11. 七十年の空白
先日話せた時に約束したレストランに行こうと、咲に風電話を入れる。
久々のデートに心が躍る。
楽しみすぎて何度も風電話を確認する。
咲からの返信はない。
風電話を持ち始めたばかりだから気付かないか…
いやいや、使い始めだからこそ見るだろう。
夜に連絡入れたのに翌日の昼になっても音沙汰がない。
心配になって昼休みに咲の家を覗きにいくが家には居ない。
風電話があってもなくても行方不明になるのは同じだった。
連絡が付くはずと思う分、今の方がタチが悪い。
念の為、樹にも連絡するが「咲が風電話に出ないくらい想定内でしょう。それにまだ半日しか経っていないじゃない。」と取り合ってくれないのでスクエアの樹の館に押しかけて直訴する。
「そんなことを言って、咲に何かあったらどうするんですか!」
「もう、咲に振られたから関係ないのでしょう。連絡が来ないくらいで巻き込まないで頂戴。」
「振られたかどうかは関係ないんですよ。俺が咲を守るって言ったでしょう。」
「そんなに心配なら首に縄でもつけておいたらいいじゃないの。今日はきっと仕事が忙しいのよ。」
直訴しても全く相手にしてくれないので、腹を立てたまま仕事に戻る。
ルサーイには心配事が解決したら戻って来いと実質強制的に帰された。
帰り道すがら俺はずっと風電話を見ているが全く光る気配はない。
段々と苛立ちを覚える。なぜいつも行方不明になるんだ。
家に着いても机に風電話を置いてじっと見るが全く反応がない。
夜寝る前にようやく咲からメッセージが来る。
「アンセ、今週の休日前の夜はどうかな。」
今を逃すとまた咲から返信が来ないに違いない。
提案の日で予約を取るから、空けとくように!
それから迎えにいくから待っているように!
出る時には連絡を…
そこから返事が来なくなった。
少しやりすぎたと反省する。
翌日咲の指定した日に、店の予約の電話を入れるといっぱいだと言われてしまった。
どうするかな、と思っているとすぐに折り返しが来て「席は作るので、その日に必ず来て下さい」と知り合いの声がした。
あいつの店に行く約束をしたのは何十年前だろうか。覚えていてくれたのか。
嬉しいような恥ずかしいような、でもそんなつもりで咲を連れていくのではない。俺は女性を連れていくような店をあまり知らないだけだ。
約束の日、咲が忘れていないか気になったが連絡するのはやめておく。しつこいと言われそうだ。
咲は会った時からご機嫌だった。
俺と会えて嬉しいと言うよりは何かいいことがあったに違いない。
「ニヤついてて怖いぞ。」
声をかけてみるが上がった口角が下がる様子はない。それどころか全く反応がない。
「もしもーし、咲さん?」
「何もないよ、気のせいじゃない?」
何に気を取られているのかとよく見ているとちらちらと樹々を見ている。もしかして声が聞こえるようになったのか。しばらく見ていると、その説に確信を持つ。
まあいい、今は深追いはしない。そのうち話してくるだろう。
二人でローニャの店を目指す。岩をくり抜いた石窯のピザ屋だ。少しアクセスが悪い場所にあるのだが、満席ということは繁盛しているのだろう。俺の悪影響がなくて良かった。
あいつの料理は美味いから客がたくさんついているんだろう。
店が見えてくるとローニャが入り口で待っているのが見えた。
「アンセさん、久しぶりです。お待ちしておりました。」
さりげなく咲を確認して笑顔で店に案内する。やっぱり誤解している。咲を約束の人だと思っているようだ。折を見て訂正しよう。
俺たちは、昔設計した中で一番いい席に通される。
先約の人はどうなったんだろう、心配になるがローニャが良いなら好意に甘えることにしよう。
「お祝いに美味しいお酒をご馳走しますよ。」
頼んでもいないのにブリーセが注がれる。
いや、だから咲はそう言う相手ではない…
つい言いそびれる。…言いたくないわけではない。
「ね、昔なんて約束したの?」
「約束なんてしてない。」
節々に感じるローニャの視線にさすがの咲も気づいたらしい。でも恥ずかしい約束を話すつもりはない。
それにしても懐かしい。
食器もカトラリーも一緒にデザインしたものをそのままずっと使ってくれている。
一方でローニャの料理は昔よりずっと深みが出て磨きが掛かっていた。どの料理も最高だ。
メインは魚だった。
予約したのは数日前なのに、魚なんてどうやって手に入れたんだ。ローニャの気持ちが嬉しくてなかなか手をつけられない。
咲は相変わらず美味しそうに食べる。咲の幸せそうな顔を見ていると俺も心が温かく満たされていく。
「食べないの?美味しいのに。スープも飲み干したいくらい。」
咲は魚を半分くらい食べて、俺が食べていないことに気がついたようだ。
「あまりにも美味しそうに食べるから咲が満足するまで待とうかと思って。」
「え、遠慮しないで食べなよ。なんか食いしん坊みたいで恥ずかしいよ。」
そんなのは今更だ。その食いしん坊を見てるのが好きだ。
メインのあとは二人の幸せを願って、とメッセージと共にデザートが出される。
二人のって…咲に迷惑がかからないように、そう言う関係ではないと伝えようとトイレに立つ。
でも、すれ違いでローニャに会えず席に戻ると咲と話していた。
「ローニャ余計な事話してないだろな。」
「何も話してませんよ、今日私達を再び会わせてくれたお礼をしていたのですよ。」
咲の目を見れば分かる。じっと見つめると必死で何かを隠しているのが分かる。やはり何か話したな、でもここで問いただす訳にもいかない。
「…咲の顔が変わらないから、まあ、そういうことにしておくよ。ご飯もデザートも美味しかった。前に食べていた時よりもずっと腕が上がっているな。」
「設備も整っていますからね。出店とは違いますよ。また来てください。待っています。」
ローニャは嬉しそうに微笑んだ。もう二度と会う事はないと思っていたので、俺も会えて良かった。
店を出て咲と二人で駅まで歩く。
もう腕を組んだりはしない、二人の関係に寂しさを覚える。
咲が何かを言いかけて飲み込んだ言葉を口にしたとき、俺は驚いた。ローニャと咲は思いもよらないことを話していたようだ。
禁忌…
俺のしたことをローニャは話したのか。
いや、アイツは詳しくは知らないはずなのになぜだ。
「何を聞いた?どこまで聞いた?」
思わず咲の手首を強く握って向かい合う。咲が怯えているのを見て慌てて手を離す。
怖がらせたことを謝って、その先は家で話したいと告げる。
大っぴらに話すことではない。
出来れば話したくはない。
咲を監視していたことですでに幻滅されているのにこれ以上嫌われたくない。
葛藤していると、咲がすっと俺の腕に手をかけてきた。
季節が夏に変わろうとしていて触れ合う肌の温かさに汗が滲む。
今度こそ軽蔑されるかもしれない。でもこの温もりに一縷の望みをかける。
覚悟を決める時が来た。
出来るだけゆっくり歩いたがとうとう自分の家に着いてしまった。
俺はどう切り出そうか悩んで、時間をかけてお茶の準備をする。咲はあれから何も言わない。
テーブルにお茶を出す。
いっぱい考えてありのままを話すことにした。
俺はシンさんと出会い博士達から守ってもらったこと。昇華されてからまた博士達からちょっかいを出されるようになったこと。
樹ではないことを証明したら二度と付き纏わないと言う約束を信じて俺が禁忌を犯したこと…樹々に火をつけたことを話した。




