16 PREACHER - 01 -
“PREACHER ” 説教者
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「残るところは、唯一の出口が死という不可避のものであるという運命だ。
死が不可避な唯一のものだというこの事実を除けば、
悦びであれ苦しみであれ、いっさいが自由である。」
アルベール・カミュ『シーシュポスの神話』(清水徹 訳、新潮文庫)より引用
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ジーンが『死』に憧れていた頃の『D-FLOWER』の演奏は刹那的で、恐怖心を煽るような緊張感に包まれていた。
ギタリストはジーンをどうかしてると罵ったというが、アキはそれに違和感を覚える。
彼らはむしろ、ジーンの圧倒的なまでの狂気を売りにしていたはずだ。
不本意であったかも知れないが、結局のところハッタリは効果的だったろう。
──自分がそうであったから。
アキはセデューサー時代にそれを武器にしていたのだ。
オーディエンスを恐怖に巻き込み、セデューサーという檻に閉じ込める。
アキが煽れば煽る程、観客は深みにはまっていく。
だが、今夜の『D-FLOWER』はおそらく違うだろう。
楽曲に変わりはないが、ジーンを筆頭にメンバーの表現方法は変化する筈だ。
ジーンは何度かスタジオにアキを同行させようとしたが、アキは断り続けた。
ジーンから発せられる空気があれだけ変化したのだから、ステージでも同様だろう。
アキはただのオーディエンスに留まっていたかった。
彼の変化を身体で感じたかった。
アキが物思いに耽る間、アレックスはずっと傍らに立ちステージとアキの様子を窺っていた。
ジーンに頼まれたのもあるが、何となく放っておけなかったからだ。
──俺がやらなくても店の事はスタッフがこなしているしな。
小さくため息をつき、再びステージに目を向ける。
既に二番目のバンドの演奏は終わり、スタッフが機材のセッティングを始める。
「ようやく登場だよ」
アレックスはカウンター越しにアキに向かって身を屈める。
「ええ、アレックス。よく観て下さいね。ジーンの本当の姿を」
何の躊躇いもなく、アキは挑むように言う。
アレックスは不可解なものを見るようにアキを凝視した。
アキは自信ありげな笑いを浮かべていた。
「もう始まりますよ」
アキの指先がステージを指し示す。
ジーンを除くメンバー達は青いライトの下で、すでにポジションに着いている。
観客の緊張も高まり、皆固唾をのんでステージを見守る。
やがて静かに流れるバッハのチェンバロの旋律に乗ってジーンが姿を現した。
いつもの片方だけ唇を吊り上げた不敵な笑いと共に。
「 Hiya!」
闇に引きずり込むように全ての楽器が疾走する。
ジーンの声が乗る。
多少アレンジが変わっているようだが、前回とはまるで違って聞こえる。
同じ歌詞、同じ旋律。
なのにまるで違う。
以前のジーンは言い知れぬ程の怒りを、矢継ぎ早に吐き出すようにぶちまけていた。
だが、今はどうだ。
怒りと共に哀しみが交差している。
彼は一方的な発言者ではなく、まるで救いの手を求めるすべてのオーディエンスの代弁者となっているようだ。
あの夜までのジーンは他人の手を必要以上に拒否してきた。
今では自分の孤独や傷を埋めるには他人の力が必要だと理解したのだ。
もちろん、自分自身でも埋める努力は必要だが。
アキはそんなジーンの姿に納得がいった。
──これが本当のジーンだ。
自然と笑みが浮かぶ。
その時、アキのすぐ脇でガラスが砕ける音が響く。
アレックスが手に持っていたグラスを落としたのだ。
アキは床に散らばるガラスの破片に目をやる。
それからゆっくりとアレックスの顔に目を向けた。
アレックスは驚きを顕わにしてジーンを見詰めていた。
何か言いかけているようだが、ただの一言も発する事も出来ずに首を小さく振り続けている。
アキにとってこのジーンの変化は歓迎すべき事実であっても、アレックスにはそうではないようだ。
アキは憮然とした。
感情のない『ディー』の影より、己の醜さまでさらけ出すジーンの方が余程素晴らしいのではないか。
もちろん、仮面を被り歌うヴォーカリストを認めない訳ではない。
素晴らしいパフォーマーとして完成されたヴォーカリストを、アキは知っている。
だが、今の素顔のままのジーンはそれを凌駕している。
アキは再びジーンへと視線を移す。
最後まで彼を見届けるために。
アキがステージへと顔を向ける途中、バックステージへ淡い銀の光がすり抜けていった。
しかし、アキはそれに全く気付かなかった。
いよいよ歌い始めました。
ここからアキの心が休まりません。




