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58. 見えない終わり

腕の中の咲の髪を手で遊んでいると、ドアをノックする音がした。


誰だ、朝から空気の読めない奴だな。ここを知っているのはエーハルーンたちくらいだが。


家には鍵がないので、止める間もなくドアが開けられる。


俺たちを見て、しまったと顔を顰めたミワンタが立っていた。


「お取込み中の所すみません…兄が、大変迷惑をおかけしたようでまずはお詫びを。申し訳ありませんでした!」

兄妹揃ってはた迷惑な奴らだ。

今もお取り込み中だと思うなら、出て行くくらいの配慮があってもいいだろう。


咲が「大丈夫」と言って、頭を下げたままのミワンタに手を伸ばそうとする。

誤って許されないこともある。咲の手を止める。


ミワンタの気の済むようにさせたらいい。

咲は何度か俺をチラチラ見たが許さなかった。


そのうちに頭を上げるだろうと放って置いたら、全く動かない。倒れられても困るので頭を上げさせる。


頭に血が上ったミワンタの顔は赤くなり、立ちくらみを起こしているように見える。


「ありがとうございます」とふらふらした状態でミワンタは礼を言うが、その視線の先は俺ではなく咲だ。


ミワンタによると、レイを連れてきたのはシツアンルだったそうだ。ダターン本人はレイのことをよく知らなかったので、シツアンルを呼び出して確認しているという。


だったら分かってからこいよ。

ため息が洩れる。


それから今回の件で補償をしたいとミワンタが言い出した。当然と言えば当然の対応だ。


ミワンタは新しい素材を主天界に送ることを提案してきた。職人も主天界に派遣して技術も譲ると言う。


素材はともかく、職人は多分難しい気がする。

ナミさんと話してそうするならそれでもいいが、主天界としての利益であって、俺たちには何のメリットもない。


あとは、エンカントの食事は以後無料にすると言う。既に店のオヤジがそうしてくれていたが、ミワンタたちには内緒だったのか。


素材や職人の提供は渋っていた咲だが、エンカントの話を聞いて目をキラキラさせてこっちを見てくる。咲の中では返事が決まっている。


…自分の置かれた状況を考えろ。

危ないお茶を飲まされて捕まっていたのは、こいつらのせいなんだぞ。

今までの心労をたかが数日の飯で手を打つなんて…


ミワンタは必死に咲の了解を取り付けようとする。

でも他に良い提案もなさそうなので咲に任せる。


「それから今日はお二人の護衛を言い渡されていますのでご安心ください。」

安心?

ダターンたちが主天界の出入りを企んだ犯人で、もう解決じゃないのか。

レイももうすぐ見つかるだろう。

他に何がある?


「あ、はい…実はレンを見失いまして…捜索中なんです。レンに腕力があるようには見えませんので、その…暴力的な攻撃があるとは思わないのですが念には念をという事で…。」

歯切れの悪い回答だ。


取り逃したのか。

レンってあの店の老女だろう?

どうしたら逃げられるんだ!


ミワンタは肩身が狭そうに後ずさって部屋の隅に下がっていく。

必死に咲に目で助けを求めている。

咲は俺とミワンタを見ると、困ったように「レイの家を見に行ったら交渉材料が見つかるかも」と言うので仕方なく行ってみることにした。


家を出ると隣人が外出するところだった。

祭りの最終日なので朝から家族総出で出掛けるようだった。


「この度はありがとうございました。おかげで妻が戻ってきました。」

「妻!?」と咲が声を上げるので目で制する。ここで夫婦以外の男女がひとつ屋根の下はあり得ないのだ。短期間とは言え、余計な詮索をされない方がいい。


ここでは俺と咲は夫婦の設定なのだ…


ニヤつく顔を抑えて、深々と頭を下げる。

頭を上げると、隣人たちの視線はミワンタに向けられていた。

朝早くから、祭りの最終日に樹の一族がここに居ることに疑問を抱いたのだろう。


それでも「良かったですね。」とだけ笑顔で言うと、隣人は出かけて行った。


例の食料品店に行くと品物はそのままに店にも奥の部屋にも誰も居なかった。


咲は時計草にレンの行方を尋ねている。

店を見回すと、数は少ないものの他の店よりも大きくて質が良さそうな野菜が並んでいる。


突然「私も好き」と咲が言うので驚いて振り返る。

咲は時計草に告白すると鉢ごと抱きかかえていた。


心臓に悪い。「好き」と言う言葉は、是非俺だけに使って欲しいものだ。


どうするのかと尋ねるミワンタに、咲は「レンと時計草は友達だからきっと迎えに来るはずだ」と言う。


「咲じゃあるまいし。レンって奴は(ミー)でも何でもないんだろう。」

「樹の末裔だって言っていたよ。だから収穫も出来るって。」

だからここの野菜は質がよいのか。


でもミワンタは樹の一族の「レン」なんて人は知らないと言う。


「二代前の樹の末裔だって言ってた。」

二代前って…どおりで年老いて見えるはずだ。

そんな昔の奴をミワンタが知らなくても当然に思えた。


…にしても長生きしすぎじゃないか。

生粋の天界生まれなのか?

もしかしてここにも俺たちみたいに地上から呼ばれた奴がいるのか…


「水を直接飲めないんだって。もしかしたら水を摂取出来ないとなると昇華が遅れるのかもしれないね。お水って浄化してくれそうじゃない?」

咲が言うと「水ですか」と意味深にミワンタは呟いた。



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