01 Dance With Me
“ルアードジャングル” リーダー土屋良介の回想
十一月十五日。二十一時。
知り合いのバーで待ち合わせた。
能代秀之と瀬川竜二、そして久しぶりに会う、河原京也。
バーの近くの交差点。横断歩道の向こうに彼がいた。
お互い気付き、片手を上げる。
突然の衝撃音。
中央分離帯に乗り上げたセダンが弾かれて彼の方へ突っ込んで行く。
彼の隣には老婦人がいた。
彼は迷いなく、老婦人に全体重を乗せて後ろへ飛ばした。
刹那、彼の姿は宙に放り出された。
俺は走り出す。
彼の名を呼ぶ。
「京也!」
「⋯⋯良⋯⋯介⋯⋯」
それが俺が聞いた最後の声。
◇◇
彼を初めて見たのは高校の入学式。
私立大学の附属校で、俺と竜二は中学が同じで外部受験だった。同じクラスになれたのはラッキーだ。
二人で教室の様子を窺っていた所へ彼、──河原京也がやって来た。
何も見ていない様な生気のない、茫洋とした瞳。
なのに妙な存在感。
整った顔がそうさせていたのかも知れない。
「良介。ねえ、良介!」
屋上で俺を呼ぶ声。
幼稚園から附属校に通う俺の幼馴染、冴子。今は妻だが。
携帯型のカセットプレイヤーのイヤホンを耳から引っこ抜かれた。
「軽音部辞めたんだって? まだ二週間も経ってないけど?」
「ああ、俺のベースに合う奴いないんだもん」
「生意気ッ」
スパン、と頭を軽く叩かれた。
「でも、ギターでいい奴いたよ。隣のクラスのパンクス、能代秀之。竜二も気に入ってる」
「あー、音楽一家の能代君ね。で、ヴォーカルは?」
「やらせたい奴は居るんだけどね」
「へえ。誰?」
「河原京也」
「河原君、音楽好き?」
放課後、彼にそう言って話を切り出した。
これでもかと言う程のバンド名を挙げて彼の関心を引いた。
どれかひとつでも掠ればいいと思って。
「名前は知ってるけど、そんなに沢山は聴いてない」
そう返って来た。
全く知らない訳じゃ無さそうだ。
「⋯⋯て事は、聴く事は聴いてるんだ。じゃあね、ひとつお願いしたい事があるんだけど」
一拍置いて興味を持たせた。
「バンドのヴォーカルになってくれないかな?」
「でも、上手く歌えないかも知れないよ?」
不思議そうな顔はしたけれど、手応えありだ。
「君のその空気と存在感、すごくいいんだ」
これはもう、押せ押せで行くしかない。
隣の教室で待たせている秀之と竜二のもとへ連れて行った。
「同じクラスの瀬川竜二はドラムス、このクラスにいる能代秀之はギタリスト。俺は土屋良介、ベースね。バンド名は『ルアード』」
「河原京也です」
やった! 手に入れた! 俺は心底嬉しかった。
京也の声は僅かに不安になるような、それでいて切なげ。
憂鬱でもあり、かつ攻撃的にもなる。
何とも不思議な魅力があった。
彼の綺麗な顔は女の子達にも評判が良かった。
◇◇
「お連れ様ですか? 手続きの記入をお願いしたいのですが、ご家族ではありませんか?」
京也は搬送されてすぐに手術室へ向かう事になった。
意識が混濁しているからだ。
「知り合いです。家族には私が連絡をします」
俺は冴子に電話を入れた。彼女から京也の両親へ連絡してもらう為に。
次は時間になっても現れない俺達を、バーで待っている二人に。
しばらく経って京也の父親がやって来た。
老婦人を庇った状況を説明している途中で、冷たい女の声。
「何て馬鹿馬鹿しいの。他人を庇うなんて。何を考えてるか分からない子だったけど」
京也の母親、女優の島田玲代だ。
京也はかなり嫌っていたが、彼は女優の母の血を色濃く受け継いでいた。
見栄えの良さと、人を惑わす魅力。
