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31. 南天界の正念場

「こんなに魚がいるのになんで不漁なのですか。」

咲が質問する。

俺も同じことを思った。


「この辺の深海の魚はとても穏やかで落ち着いているでしょう。でも河口に近い魚達はとても荒れていて危ないのです。それに捕まえても苦くて美味しくないのです。」

全てのゴミが流れ着く河口付近はシャドーが濃く含まれて魚にも影響が出ているのだろうと言う。


なるほど。

だから魚は減り、残った魚も気性が荒くて、不味いのか。

前に咲と二人で海に入った時の魚が襲ってきたのもシャドーのせいだったのかもしれない。


「これからは少なくとも人為的なシャドーはなくなるので少しずつ良くなると思います。楽しみにしていて下さい。」

グナヤンムーはそう言って手を天に広げる。その堂々とした姿は今までとは違って見えた。


突然、光が…いや魚が空から勢いよく攻め込んでくるのが見える。


うわっ危ない、と体を捻って咲を守ろうとしたら光がぐいっと曲がる。


ふう、思わずため息をつく。

周りにも同じようなため息が聞こえたから俺と同じで驚いたんだろう。


攻めてこないと分かると、安心してぐるぐると回ったり、模様を描いたりする光のショーを楽しむ。

最後に光は天へと消えていった。


咲が寄り添ってきたので怖いのかと思ったら感嘆の声を漏らしている。

まあいっか、理由はなんでも。

一緒にこの不思議な海を眺めている。それだけで心が満たされる。


魚たちが去った後もしばらくの間余韻でみんな動かなかった。


そして、みんなが口々に褒め称えるのを聞いてさっき聞いたため息は咲と同じ感嘆の声だったのだと悟った。


…まさか俺だけが、光が攻め込んで来て警戒したとは言えなかった。


グナヤンムーが帰りましょうと天の海を開くとすごく眩しくて、一瞬目を細める。


キラキラと輝いて見える海の壁を抜けて帰ると、自然とみんなで昼飯に行く流れになった。


こんなにしっとりとした雰囲気だったのに、グナヤンムーが選んだのは火鍋だった。


文字通り「火の鍋」で、炎がゆらめく鍋の中で食材を炙って食べる。咲は恐る恐る隅っこで炙って食べている。


炎と戦っている咲の動きが面白くてずっと眺めていられる。

咲の様子を楽しんでいたら、ハルが自分で炙った食材を咲の皿に盛り始めた。


…油断した。

楽しんでいる場合ではなかった。


火の俺に勝てると思うなよ。

それに俺は咲の好物も把握しているからな。


炎を調整しながら手早く焼き上げて、咲の好きな食材を皿に乗せていく。


いつの間にか咲の食欲より供給が増えて焼き上がった野菜がお皿にてんこ盛りだ。


周りのみんなはそれを見て笑う。

俺もなんだか楽しくなって思わず吹き出す。


咲以外の誰かと、どうでもいいことで笑うなんて久しぶりだ。


ついでに店を選んだグナヤンムーの食べるのが遅いと思っていたら、熱いのは苦手だったらしい。

気合いを入れたくて店を選んだのはいいが、本人が食べられなければ意味がない。ら


またみんなで笑う。


腹の虫が収まると、今度は急に明日の話になる。

明日、住民にグナヤンムーのやったことの是非を問い、これからを決める場を設けると言う。


グナヤンムーのやったことは最悪だが、博士と違ってそこに切実な思いがある。街を守ってきた実績がある。

情状酌量の余地はあると俺は思う。


少なくとも話を聞いた俺たちはグナヤンムーを一方的に責めたりしない。

でもシャドーや全ての背景を知らされない住民がどう判断するのか。


それは分からない。


さっきまでの楽しい雰囲気から一転、気まずい沈黙が広がる。


そんな中、締めのデザートが運ばれてきた。


お皿にはオレンジの液体ソースから煙が立っている。

泡のアイスって紹介されるがよく分からない。どうやって食べたら泡になるんだ?

みんな、さっきの話のモードを引きずって誰も質問しない。


なかなか手を出しにくい雰囲気の中、食いしん坊の咲が何も聞かずにデザートを口にする。


感想を聞く前に咲が暴れ出した。


「熱!熱っつい!あーっっ!」

飛び跳ねている。

アイスじゃないのか?

南天界ではアイスも熱いのか?


さっきまでの暗い雰囲気から一転大爆笑になる。

さすが咲だ。


ツグノだけが申し訳なさそうにしているが、説明を聞かなかった咲が悪い。


後から来たシトラールの冷たいアイスにさっきのオレンジのエネールの熱いソースをかけて食べる。


若いエネールの実のソースは、口の中でシュワシュワと泡になってアイスを溶かしていく。

食感も香りもとても美味しい。


どちらの食材も主天界にあるがこんな風に食べたことはなかった。帰ったらやってみよう。


遅く始めた昼飯とは言え、長居をし過ぎた。

帰ろうとした時には既に青の時間を回っていた。

慌ててみんなで樹の館に向かった。


その夜は久しぶりに安眠できた。


翌朝、また咲を起こしにいく。今日は大事な日だから寝坊するわけにはいかない。


ドアを形式的にノックすると咲の反応を待たずにドアを開ける。


…ベッドには咲の姿はなかった。


シャワーか?

風呂場を見にいくがやはり居ない。


心臓がドクンと大きな音を立てると、急に鼓動が速くなる。

こんなサプライズは要らない。

念の為電話するがもちろん咲からの返事はない。


廊下で呆然としていると、部屋から他の奴らが出てきて辺りを見回している。

あいつらも咲を探しているのか?


声をかけると、樹々と咲の唄声が聞こえると言う。


ちくしょう、俺には全く聞こえない。


樹々の声なら、間違いなく北の森だな。

外に出ようと風板を見ると昨日まで使っていた俺の分がない。


やはりそうか。


街に出るとさらに予想外のことが起きていた。


街の住人にもどうやら樹々や咲の唄声が聞こえているらしい。


俺だけ聞こえないなんて…

仮にも樹の力を持ったことがあるのに…


樹々は俺をそんなに嫌っているのか。


でも今はそんなことを言っても仕方がない。

とにかく咲を迎えに行こう。


風板に飛び乗ると北に向かった。

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