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37. 秘密の中庭

咲は驚きのあまりおかしなことを言い出した。


「え!何ですか急に!私は樹の完全体ではないのですよ。」

完全体ってなんだ?

分からなかったのは俺だけではないようだ。

ナミさんが聞き返すと、咲の言う完全体とは全体を俯瞰し導く統率力、判断力、長寿を受け入れる忍耐力、そして人望を持っていることらしい。


そう言われると、咲が完全体ではないってのは頷ける。でも咲も人望という点ではナミさんに引けを取らない。人だけではなく、天界の樹々にも好かれている。


ナミさんは「アンセも咲と同じくらい生きるから大丈夫だ」と咲を諭す。

それはそうだが、咲が樹をやることと俺の寿命は関係ないだろう。

ナミさんの話が珍しく論理的ではない。


ナミさんは、何がなんでも咲に継がせたいようで、残りの力は後からどうにかなると、丸っと一まとめにして、咲を説得しようとしている。


それは少し強引な気がする…

人には適性ってもんがある。


咲がこの先、ナミさんのように天界を取り仕切っている姿が全く思い描けない。


咲も流石に事の大きさが分かっているようで簡単には頷かない。

そしてもちろん、ナミさんも折れない。


「…今後、樹を継ぐ者が呼ばれたらその者に仕事を引き継げば良いのです。」

とにかく樹の仕事を引き取って欲しいという、ナミさんの必死さが伝わってくる。


でも、樹を継ぐ者がいつ来るのかわからない。

来ても、咲がいるなら継がないだろう。

やってくれる人がいるなら、誰が好き好んで樹の仕事をやるんだ?


咲はとにかく考える、とその場で返事をしなかった。

今日は咲の勝ちだ。


ナミさんも渋々承諾したと思ったら、建物の案内だけはしましょう、と連れて行かれる。


建物見学を断る理由も見つからず、ついて行く。


いつも呼び出される透明な壁の部屋は、応接間と呼んでいたらしい。

その裏には歴代の樹が残した古書がずらりと並んでいて、その書庫に沿って細い階段があり樹の私邸に繋がっていた。


ホテルみたいに部屋がいくつもあって意外と樹の家は広かった。

咲は既にナミさんのペースに飲み込まれている。

「次の樹が来たら、ここに住んでいる人たちはどうするのか」なんて質問をしている。


最後に秘密の中庭に案内された。

初めて見る、捻れた幹の大木が立っていた。

咲は目を見張るようにして大木を見ている。


ナミさんは、その大木に名前を聞いたことがなかったらしく改めて名前を問う。

名前はモムラキプラートと言うらしい。


咲はその樹を知っていたようだった。

何か言いたそうにじっと見つめている。

なんとなくモムラキプラートも咲に言いたい事があるように見えた。


ナミさんがなぜ今まで隠されていたのかモムラキプラートに尋ねたが、答えは得られなかったようだ。


知っても仕方ない気がする。

どうせ俺たちには関係ない。


咲は名残惜しそうにモムラキプラートを見つめながら一番最後に中庭を出た。


そこで建物案内は終わり「また明日」そう言って別れた。


モムラキプラートに会ってから、咲の様子は明らかに変わっていた。

樹をやる気になったのかもしれない。


翌日、朝から樹の館で続きの話をすることになっていたが、急遽昼過ぎからになった。


多分、トビーに自分の昇華の話をしてこじれたのだろう。

ナミさんにしては段取りが悪い。


咲にとっては、考える時間ができて良かったと思う。


正直、ナミさんが居なくなって次の樹が来なかったら咲はやるしかないだろう。


でもそれは今は言わない。

咲が決めることだ。


やると決めたら、隣にいて守ってやる。

でもやらないと決めたら一緒に逃げてやる。


どっちでも応援するしかない。

人は自分で決めないとどちらを選んでも後悔するものだ。

昨日は、なんとなく樹をやる気持ちに傾いているようには見えたが決めきれないのだろう。


咲の家に行って昼過ぎに樹の館集合の旨を伝えると、のっそりと起きてきて出かける準備を始める。


どこに行くのかと思ったら水担当部の仕事に行くと言う。


「てっきり腹を括って樹を受けるんだと思っていたよ。」

鎌をかけてみる。

咲は樹を引き受けないつもりらしい。


モムラキプラートには会いたいが、樹の仕事はできない。その狭間で迷っているのかもしれない。

咲はどこまでも咲だ…


たかが一本の大木と会うことを、樹の仕事と同じ天秤にかけているのだ。


咲は樹はやらないと自分に言い聞かせているようにも見えた。


家にいても仕方ないから仕事に行くというので、俺も行くことにした。

折角の半休も一人だと楽しくない。


水担当部は樹の館にあるが大丈夫だろうか。

嫌な予感はするが、咲を送り届けると自分の仕事に向かった。




咲は、モムラキプラートがなぜここにいるのか、知りたくて仕方ありません。

そしてアンセにはそれがバレています。

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