12.ファレルジェルをあげたい相手
咲と話して数日後、仕事帰りに咲から声をかけられる。気持ちがぐっと上がる。
「おお、今帰りか。…え、あ…」
咲の胸には大きなファレルジェルが光っているのを見て一瞬で俺の気持ちが暗転する。
それは誰からもらったんだ?聞いても良いのか。ファレルジェルから視線を動かせない。
俺の視線に気付いた咲が石を持ち上げて説明してくれる。
「これはこの前火事で助けた夫婦にもらったの。今日は職場でもそれで揶揄われて大変だったよ。」
「アイツとの事をか?」
「なんでカレルさんが出てくるの?違うよ。」
ならいいんだ。周りから見てアイツとはそんな風に見えないのなら大丈夫だ。
…大丈夫ってなんだ。
話の流れで俺のファレルジェルを見たいと咲が言い出したので断る。
今までは適当にファレルジェルの存在を思い出した時に作っていたが、咲に出会ってからは咲を想って作っていたから見せるのは恥ずかしい。別に石に咲とか、書いてある訳ではないが気持ちの問題だ。
それにまだ小指の先くらいの大きさだがその石が自分に向けて作られていたとなんかの拍子に知ったら気持ち悪いだろう。
「じゃあ、自分で作ってみたらいいんじゃないか。」
うちに寄って作っていくかさりげなく誘ってみると行くと乗ってくる。
咲の警戒心が解かれていることに安堵する。
そう言えば樹のファレルジェルってどう作るんだ?火や水、土、風はそれぞれ素材がある。でも樹は?
流石に樹々を素材にすることはできないだろう、
まあ、でも今は咲は樹ではないから置いておこう。
ファレルジェルの作り方は多少異なるが基本は同じはずだ。素材の真ん中にある「力を司る源」を見つけて結晶にする。それがファレルジェルだ。
炎を手に取ってやって見せるが初めて見た咲には全く分からないようだった。
実際一回で出来る結晶は砂粒よりも小さいので目で見ると言うよりは感じるものなのだから仕方ない。
通常は今まで作ったファレルジェルを素材の中心に置いてそこに集中させて結晶を大きくしていく。
折角なので一旦席を外して俺のファレルジェルをさっきの結晶と一つにまとめる。
俺の石は多分同じ期間頑張った他の奴らよりも大きい筈だ。秘匿の力があるから集中すれば大きくしやすいからだ。もちろんそのために必要な集中力や核となるものは消費されるので疲弊するが。
結晶を作って咲のもとに戻るとああでもない、こうでもないと無茶苦茶だ。全く合理的ではない。思いつくままに水を捏ねくり回している。
拒絶されないかドキドキしながらそっと咲の目の前にある水の塊を一緒に包みこむ。
咲は何も反応せずに一緒に水を見つめている。もう拒絶されていないと思ってもいいのだろうか。
視覚ではなく感覚で探してみるように伝えるが、既に集中力は切れていたようで水が地面に落ちて飛沫をあげる。
このファレルジェルになる核となるものは力を使う時に必ず必要で有限だ。
咲にも説明するがよく分かっていないようだったので今日はもう終わりにしよう。理論を聞いて出来るものでもない。
ご飯を食べていると咲が買ったばかりの風電話を見せてくる。風電話の中では大きめのもので何の飾りも付いていない。
レイに言われて大きいものにしたのは正解だ。咲のことだ、メッセージに気が付かないに決まっている。
そして、この風電話をデコレーションして欲しいという。全くそんな下心があったから見せてきたのか。
今は少しでも点数稼ぎをしたい。咲の頭をぐりぐりしながら、どんなデザインにしようか考え始める。
咲は初めて知った風電話が気になるようで俺のを見たいとせがんできた。
俺のは特別なものだ。
この電話を発明したシンさんが最初に作った作品だからだ。録音の容量こそ少ないが、俺のために作ってくれた特注品だ。
その隣に嵌めている指輪にも咲は興味を示して聞いてくる。
「これはオヤジさんがくれた風のファレルジェルだ。よく見るとだいぶ小さくなったな。気付かないうちに色々守られているんだな。」
「心強い味方だね。」
俺のことを一番心配してくれた大切な人だった。もう俺のことも、天界のことも忘れて新しい人生を始めているだろう。
「この指輪は何?」
秘匿の力の指輪を咲が指差す。
俺としては咲に秘匿の力を話してもいいと思っている。実際、咲にはその力を先日の火事の時に見せている。
でも、鈍感な咲はきっと俺の力に気づいてはいないだろう。そんな状態で秘匿の力の話を聞かされたら咲は困るに違いない。秘匿の力を共有する事はプロポーズするのと同義なのだから。
なので力の事は伏せて指輪のデザインだけ説明する。
そして外しておけば良かったのに昔の婚約指輪の話になる。
「交換するはずだった結婚指輪だ…。」
アイツの名前が一瞬出てこない。
そんな日が来るとは思わなかった。
咲も空気を読んで黙っている。
「この指輪どうしたら良いと思う?」
咲に尋ねてみる。咲に決めて欲しい訳ではない。でも俺一人ではもうずっと決められなかった。
俺の中には咲が居る。多分これから先もずっと。
だから咲がどうして欲しいか、もし聞けたら俺はそれに従いたいと思う。
でも悪いことをした、そんな自分勝手な問いに咲が困ってあれこれ真剣に提案してくる。
燃やすか…
思い付かなかった。俺なら俺の力を使えば燃やせる筈だ。
咲に見えないように秘匿の力の指輪の向きを付け替える。サラマンダーの口にある石の力を借りて指の先から炎を出す。
炎の出ている指先に力を集中する。炎を大きくするのではなく温度を上げていく。流石に放射熱で汗が吹き出してくる。
プラチナが気化するのは何度だ?
危ないので咲を俺から離して庭先に出るとさらに力を込める。俺の力で足りるだろうか。でも何としても指輪を消滅させる。後戻りはしない。
そろそろ限界だ…
炎の大きさを最低限に絞り込みギリギリまで温度を上げ続ける。
これ以上は無理だと思いそっと指輪を炎に近づける。
すると指輪はさーっと風に乗ってあっという間に空に消えていく。
こんなに悩み続けたのに一瞬の出来事だった。
呆気なかった。
指先の炎を消すと一瞬眩暈がしたが、目を閉じて今までの時間に区切りをつけた。
部屋に戻ると咲が星のような煌めきだったと興奮していた。当たらずとも遠からず、それくらいの温度を出していたと思う。俺の体も周りの大気もよく耐えたもんだ。
心の枷が一つ外れて、肩の荷が降りた。
こんなにも重荷だったのか。改めて思う。
咲は指輪のことを聞かない。前も俺の婚約者には全く興味がなさそうだったからそんなもんだろうが、少し寂しい。
酒を片手に咲の風電話の装飾をする。
咲のデザインと決めたベルや鍵と同じものを施す。そして、真ん中に俺のファレルジェルを小さく砕いて嵌め込む。これから先、俺が隣にいなくても咲を守ってくれるように祈る。これくらいの大きさなら誰か新しい相手が出来る頃には消滅しているだろう。
「ほら、持っていけよ。」




