9.突然の拒絶
「さっきからでてきているミレニオって何?」
咲の言葉を聞いて聞いたレイが笑い出す。俺はその言葉にホッとする。
やっぱり知らなかったか。
グネルがぐちぐちと言うがこれ以上、話したくなかった。咲に俺の罪を知られたくなかった。
咲と一緒に帰ろうとすると、咲はそのまま自分の家に向かって何も言わず歩いて行った。
なんと声をかけて良いのか、分からなくてそのまま見送る。
言い訳に聞こえてもちゃんと説明するべきだったかも知れない、そう思ったのは気持ちの落ち着いた翌朝だった。
翌朝咲が家を出る時に話そうとベルの音を待っていたが全然鳴らないので心配になって家のドアを開ける。鍵は掛かっていないし、ベルの音もしない。よく見るとベルの中にあるはずの金属棒がない。
咲が抜いたのか…
咲はどこに行ったんだ?風電話を持っていないから連絡しようがない。
こんな時追跡石があれば…と思ってしまった自分に呆れる。
とりあえず樹との約束の時間が迫っていたので樹の館に向かう。
咲が来ているかと声をかけながら樹の館のドアを開けると同時に咲の姿を捉える。
「貴方が一番最後ですよ、アンセ。咲はもう来ています。」
咲は前を向いたまま俺を見ようともしない。
俺に言い訳の時間をくれ…
「今日の背景は聞いています。単刀直入に言います。咲には樹の力はありません。」
樹が断言する。この一言で収まれば良いが、そうはいかないだろう。
「その様ですね。」
意外な人が声を上げる。博士だ。もう樹の気配を感じられないと言っていたのは嘘だったのか、それとも虚栄心から言っているのか。
ここでも樹の証明の方法についてグネルがごねたが樹にこの案を棄却するなら別の案を出せと言われてグネルは押し黙ってしまったので了承と言う事になった。そしてみんなで北の果樹園に向かった。樹はエネールを選びもう一度今からやる事を話した。
そう言う事か…樹は樹々に協力を求めているのだ。咲が樹ではないと証明する手伝いを、果実をもぎ取らせないと言う方法で援護して欲しいとお願いしたのだ。
樹がかなり大きめの果実を収穫するようにと咲に言う。…咲の冷蔵庫にあったのと同じくらいの大きさだ。今までの、いや今でも咲が本気で必要としたら樹々は分けてくれるだろう。
でも常人からしたらこの大きさは、樹以外には無理に見える。下手したら樹すら取れないのではないかとさえ思うに違いない。
実際、博士達は胡散臭そうにその指示を聞いていた。
咲だけは見慣れている大きなエネールを言われたままに引っ張る。当たり前だが実はしっかりと枝に付いていてびくともしない。樹がしなって葉っぱが揺れる。咲はそっと枝を戻す。声が聞こえないのにいきなり手の力を抜いて樹に衝撃を与えるないのが咲らしい。
そして悲しそうな目でエネールを見つめている。
グネルは、その様子を見て手を抜いていると言うので一緒に引っ張らせるが当然実は取れない。念の為博士も俺も咲を手伝わされるが無駄な事だった。咲は俺と引っ張る時少しだけ体を強張らせたのが分かった。「心配ない、すぐに解放される」そう声をかけたかったが博士達の手前言葉を飲み込んだ。
「これでいいですか。納得しましたか?」
樹が確認する。こんな茶番もあと少しで終わりだ。グネルが自分でもひっぱってみて全く取れない事を確認すると渋々同意したのが最後で、後はみんな納得していた。
では、と言って樹がエネールの実にそっと触れると、引っ張ってもいないのにエネールの実がポロリと取れた。
すごい演出だ。呆気に取られていると咲だけが拍手をする。
樹はエネールの実を咲に渡すと微笑んだ。咲はじっとエネールを見てそして泣いた。声を上げずにポロポロと涙を溢した。
いつもの様に咲を連れて帰ろうとすると樹に止められる。
「帰ろう。」
咲が声をかけたのはレイだった。
頭をガツンと殴られたようなショックを受けた。咲は俺を一度も見ないままレイと帰って行った。
俺はその場から動けなかった。
「大丈夫ですか、行きますよ。」
樹が声をかけてくれた時には樹と二人きりだった。
「これで咲は博士達から解放されますね。一安心です。貴方も一区切りついたのだから本業に精を出して働きなさいね。」
樹は肩をポンと叩くと館に帰って行った。何かもっと他の言葉があってもいいんじゃないか。
俺はスクエアの真ん中で立ち尽くした。
今から行けば仕事に間に合う時間だ。分かっている。でもきっと何も出来ない。何も手に付かない。
諦めて休みの連絡を工房に入れるとベンチに座って空を見上げた。今日の空は霞んでいる。そろそろ雨でも降るのか。
咲と見た空はとても綺麗な金色の空だった。
