22 Newborn Hope - 02 -
“Newborn Hope” 新たな希望
「ジーン。俺、もう行かないと」
時間は無情に過ぎてゆく。
アキは名残惜しく思いながらも立ち上がった。
「⋯⋯そうだな。次はいつ来る?」
「いつ、とははっきり言えないな。これからレコーディングやらツアーやらあるからね。でも暇になったら必ず来るよ」
アキはポケットから紙片を取り出し、ジーンに渡す。
「これ。俺の連絡先。一応母親の所も書いておいたよ。それでも駄目なら祖母の家は解かってるね? 何かあれば祖母に言ってくれればいいよ」
紙を受け取り、方眉を上げ上目遣いでアキを見る。
「⋯⋯几帳面だな。普通そこまでする?」
呆れた口調にアキは少しムッとする。
「知らないよ。これは俺の性格。⋯⋯ひとがわざわざ親切に教えたのに、そういう言い方はないんじゃない?」
「くくっ。怒るなよ。でも、そんなんじゃ、ここの住所なんかはしっかり知ってるんだろうな」
「勿論ちゃんと調べたよ。『DAMASK ROSE』の方もね。アレックスにも断っておいたし」
「細かすぎる⋯⋯」
「ジーンがズボラなんだよ。だいたい電話も入れてないし。この部屋、次に来たらどれだけ散らかってるんだろうね?」
片手を腰にあて、ジーンを指差しながら苦言を呈する。
「俺、良くなったらまた歌うよ」
「うん」
「この前アレックスが一人で来て言ったんだ。おまえに負担をかけてて悪かったって。⋯⋯それと、あの日の俺には驚いたってさ。それでいつか俺とプレイしたいってさ」
「本当に?」
「ああ、でも俺は言ってやったよ。今頃何言ってんだよって。俺はまだ自分が固まってないからな。もう少し焦らしてやるんだ。今まで散々苛められた分だけな」
二人はたまらず笑い出す。
「うっ、いってえ」
笑ったはずみで傷口が引き攣れ、ジーンは傷を押さえた。
「ハハハ。それからな、俺は必ず日本に行く。日本でギグやって、⋯⋯そうだな、アキに飛び入りで演ってもらうのもいいな。歌ってるところを見た事もないのにこういうのも何だけど」
ジーンは照れたように俯き、所在なく手を動かす。
「うん、いいね。その時が来るのを待ってるよ。⋯⋯ジーン、昨日はありがとう。俺、君に感謝してる。君がいなかったら、今こんな気持ちで日本に帰ることは出来なかったと思うよ」
アキはジーンに手を差し出す。
ジーンは手を取り、強く握り返した。
「気をつけて。アキに会えて良かった」
「ああ、俺も。ジーン。お大事にね。必ずまた会おう」
二人は力を緩め、手を離す。
寂寥感がアキを襲うが、トランクを手にフラットを後にした。
ジーンはその後ろ姿をドアにもたれながら見送る。
アキの姿が消えると、握手を交わした手のひらを見つめ、口の端を片方だけ吊り上げた。
アキは離陸を待つ機上で、ジーンと同じ様に手のひらを見る。
日本を脱出した時の自分にのしかかかっていた絶望感。
それが今では平安と新たなる希望に変わっている。
無論今まで自分を形どっていた京也という存在を喪失した事への、言いようの無い虚無感は確かにある。
唐突に放り出されたような不安もある。
だが、アキは自分が受けているショックが小さい事に気付く。
おそらくジーンの言葉に動かされたのだろう。
彼は『京也を追う事が全てではなく、アキにはまだ他にするべき事がある』と言った。
アキの人生はアキ自身のものであり、京也はたまたま交差しただけに過ぎない。
当てつけや悪気があった訳ではないのだ、と。
二十七歳でこの世を去った京也。
早すぎる死だ。
「自分には何もない」
そう言っていたが、アキには理解が及ばない。
そんな思いがあってなお、新しい世界に踏み込んで行った京也。
アキの中に憧憬と憐憫の情が渦巻く。
飛び立とうと機首のあげられた機上から外に目を移す。
イギリスともしばしの別れだ。
これから日本で何が待っているのだろう。
ジーンが願ったように強く生きていけるのか。
アキの心は千々に乱れた。
目を閉じ、誓う。
もう、後ろは振り向かない。
夢の中の京也を思い出す。
静かに鎮魂の祈りを捧げた。
THE END
本編はここで終了です。
次に番外が二本、後書きが入ります。




