23.玉砕
咲の指が動いた気がした。
そして顔に生気が戻ってきたのが分かった。
「咲!起きたのか?なあ、見えるか?聞こえるか?」
何かを言おうとしているが全く聞こえない。
そして諦めたようにまた目を瞑る。
「起きてくれ!頼む!戻ってきてくれ!」
咲はまた眠りについた。
大丈夫だ。もうすぐ咲は戻ってくる…
前と違って魂が体に宿っているのが分かる。
やはりナミさんの言う通り、咲は大いなる力のところに呼ばれていたのだろうか。
仕方なく仕事に戻る。
さっきまで作っていたものが、しょぼく見えて作り直すことにした。
新居の飾りなのにこれではお葬式だ。
咲がちゃんと目覚める日も近い。
希望が見えてきた。
俺の中の時が動き出す。
「咲が目覚めたわよ。」
咲が一度目を覚ましてから十日後に、ナミさんから連絡をもらってすっ飛んで行った。
仕事なんてしている場合じゃない。
咲
咲
咲
なんで俺の居ない時に目覚めるんだ…
部屋に着くとナミさんが咲と話していた。
俺を見るとすぐにナミさんは部屋を出て行った。
起きている咲の顔を見たら、強張っていた何かが溶けて崩れた。
俺は泣いていた。
それを悟られたくなくて正面から咲の顔を見ることができない。
でも咲が呼んでいるのが気配で分かる。
上を向いたまま咲をそっと抱き上げる。
抱きしめると咲の匂いがする。
咲の温もりが生きている証に思えた。
「もう二度と目覚めないかもしれないと思っていたんだ。咲の魂は大いなる力に愛されて、手放してもらえないかもしれないなんて樹が言うから。」
そうだったとしても…こうして戻ってきた。
咲は大いなる力に呼ばれたらしい…
たぶん…
本人はちゃんと話しているつもりのようだが、分かりにくい。
まさか、樹の言う通りだったとは。
「二度と気を失うような場面には連れて行かないからな。」
自分への戒めを含めて咲に誓う。
力を込め過ぎたのか、咲が苦しそうなので体をそっと離す。
咲の顔を正面から見つめると、くちゃっと表情が和らぐ。
愛しい俺の咲…
「心配したんだ。」
もう二度と会えないかもしれないと恐怖でさえあった。
思っていることを今伝えなければ…
後悔したくない。
「咲、俺と一緒にこれからずっと生きてくれないか。大いなる力ではなく俺を選んで欲しい。」
いつもは咲の表情から、言いたいことが分かるのになぜか分からない。
一年も話していなかったからだろうか。
こんな大事な時に限って…
返事は話せるようになるまで待つことにした。
数日後咲は話せるようになったが、答えを聞くのが怖くて聞けなかった。
しばらくすると、咲の友達も見舞いに来て楽しそうに話しているのが嬉しい。
そっと隠れて見ていたつもりが、見つかってしまい友達が帰っていく。
咲に悪いことをした。
帰り際に、俺のことを咲の彼氏とリンが言ったのでなんとなく気まずい。
「彼氏だとよ。」
ちょっと茶化して言ってみる。
「そう、だね。」
咲はこの前の返事を迫られていると思ったらしい。
俺を真っ直ぐ見ると自分は俺に見合わない、そんなようなことを言った。
見合うかどうかは俺が決めることだ。
それに俺はもう大いなる力に誓っているんだ。
ところがそれが最大の誤算だった。
俺が良いなら一緒に居たいと言った咲に、嬉しくて結婚式の話をすると急に態度が変わった。
咲は南での誓いの意味を理解していなかった…
レイの忠告はちゃんと聞いておくべきだった。
まさか、理解しないまま誓いを受け入れていたなんて…
この喜びと衝撃をどう処理したらいいのだ。
「とにかく、結婚はいや。」
最後のカウンターパンチがぐっとくる。
「俺はどうしたらいい?」
情けないことに咲に尋ねるしかなかった。
咲はなぜ結婚を急ぐのかと聞くけれど、好きなら結婚したいんじゃないのか?
そう言えなくて、大いなる力に対抗するために、なんて建前を述べる。
「んーじゃあ、私も誓えば良いの?結婚しなくても。」
投げやりな咲の言葉に思わず言い返す。
「誓ったら絶対破れないぞ。」
「相手がいいよ、って言えば解消出来るんじゃないの?」
やはり誓いに対する思い入れが違う。
確かに解消できるが、もっと神聖なものなんだと言いたい。
婚姻届を出して嫌になったら、離婚届出したらいいでしょ、と言う感覚なのだろう。
でも大いなる力に誓うということは、魂の結びつきを意味するのだ。紙切れ一枚の話ではない。
折角のプロポーズが台無しだ。
必死に答えを探していると、さらに雲行きがおかしくなってくる。
「大体、私が受け入れた記憶もないのになんでアンセは私に誓っているの?もしかしたら知らない間に誰かが私に何かを誓っているとか気持ち悪いことがあるの?」
いや、それを言われると…
咲は誓いの意味を知っていたと思っていたし…
嘘つきのレッテルを剥がしたかった。
そして咲への誠意を示そうと思ったら、自分の気持ちを一緒に誓わずにはいられなかった。
「じゃあ、誓いはこのままでも結婚は保留、いいよね。」
頷くしかなかった。