しばらくそのまま動かないでいると流石に首が痛くなったので街の人に目を向ける。
咲がいつも使っていた出店の場所には誰もいない。
どうするかなあ。
咲に言い訳させてもらえるだろうか。どんな言葉を重ねても咲を監視し、グネルの側にいた事は変わらない。
何と言い訳しようか何日も考えていると樹から呼び出しがあった。
「久しぶりね。最近どう?」
「ちゃんと仕事行ってますよ。」
「そうみたいね。ちゃんと出勤してると聞いているわ。」
「なら問題ないでしょう。」
「問題ないなら、作品が全く使い物にならないって苦情が来ているのはどう言うことかしら。」
またしてもルサーイか。あいつの仕事は樹への告げ口なのかと文句を言いたくなる。
「納期まで時間もあるし大丈夫ですよ。用件は何ですか。」
はあ…と樹がため息をつくのを見てすごく疲れていることに気が付いた。この人も本来こんな事に首を突っ込んでいるような暇人ではない。
「特に、ないわ。少し心配だったのよ。あの日から抜け殻みたいだから。もうひと月以上経つのよ、アンセ。」
あの日…咲が樹ではないと証明された日か。あの日からずっと俺は言い訳を考え続けている。もうそんなに経つのか。それなのにまだ答えが出ない。
「しっかりして頂戴。グネルの件はまだ解決してないのよ。」
この人は俺を心配だと言いながら求めているのは結局のところ全体最適解だ。
俺の中で何かがプツンと切れた気がした。
俺もそろそろ蹴りをつけようと博士達に接触しようと思ったらちょうど向こうから接触してきた。
「やあ、元気にしてるかね。」
「お陰様で」
酷い気分だ、と続くが最後の部分は飲み込む。
「そろそろ、地上から呼び出すのは潮時かと思ってね。」
ようやく分かったのか。これまでの苦労が報われた気がしてホッとする。
「代わりにこれを。」
そう言って黒い石を取り出した。博士はその石を手で直接触らない様に注意深く取り扱って袋に入れて俺に渡す。
「何ですか。これ。」
さては新手の追跡石か、懲りない人だ。
念の為の用途を聞いておく。
「まだ未完成の気分改善の石だよ。これを多くの人が持つことで本物の樹が大いなる力によって召喚される筈なのだ。」
気分改善で本物の樹が召喚されるってどう言う理論だ。そしてなぜ俺をそれに巻き込もうとするんだ。
「そんなものをなぜ俺に。」
「言っただろう、未完成なのだ。作用がまだ分からない。実験台になってもらえないだろうか。結果が見えた時…この石が消えた時、君の任務を終わりにしよう。あと少しだけ付き合ってくれたまえ。」
かなり怪しいが、こんな石を持ち歩くだけで俺はこの任務から解放されるのか。それならお安いご用だ。咲にも迷惑は掛からなそうだ。
「直接触らない様にだけ気をつけたまえ。それからこの石のことはまだ誰にも話さない様に。なにしろ未完成でどうなるか分からないのでね。」
「了解しました。では失礼します。」
博士の家を後にすると袋に入った石を覗き込む。
直接触ってはいけないと言われると気になる。普通、石の力は皮膚から少しずつ取り込まれる。それなのに触ってはいけないとはどういうことなのか。経皮吸収が早すぎて効きすぎるのか。
風通路に乗って落ち着くとそっと手に乗せてみる。
天にかざすと黒曜石のように黒くて透き通っている。でも同時に何だか嫌な感じがする石だと思った。
早目に袋に戻すとポケットに入れた。
数日その石を持ち歩いていると気持ちが前ほどに揺れなくなる。これが気分改善と言うことなのか。何をみても同じに見える。
咲に気を取られて居たのが嘘のように何にも気持ちが揺れなくなり今までと同じ単調で静かな日々に戻った感じだった。最近は何を食べても同じ味がする。
「アンセ、最近どうですか。」
「別に。」
ルサーイが珍しく声をかけてくる。この工房で声を掛けてくるのはコイツくらいだ。コイツだってよっぽどのことがない限り話しかけないのに、何なんだ。前みたいに納品前に作品の大幅変更している訳でもない。
「何かあれば話を聞きますよ。」
何だそれ。
俺に何かあるみたいだ。最近は咲が来る前のように落ち着いた毎日を探していると言うのに。
その日仕事から帰ってくると咲の声がした。この距離で見かけるのはいつぶりだろう。声を掛けようとすると男と一緒にいる。何度か咲といるのを見かけたことのある奴だ。
もう家まで送ってくれる関係なのか。
咲を選ぶとは物好きな男も居たもんだ。
いや…俺もその物好きの一人だった。
多分俺は…俺は咲に惚れていたんだと思う。
そう認めた瞬間、心の中からどす黒い何かが湧き出てきた。
「咲…咲…」