彼は無意識にそれを使っていた。
メジャーデビューの際、週刊誌に彼女が裏で手を回していたと記事が出た。
彼女は特別何かをした訳では無いが、ネームバリューが物を言ったのは少なからずあったと思う。
記念ライブのリハーサルに彼女が訪れた。
京也は激昂した。あんな姿を見たのは初めてだった。
彼は常に穏やかで、⋯⋯いや、自分を持っていなかった。
ただ虚ろに漂っていた。
だが、母親に向ける感情だけが鮮烈に現れた。
「ババア、うるせえぞ」
バーから急ぎやって来た秀之が悪態をついた。その後ろで竜二が肩を竦めている。
「なっ、なんなの?」
「こんな時に何言ってんだよ。人を蹴倒すことしかしねえあんたには、わかんないだろうね」
秀之は本当に怖いものなしだ。思った事は何でも口にする。
もっとも、彼女を除く全員がそう思っていたが。
「ご家族の方はいらっしゃいますか?」
戸が開き、看護師が告げた。
◇◇
彼の空っぽさは魅力でもあったが、指をすり抜ける水のように捉えどころがなく不安を煽った。
秀之は次から次へと友達を紹介し、ギターを教え、京也の心を埋めようとした。
俺は彼に心にある何かを書き留めるよう、作詞をさせてみた。
生真面目な竜二は一人暮らしを始めた京也の生活全般をサポートした。
マネジメントをする冴子が衣装一式を用意し、メイクを施した。
少しずつ、京也は変わっていった。
誰かを真似てその場その場で作り笑いをしていたのが、段々と自分から笑えるようになっていった。
大抵俺と一緒に行動していたが、そのうち俺がいなくても秀之の友達とも会う事も多くなっていった。
所属事務所から、京也にソロ活動をしてみないかという提案が上がった。
いつまでも俺と秀之の作り上げる京也ではいられないのでは、と俺達も思っていた。
彼の空虚さはかなり薄れ、段々と彼自身が本来持っていた色が現れて来ていた。
京也が望むならソロもアリだと秀之も竜二も同意した。
「京ちゃん、俺達の事は気にしなくていいよ。せっかくのチャンスだ。やってみてもいいんじゃないか? 俺と秀之が作り上げた『京也』は、あくまでも『ルアードの京也』だ。自分だけの京也を見せてはどう?」
彼にそう切り出した。
「僕には何もない。何もないのにどうすればいい?」
いつまで経っても自信のない顔をする京也。
「何もないわけ無いよ。初めて会った時は、そんな京ちゃんの現実味のない空虚さが目を引いたけど、今はもう違う。沢山の人と出会って、関わって、随分と変わったよ」
「そうなのかな⋯⋯。僕は変わった?」
嬉しかったんだろう。京也は口元を緩ませた。
前は自然に笑う事も無かった、と彼に告げると
「あ、ありがとう。良介」
思ってもみなかった礼を返された。
「あのね、僕はね⋯⋯」
◇◇
十一月十四日。
電話のベルが鳴った。
「帰ってきたよ。明日の夜でいいんだよね?」
京也から確認の電話。
知り合いのバーで待ち合わせ。能代秀之と瀬川竜二も一緒だ。
京也の後任のヴォーカリスト、清水暁人はまだロンドンにいる。
もしかしたら会いたくないかも知れないから、丁度いいと言えば丁度いい。
翌十五日。
バー近くの交差点。
それは起きた。
「私、帰るわ」
島田玲代が言った。
「ああ」
京也の父親が項垂れながら応える。
「⋯⋯お葬式には呼んでもらえるわね?」
「⋯⋯ああ、もちろん」
◇◇
「あのね、僕はね、良介に感謝してるんだ」
彼は見たことの無い晴れやかな笑顔で言った。
「あの時、誘ってくれてありがとう。何もかもが嫌でどうでも良かったんだ。⋯⋯あのままなら今どうしてるか、わからないよ」
「本当に、ありがとうね」




