36.咲の土産話
咲が戻ってきたのは居なくなって三日目の緑の時間だった。
俺が作品を届けに席を空けている間に帰ってきた。
「咲!!」
樹の館の部屋を開けて椅子に座っている背中をぎゅっと抱きしめる。
良かった、無事で。
「アンセ、離しなさい!咲が意識を失いそうですよ。」
咲の無事に安堵してきつく抱きしめ過ぎたらしい。
手を離すと咲は「はあ、はあ」と息が荒い。
この数日間、何をしていたのかを咲が話し始める。
樹々に呼ばれて北の森に行くと、ミレニオの元となる花の開花し、その蜜を運ぶハチの姿を見てきたと言う。
ミレニオは三千年に一度咲くラキプラートという花の蜜の結晶らしい。
今まで樹々から出てきたミレニオという言葉の意味やタイミングを考えても、今回の話とはあまり結びつかない。
しかも、咲が見たのは結晶になる前の蜜なので正確にはミレニオではなさそうだ。
蜜の結晶…ミレニオは結局どこにあるんだ?
咲もよく分からないまま帰されたらしい。
それにしても三日がかりの大仕事であったのは間違いない。
咲のお腹が鳴って、遅い昼休憩を挟む。
そういえば、俺もろくに飯を食っていなかったと思い出した。
既にレストランの昼営業は終わってしまっていたので、屋台で弁当を調達する。
ベンチに並んで座って食べ始める。
咲は何も言わない。
「心配したんだ。」
ぼそりと言うと、ごめんと咲は小さな声で言った。
謝って欲しかったわけではない。
「あのね、地上と天界では時間の流れが違うんだよ。私は天界の朝に呼ばれたのにラキプラートのいる場所は夜だった。」
「ああ。」
「さっきも言ったように、ラキプラートは大きな根っこに包まれている空間にいるの。根っこの隙間は透明で、界膜みたいになってて外が見えるの。それが始めは暗かった。それから朝が来て、ミレニオバチの仕事が終わると夕方だった。」
「俺たちの年齢は天界に来たら地上の三倍で数えろって最初に言ったろう?」
「分かっていなかったみたい、私。」
それがどうしたと言うんだ。
天界は地上の上空にあるが、太陽の光は届かない。
昼は樹々の浄化した光に包まれ、夜はシャドーの闇に飲み込まれる。
天界の一日は樹々の生活リズム、浄化と睡眠のサイクルで決まっているのだ。
「太陽の光が懐かしくて、自分はもう地上の人じゃないんだって再確認した。」
「そうか。」
しばらく沈黙になる。
「あのさ、咲、頼むから風電話を確認してくれよ。」
「…ごめん、風電話持って歩いてなかった…」
咲が遠慮がちに答える。
なに!
まさか持ち歩いていないなんて!
伝言を聞く聞かない以前の問題だった。
「こうなったら追跡石使うか?そもそも、音信不通で行方不明とか天界で聞いたことないぞ。」
「地上でもケータイを不携帯でよく怒られていたから…仕方ないよね。」
「仕方ない、じゃない!待っているこっちの身にもなれ!」
思わず声を上げる。
どれだけ心配したと思っているんだ。
「次からちゃんと持ち歩くよ…」
「次って、明日から持ち歩けよ。連絡するからな。返事なければ声が風電話から漏れ出すまでメッセージ入れるからな。」
しつこいと思われているだろうが、これくらい言わないと咲には通じない。
「分かった…気をつける…そろそろナミさんのところに戻ろうよ。」
咲がそそくさと立ち上がる。
樹の館に戻ると「早かったわね」と心配される。
俺がちょっと声を上げたせいだが、問題ない…
「さあ、話しましょう」とナミさんが咲に声をかける。
だが、俺は帰れと言う。
間違いなく、自分の昇華の話と樹の引き継ぎの話をするつもりだ。
そんな場に咲だけ残したら、言いくるめられるに決まっている。
それなのに咲すら、俺が同席しなくてもいいと言いだす。
全く…どうせ俺も巻き込まれるんだ、最初から聞きたい。
「分かった。一緒に聞こう。」
咲が同意すると、ナミさんも諦めて話を切り出す。
「…そうですか。では単刀直入に話しますね。私は近々昇華する予定です。」
やっぱりな。
その話だと思った。
残って正解だった。
二対一なら少しはマシな引き継ぎ案を引き出せるだろう。
「…あの、トビーさんは知っているのですか。」
自分よりトビーの心配って…
覚悟はしていたはずだし、あの人ならどうにかするだろう。それにこんなに大事な話を俺たちにしておいて、トビーに話してないわけがないだろう。
「まだです。正直、この予感が本物なのか分からないのに不安にさせてもと思ってまだ伝えていません。」
おいおい、ナミさんはトビーに話してないのか?
仲良さそうに見えて実は違うのか?
夫婦って分からないな…
「もし間違いだったとしても、知りたいと思うけどな、俺なら。」
トビーが少し可哀想になってフォローしておく。
ナミさんは、今夜トビーに話すことにしたようだ。
トビーには感謝してもらわないとな。
「咲、貴女に今日から樹の仕事の引き継ぎをします。」
ほら、本題が来た。
咲は目をまん丸くして固まっている。
この顔は想定外という反応だ。
ナミさんの昇華を聞いて、真っ先にそこに考えが至らない咲に、俺の方が驚いた。
アンセはいつも咲に巻き込まれるので、今回は自ら突っ込んで出来るだけ自分の管理下に置こうと頑張りました。
咲の話なのにアンセの方が前のめりです。




