10.ネコへの言い訳
咲は自分を送ってくれた奴を見送ったあと、俺にようやく気がついたようだった。
前は俺に向けられていた笑顔が今はアイツに向けられているんだそう思うと、もやもやとしたどす黒い気持ちが心に湧き上がる。
咲の目が俺を捉えた時、咲の顔には動揺と嫌悪が見てとれた。そんな顔で俺を見るな!
ずっとどう言い訳しようか考えていたはずなのに、最初に口から出たのは咲を批判する言葉だった。咲が傷ついているように見えた。
言いたかったのはそんなことだっただろうか。
今度は急に申し訳ない気持ちに支配されて落ち込む。
そうだ、俺がちゃんと教えてやっていれば今も咲は樹々と話せていたはずだった。自分可愛さに俺は咲を追い詰めた。俺は早く監視と言う役から降りたかった。
ふとまた、送りに来たアイツの顔が浮かんで腹わたが煮え繰り返ってくる。
俺は自分の手を汚してでも咲を救いたかった。でもそれは俺のエゴで、自分を裏切った俺を咲が信じるはずがなかった。
でも、さっきのアイツは本当に裏表なく咲を幸せに出来るのだろうか。
俺といるより咲は幸せになれるのだろうか。
なぜだろう、さっきから色んなことに気が散って一つのことを考えられない。
そしてそんな俺をみて、「いつもと違う」と心配そうに俺を見つめる。
俺が過去に何をしたのか、今まで咲に何をしてきたのか…咲に心配してもらう資格は俺にはない。
突然、咲が博士にもらった石のことを指摘する。
何で咲が知っている?博士は咲も巻き込んだのか。だとしたら咲から石を回収しよう。あの石が碌なものではないことは始めから分かっていた。
俺が咲に石を見せてもらおうと思ったのに、逆に石を見せろと言われて袋に入った石を見せる。なぜだ、いつもと違って咲に言い負ける。
「アンセ、その石を今すぐ捨てて!早く!」
「なんでだよ、この仕事をこなさないとまた監査役に戻される。これが最後の仕事なんだよ。」
「最後って本当に最期って意味なんだよ!」
本当にこれで最後…咲が言うなら信じてもいいのだろうか。
珍しく博士は嘘を言っていないのか。
石を目の前にして思う。こんな石ころがなんになるんだ。石を握りしめようとすると、咲が奪おうと飛びかかってくる。
久しぶりの咲とのじゃれあいに油断して袋を奪われる。すると石が飛び出して地面に落ち草が黒焦げになる。
そこにあった草は跡形もない。あの石はなんだったんだ…
咲は俺を放り出すと、黒くなった葉っぱに謝って手を差し伸べようとする。すると明らかに草に拒絶されているのが見える。それを見て咲は泣いている。
俺のせいでこんな扱いを受けているのか。
すまなかった。
心の闇が少しずつ落ち着いていく。
気がつくと俺は咲の頭を撫でていた。
「ちょっと待ってて。」
泣き止んで落ち着いた咲はそう言うと自分の家に入っていった。そしてまた直ぐに手に小瓶を持って戻ってきた。
「食べて。これ全部。今すぐに。」
びっくりして小瓶を見つめていると有無を言わさず口に詰め込んでくる。
これは…クノー?
甘すぎて気持ち悪いし胸焼けが酷い。吐きそうになるが咲は次々に詰め込んでくる。他のやつなら殴り倒しているところだ。
…でも流石に限界だ…
いくら咲でも無理、止めようとするとちょうどジャムがなくなったようで咲の手が止まる。
咲は心配そうに俺を覗き込んでくる。
胸焼けは酷いが少しずつ周りの景色が色味を帯びてきて、頭に掛かっていたモヤが晴れていく。何だったんだ。
改めて咲を見る。
咲にまたこんな顔をさせてしまった。
ちゃんと話そう。咲を家に誘うが返事を聞く勇気がなくて振り返らずに家に向かう。
足音が後ろから聞こえて咲が俺の後をついて来ているのが分かってほっとした。うちに呼ぶのはいつぶりだろう。
咲を監視していたことを告白した。
話を聞いてどう思うかは分からない。でも、こうして自分の言葉で話せて良かった。
「ありがとう。咲に嫌われたと思っていたから話せて良かった。飯食べよう。」




