼ?」
「ガラスを溶かすための炉です。ぼく、向こうではガラス職人をしていたので」
そう言うとバルトロは棚から小さな革袋を取り出した。
中には広げた手のひらの半分ほどの大きさのガラス板が何枚も入っており、まるで溶けない氷のように澄み切ったそれをアイリーンはじっと見つめる。
「綺麗……こんな透明なガラス、見たことがないわ」
「ありがとうございます。でも全然です。ちゃんとした設備があれば器や、もっと綺麗なガラスも作れるんですけど……急ごしらえの窯だとこれが限界でした」
バルトロは苦笑いしながら、自身の首にかかっていたペンダントを摘まみ上げる。丸いガラス板の上側に穴を開け、革紐を通して結んだだけのシンプルなアクセサリーだ。
「生活費になればと思って作ってみたんですけど……これだと全然売れなくて」
「そうなのね……」
かつてガラスは宝石と同じくらい希少で、高価なものとして取引されていた。だが技術の進歩により安価かつ大量に作られるようになった昨今では、何か特別目立った特徴でもない限り、装飾品として手に取ってもらうことは難しい。
(なんてもったいない……こんなに美しいのに)
ガラス越しに見る景色はいつもよりキラキラと輝いて見え、アイリーンはしばし見とれてしまう。そこでふと疑問を覚え、バルトロに確認した。
「そういえば、このガラスはどうやって作ったのかしら?」
「ああ、それは――」
するとバルトロはこちらに背を向け、足早に小屋を出ていく。アイリーンが後を追うと少し行ったところに岩肌がむき出しになった崖があり、色の違う土が何層も重なっていた。バルトロはそこに近づき、少し上の方にある白い地層を指先でなぞる。
「これです。珪砂、というんですけど」
「珪砂?」
「この土に植物の灰と砕いた石灰石を入れてドロドロに溶かしたものがガラスの原料になるんです。少しずつ伸ばして冷やすと、硬くて透明な板になるというか」
「なるほど……」
ガラスの原料が砂であるとは知っていたが、実際に目にするのは初めてだ。作り方について興味深く聞いていたアイリーンだったが、途中で「はっ」と目を輝かせる。
「もしかして……ちゃんとした設備を作れば、この領地でガラスの量産が可能になるということかしら!」
ここにガラス職人がいて、そのうえ原材料となる地層があるのなら、ヴァンフリート領の新しい産業になるのでは⁉ と考えての発言だったのだが、バルトロがあっさりと否定した。
「ええっと……ごめんなさい、多分難しいです」
「難しい?」
「はい。まずそれなりのガラス工房を作るだけでも膨大なお金がかかります。それに大量の薪が必要になるので人手も相当ないと厳しいですね。自分のいたところでは炉の温度を下げないために、一日中燃やし続けたりしてましたから」
(うぐぐ……)
名案があっという間に棄却され、アイリーンはがくりと肩を落とす。だが同時に別のひらめきが脳裏をよぎった。
(――でもそうか、それなら……)
新たに浮かんだアイデアをまとめながら、アイリーンはぼんやりと珪砂の地層を見つめる。すると少し離れたところに、明らかに人工的に作られたであろう大きな土山を発見した。
「……?」
近づいてそっと片手で持ち上げてみる。ふかふかとしていて柔らかい部分と硬くなっている部分が混在しており、炭化した根のようなものも混じっていた。おそらく花壇などで使われている腐葉土のようだ。
「バルトロ、この土山は?」
「ぼくたちが来た時にはもうありました。単に植物を燃やしたあとかなと」
「植物……」
アイリーンの脳裏に、ヴァンフリート邸の庭にあった温室が浮かんでくる。
(あの温室……たしか土が全部なくなっていたのよね)
まさか誰かがわざわざここまで運んできたというのだろうか。何のために?
「……?」
植物の残骸を手のひらに乗せ、アイリーンは小首をかしげるのだった。




