6.猫のお留守番中の相談
その後、俺の昔話をする羽目になった。レイも余計なことをしてくれたものだ。
だいぶ昔の話だ。
咲は俺を育ててくれたシンさんの話には食いついてきたが、地上で生き別れた彼女の話は興味なさそうだった。
翌朝、窓を開けて耳を澄ましているとチリンと咲の家のドアを開ける音がしたので、頃合いを見て俺も家を出る。
そろそろうちの前を通り過ぎるはずなのに駅の方に咲の姿がない。念の為、咲の家の方を見るとカレンの家の前で咲が歩き回って中を覗いている。
まさか、カレンの家はトラウマになるのではなく復讐心を煽ってしまったのか!
止めなくては!
全速力で駆け寄って咲をぎゅっと抱きしめる。
「咲!早まるな!もう大丈夫だって言ったろ?」
小さくて柔らかい体が俺の手から逃れようと踠く。
「アンセ、誤解だよ、ちょっと風の壁を見ていただけ。何もする気はないよ。離してよ!」
それなら良かった。
そうだよな、咲はそんなやつじゃないよな。
咲からいい香りがして体を離すのを一瞬躊躇う。
咲がどうしたのかと振り返ったので、手放して腕を腰に当て捕まるように促す。
咲が隣に来て自然と一緒に歩き出す。
その日からなんとなく咲と朝一緒に通勤して夜ご飯をうちで食べるのが日課になった。
誰かと行動するなんて、柄じゃないのに。心地よかった。
そう、気がつけば静かな俺の生活は咲に侵食されていた。
猫の影響力は恐ろしい。
昼休みの腹ごなしに、再開した咲の店をこっそり見に行く。割と店は繁盛しているようで安心する。
このまま独り立ちが上手くいくように、ぶらぶらついでに店の宣伝をしながら歩くのも忘れない。
いつまでも脛かじりでは堪らないからな。
ただ咲の隣にいつも八百屋の野郎がいるのが気に入らない。
大体アイツはかなり年上の癖に、咲に好意を寄せている。なのに咲は全く気が付いていない。むしろ助けてくれて有難い存在だと思っているようだ。
初めてここに来た時もそうだったが全く危機感がない。なんで生活だけではなく、そんな事まで俺が面倒見ないといけないんだ。
全く…手のかかるやつだ。
「アンセさん、…本当に大丈夫ですか?」
「ああ…」
咲のことを考えていたら、新人に注意を受けてしまった。俺としたことが…
そんなんだったからか、また樹からお呼び出しを食らった。夜に咲を一人にするのは避けたいが、相手が樹では仕方ない。
カレンも捕まったし、一晩くらい大丈夫だろう。
「こんばんは。わざわざ遅くにお時間ありがとうございます。」
敢えて夜に呼び出したことに関して、一言言わせてもらう。
「流石に仕事を休んでばかりでは居づらいでしょうから夜にしたのよ。」
ルサーイめ、アイツのせいか。
「お気遣いありがとうございます。」
最近は真面目に出勤して仕事をしているのに、それは報告されていないようだ。
「ちょっと込み入った話だからお部屋を用意してもらっているの。」
そう言うとクノーリアンに案内された。
俺は十年待ちだったのに樹はちょっと込み入った話と言うだけであっさり取れるのか。
「今日の相手が私でごめんなさいね。今度また咲と来たらいいわ。」
「…いえ、樹と来られて光栄です。」
せめて美味い飯くらい食べさせてもらおう。
しかし流石に急な予約だったのか、料理はフルコースではなく、ワンプレートだった。
「咲のことが心配かと思って、お料理は早く終わるようにまとめてもらったの。」
レストラン都合ではなく、まさかの樹のリクエストだった。
どこまで自由なんだ。返す言葉もない。
「早速だけど要件を言うわね。最近、博士の動きが気になるの。…グネルをスクエアや人の集まる駅前でよく見かけるのよ。何をしているのか知ってる?」
「いえ…むしろ俺が知りたいです。咲の監視からグネルを外すために俺は…追跡を請け負った訳で。スクエアに居るって咲を監視しているのでしょうか。」
樹は首を振る。
「咲を監視するためにスクエアだけではなく色んな所に行く必要あるかしら。もっと別の事を始めたのではないかと思って。」
「樹々に尋ねたらどうですか?全てを見ているのでしょう。」
「樹々は教えてくれないわ。咲には違うかも知れないけど…」
一瞬、樹の顔が曇る。
「え?どういうことですか?」
「ごめんなさい、何でもないわ。とにかく探りを入れて欲しいの。」
「分かりました。」
探りを入れるってどうしたもんか。
普段から出来るだけアイツらに関わらないようにしているから今更首を突っ込んだら怪しまれる。
「何か手掛かりはありますか。流石に丸腰で行ってどうにかなる相手じゃない。」
「そうねぇ、色んな場所に行っているのって意味があると思うのよ。何かを探しているみたいだったと聞いているわ。」
「…ミレニオですかね?」
「街中で探すかしら?ミレニオって何なのかしらねぇ。」
気にしすぎかもしれない。
でも先日のカレンのこともある。どこで何が起きているのかちゃんと見極めよう。咲を守るためには油断してはならない。
今度グネルを見つけて観察してみよう。
「ところで咲とはどう?」
「どう、とは?」
「どうは、どうよ。上手くやっている?」
「別に。」
「ちゃんとしなさいね。曖昧なのは良くないわよ。」
なんの話をしているんだ、この人は。
「まあ、今夜は折角だから美味しく頂いてね。労いの意味も込めているのよ。」
そうなのか。
それならフルコースが良かったなと思うが口にはしない。
代わりに美味しい酒をたくさん飲んでやった。




