27. 俺は保護者じゃない
午後はハルの話だった。
残念ながら、聞く気にならない。
でも段々と話の矛先が咲に向き、皆に責め立てられている。
なんでこうなった?
改めて話に耳を傾けると、みんな咲の「樹々は友達」に対して異議を唱えているようだった。
咲にとっては樹々は友達だが、多くの人…というよりは咲以外の人にとっては樹々は畏れ敬う存在だ。
今まで樹々が力を秘密にさせていたのも、咲を守るためだったのかもしれない。
樹々は先を見通す力があるからな。
樹々と話せるのは主天界ではナミさんだけで、彼女も樹々に畏怖の念を抱いている。でも、それを咲に強要したり、咲のスタンスに異議を唱えることはしない。
咲は初めて樹々と話せる仲間に出会ったのに、考え方の違いに好奇の目を向けられ、問い詰められている。
確かに話し合いの途中で時計草と話し始めたのはまずかったが、咲の場合は仕方がない。
隣に座っていた人と少し小話をしたくらいのノリなのだ。
そして一番残念なのは責め立てている筆頭がハルであることだ。
咲と生きていくつもりなら咲の考えを受け入れてやって欲しい。
もしかしたら理解しようとしての質問かもしれないが、好意的に聞こえない。
俺は保護者…
何度も自分に言い聞かせて成り行きを見守る。
ハル、そろそろ終わりにしてやってくれ…
咲が俺に助けを求めているのは分かったが俺はハルを見極めたい。
ハル、もういいだろう。
…これ以上こんな顔の咲を放置できない。
「そろそろいいんじゃないですか。」
心の声が口から溢れ出る。
「咲はただ木々が好きなだけです。それ以上でもそれ以下でもない。」
友達になるのは理解出来なくても好き嫌いなら分かるだろう。
すると突然「私も好きだよ!」と咲が言うので驚いて見つめるとどうもその言葉は俺にではなく、時計草に向けられた言葉のようだった。
紛らわしいことはやめてほしい。
それから咲は少し涙ぐんで、それに気付いたグナヤンムーが休憩時間にした。
俺の中のハルの評価は最悪だった。
咲が選ばない限りにおいては、絶対に近寄らせない。
休み時間が終わると、これからの魂の受け入れと食べ物などの供給の話をして、それから樹と仲良くなる講座が開かれた。
講師が咲という時点で、はちゃめちゃだった。
とりあえず、挨拶からと言う咲に従って「おはよう」と机の真ん中にある時計草にみんなが声をかける。
咲が慌てて、「私は大丈夫」と言っているところをみると時計草の反応が悪かったのだろう。
樹々の声が聞こえない俺からすると、見ていて滑稽でしかない。
花に向かって大の大人が、おはようとか、元気とか真面目な顔で声をかけている。
それくらいにしてくれ…
そろそろ笑いを堪えられない。
他の奴らは樹々と仲良くなって、天界の真理やこれからの未来について聞きたいと思って咲にお願いしたのだろうが、間違っている。
咲はそういうことに全く興味がなくて単純に樹々と友達なのだ。夜飯の相談を樹々にしているのを聞いたことがある。
そして友達の咲が危うい目に遭って樹々が禁忌を冒して助けた結果、咲は部分的に天界のことわりに詳しくなったのだ。
樹々に挨拶しても天界のことは教えてもらえない。
多分この仲良くなる講座はこれっきりだろう。
おかしな時間が終わるとみんなでご飯に行くことになった。
面倒だが咲も行くならついて行くしかない。
俺とツグノはおまけなので端っこに二人で座り、他は咲を囲んで朝の話の続きに盛り上がっている。
みんな反省したのか口調は優しいが、咲から樹々の情報を聞き出そうとしている。
時々、内容が怪しい時は咲に合図をする。
「咲さんのことが気になるなら隣に座ったらどうですか。」
ツグノに指摘される。
「いや、俺は別に…」
「そうですか…咲さんてすごいですよね。樹々に挨拶するなんて考えたこともなかったです。」
「ああ、毎朝起きたらトッキーに挨拶してますよ。」
「トッキー?」
「咲の家にある時計草です。」
「時計草の名前…?朝に挨拶…近しい関係なんですね…」
近しい…恋人のはずだが、自信がない。
「恋人です。」
多分と付け加えておく。
「…アンセさんと咲さんとのことですか。」
ん?間違えたらしい。
近しいのは樹々と咲の話だったようだ。
「あ、すみません。咲は樹々と仲良しですよ。でもクノーに叱られたりしてるみたいですけどね。」
「クノーに叱られる…大丈夫なんですか?」
「親に怒られるみたいなもんですよ。」
「…アンセさんも咲さんと同じく樹々と親しいのですね。」
「俺ですか?いやいや、咲とは違いますよ。嫌われてますしね。」
「…多分根本的な接し方が私たちと違うんだと思います。私達にとっては樹々に怒られる、嫌われるは即ち、天界で生きていけないことを意味します。」
そうか、地上で神に叱られて天罰を喰らうみたいなそんな意味になるのか?
「咲さんが樹になったら天界も変わるでしょうね。是非見てみたいです。」
「天界が変わる?そんな大袈裟な。それに咲は樹になる気はないですよ。」
「それは残念ですね。もし咲さんが樹になったらもっと樹の在り方も変わると思ったのですが。」
「樹の在り方が変わる、ですか?」
「私たちにとって樹々は敬うものです、そして樹はその樹々に取り次いでくれる人なのです。兄は外でも…家でも完全であろうとしています。それはすごく大変な重責だと思います。」
そうか…
確かにナミさんも主天界の長として完全な人に見える。
「やはり咲には樹は向いてないと思います。多分、大義名分を得たとばかりに樹々と戯れるだけでしょうから。」
「咲さんは、樹に向いていると思いますよ。ほら、今もみんな咲さんの話を聞きたがっているじゃないですか。」
「…それは咲が樹々の事を知っているからでしょう。」
「私も咲さんともっと話してみたいですよ。樹々について知らなくても。人を惹きつける力が樹には必要だと私は思います。」
「それでいうと、咲から目を離せないですね。何するか分からないですし…」
言っているそばから、咲はまた余計な事を口走りそうになっている。
「ふふふ…政治的なことは誰かが支えたら良いのではないですか。」
そう言って俺をじっと見る。
「俺はごめんですよ。」
「何も言ってませんよ。」
そう言ってツグノが笑う。
初めてツグノの表情が崩れたと思った。
ツグノもまた、完全であろうとしてるように見えた。
それから少し世間話をすると咲がトイレから戻ってこないことに気付いて探しに行く。
壁にもたれかかっていた咲が、俺を見つけるとふらふらと近寄って来てそのまま俺の胸に倒れ込む。
保護者役はごめんだ、と思いながらそのままにする。すると咲が俺の腕を自分の背中に回してぎゅっと俺を抱きしめる。
少し汗ばんだ咲の匂いがして思わず腕に力が入る。
勘違いするようなことはやめて欲しいと思いながらも口にできない。
しばらくそのままでいたが、流石に席に戻ろうと促すとみんな帰る準備を始めていた。
風板で帰るのに咲はまだ一人で乗れなくて俺と二人乗りだ。
酔っているのか何度も落ちそうになるので向かい合わせに乗り換える。
それでも落ちそうになるのでそっと抱きしめる。
咲、気を許しすぎだ。
俺は咲の…
考えるのをやめた。




