67. カヅキのプロポーズ
俺たちに平穏という言葉とは縁がないらしい。
咲が退院すると「相談」と称してナミさんから呼び出しがあった。
建前上、西天界での話をさせられた後、俺たちの留守中にカヅキがおかしかったという話をナミさんから聞かされた。
「カヅキは歳の割に何処か達観したところがあるのですが、突然赤ちゃん返りのように家に帰りたいとか、こんな所は嫌だと泣き出して大変だったのです。数日で収まってよかったと思っていたらまた同じ事が起きて…それが咲が意識を失っていた時期と重なっています。一度ならまだしも二回とも同時期なので何か関係するのでなはないかと思ったのです。」
咲とカヅキは関係ないだろう。
…あってたまるか。
カヅキ自身は自分がおかしかったという認識はないらしい。
咲が寝込んでいた時期でいうと、咲が最初に意識を失っていたとき、俺の頭は妙に冴えていた気もする。咲が行方不明になりその危機感が俺を奮い立たせたのだろう。
咲が二回目に倒れた時…酸欠のショックからの意識不明はある意味いつも通りだった。だから無意識に危機感が薄かったんだろうか。咲が意識を失う前とそんなに俺の体調は変わらなかった。
やっぱり偶然だろう。
…そう片付けようとした。ナミさんからの問いかけがなければ。
「体調が悪いのはカヅキが来る前からですか、来た後ですか。」
そう言われてハッとした。
カヅキが来て、西天界に行く話をし始めた頃から確かに少し体調は悪かった。
カヅキには樹以外の何か特別な力があるのか?
三人で考えても明確な答えは出なかった。
仕切り直しにお茶をナミさんが出してくれる。
話が切り替わるかと思ったが、ナミさんはカヅキのことが頭から離れないようで、再びカヅキの様子について話し始める。
俺たちに聞いてほしいというよりは、どちらというと自分で確認するために話しているようにも見える。
そのうちにドタドタと駆ける音がして、話題の人が帰ってくる。
帰ってくるなり咲の元に向かうと、体調を伺う。それから自分の部屋に駆け込んで何かを持って戻ってきた。
そして咲の前でおもむろに跪くと咲の目を真っ直ぐに見つめて宣言する。
「咲、オレの女神…オレと結婚して下さい。これから先ずっと病める時も健やかなる時も咲と共に永遠に生きていきたい。今もこれからも全力で愛すると誓う。その証にこれを受け取って欲しい。」
そう言って大きな緑色の石のついた指輪を咲に差し出した。
驚きすぎて俺の指輪を出せなかった。
俺だけじゃない、部屋にいた全員があっけに取られていた。
カヅキはその指輪を咲の右手の中指に押し込もうとする。
咲がクスリと笑うと、その場のみんなの時間が動き出した。
カヅキは笑われたことに憤慨している。
…その気持ちだけはよく分かる。
何度も俺が通った道だ。
咲が指輪の石について尋ねると、カヅキの歯切れが悪い。
子供が買える大きさじゃない。
自分でその石を手に入れるにしても、土の力でなければ見つけるのは難しいはずだ。
土の力があるのか?
さっき話していた体調不良を引き起こす力といい、カヅキは一体何を隠している?
咲に指輪を受け取ってもらえなかったカヅキの返事がカヅキへの不信感を決定的にした。
「なんでだよ、まだアンセからの指輪も貰ってなさそうだし、今も咲はアンセに誓いを立ててないだろう。」
咲が俺に誓いを立てていないことを、なぜ知っている?
基本的に誓いはとても個人的なことだ。もちろん、お披露目を兼ねて大勢の前で誓いを立てることはある。でもそれは絶対ではない。
咲が皆の前で俺に誓いを立てていないからといって、咲がまだ俺に誓いを立てていないと断言はできないのだ。
それを知るのは…
…いやいや、そんなはずはない。
ナミさんも同じことを思ったのだろう。
「カヅキ、貴方は何者なのです?」
俺が聞きたかったことを聞いてくれた。
答えを待っていると今度は急に子供のように泣き出した。
あまりの落差に演技かと思ったがそうではなさそうだ。ナミさんはため息をついてまたか、という感じだ。
「二重人格?」
咲が呟く。また、斜め方向からの感想がきた。
それはあり得るかもしれないが聞いたことはない。
魂が二つ、同じ体に宿ってしまった…
そんなことは起きるのか?ナミさんもありえなくはないが、と腑に落ちていないようだ。
赤子のように泣き喚くカヅキにナミさんは途方に暮れている。里親だからダメなのかと珍しく弱音を吐くほどだ。
里親とどうかは関係ない。
確かに二つの異なる意識がカヅキに存在しているとしか思えない。
年齢を考えて今の泣いているカヅキが本来のカヅキだとすると、さっきプロポーズしていたのは誰だ?
ナミさんは、カヅキはしばらくは泣き止まないのでと俺たちに帰宅を促す。
咲がシアとトッキーを預かってくれたお礼を言って、二人で帰途についた。




