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22. ネコのいないモノクロの世界

浄化作業は、咲が倒れてから十日近く続いた。

悲惨な家は思ったよりも多く、咲がこの場にいなくてよかったと思うことが度々あった。


そして咲は全く目を覚ます気配がなかった。


最近、魂の消滅に出くわしすぎて心が疲れてしまったのだろう。眉間に皺が寄っている。

今回は少し長いかもしれない。


俺は咲と一緒に病院に泊まることを許してもらっていた。

服を取りに一度帰った時に時計草とブリースを部屋に持ち込んだ。

目覚めた時にきっと咲はこの二つを気にするに決まっている。


毎朝これらに水をやり、浄化の手伝いに向かった。


しばらく働き詰めだったので、落ち着くと数日まとめて休みをもらった。


何をしよう。


咲が倒れてからずっと忙しくしていたのでなんとなく毎日が過ぎていたが、改めて一人になると何をしたらいいのか分からなかった。


街に昼飯を買いに出ると、何かに並んでいる列が目についた。

見に行くとみんなバケツに水を汲んでいる。


「アンセ、お疲れ様でした。」

振り返るとナミさんが立っていた。

この戦いを経て、樹への個人の尊敬の念を込めて名前で呼ぶことにした。

ナミさんは何も言わないので受け入れられたと思う。


「咲はどう?」

「リノさんから聞いていないんですか。まだ眠ったままですよ。」

少し攻撃的になっている自分を反省する。


「そう…」

「これは?」

並んでいる人たちを指差すと、ナミさんは困った顔をする。


「完全に大丈夫だと確認できるまでは水の使用を制限しているの。まだあと半分くらい残っているから。」

この人は戦いながらも街の安全のために動いていたのか。


「水担当部の人たちには後で褒賞あげないとね。今回は本当に助かったわ。」

今後の安全を期すために、彼らの活躍は表立って公表されることはないだろう。

第二、第三の博士を生まないためにも今回の詳細は伏せられている。


「縁の下の力持ちですね。」

「あなたもよ。ありがとう。それから咲のことは、ごめんなさい。私のせいだわ。」

謝られても困る。

咲は戻ってこない。

それに咲はきっとナミさんのせいだと思ったりしない。


「あなたも早く元気になってね。」

そう言ってどこかに向かって行った。


俺は怪我をしたわけでも、傷ついて倒れたわけでもない。十分元気だ。

なんで俺の心配なんかするんだ?


数日の休日が終わると本業の仕事に戻ることになっていた。

正直気が向かない。

何かに疲れてしまっていた。


とりあえず工房に行くと、一定の情報はもらっているのか、工房長のルサーイは俺を放置してくれた。

周りは何があったのか、断片的にしか知らないようで色んな憶測で今回の事件について話している。


ちらちらと事情聞きたそうに俺を見ているのが分かるが話せないし、話す気もない。


全てが色褪せて見える。


「アンセ、新規で依頼が来ていますが受けてもらえますか?」

復帰して数日後、ルサーイが仕事を持ってきた。

そろそろ仕事を受けないわけにもいかない。


「引き受けます。」

「よかった。前にも依頼のあった家なのでよろしくお願いします。」

出来るだけ俺のやりやすいものを用意してくれているのが分かる。


でも前のようにイメージが湧かない。

似たようなものにするか…


なんとか一日をやり過ごし病院に戻る。


咲は少しだけ穏やかな顔になり眠っている。よかった。

顔を撫でる。

早く戻ってこい。


翌日、レイが訪ねてきた。


「どう?」

「変わらずだな。」

それ以上会話が続かない。


レイは咲の頬をしばらく撫でると、ゆっくり休むといいよ、と咲に声をかけて部屋を出ていく。


咲が居ないとレイと会話もできない。


咲が眠りについてから半年が過ぎた頃、街はだいぶ落ち着きを取り戻していた。

それでも時々、シャドーもどきの残骸が広がり、駆り出されることもしばしばあった。


ある日、ナミさんが病院に来た。


「変わらず、だそうですね。あなたは大丈夫ですか。」

また俺の心配をする。


「俺は元気ですよ。今まで通り。」

「今まで通りね…咲の来る前通り、かしらね。」

何が言いたいんだ?


「私ね、古い書物を読み返していたの。ずっと昔の初代の日記を。初代は二人いたのを知っているわよね。それでね、初代の一人も…長く眠っていた時があったみたいなの。そして、寝ている間は大いなる力と話していたそうなのよ。」

大いなる力と…


「咲も、そうだと?」

「分からないわ。でもね、もう八百年近くここにいるけどこんなに長く目覚めない魂は見たことないの。もしかしたら初代のように大いなる力に愛されているかもしれないわね。」

そう言って咲を見つめる。


「ねえ、咲の体はここにあるけど魂はどこにあるのかしら。まるで中身のない入れ物に見えない?」


中身のない入れ物?

何を言っているんだ?


咲はここに…


そう言われて見ると穏やかな顔はまるで人形のように見える。


ここに来た時は確かに咲だった。


「…ふざけるな!咲が空っぽの入れ物?そんなの認めない!」

「アンセ、落ち着きなさい。そう見える、と言っただけよ。それに咲の魂がここにないと決まったわけではないわ。」


違う。


俺が怒ったのはナミさんにではない。

それに気が付いてて見ぬふりをしていた自分と、指摘されてそれが現実だと悟ったからだ。


「ねえ、そろそろ前を向きなさい。咲が目覚めた時あなたが元気でいないと悲しむわよ。」

「俺は元気ですよ。」

「なら、もう病院を出なさい。ここは病人のいるところよ。」

なんなんだ。

急にやってきて、咲を空っぽだと言い、俺に病院を出ろと言う。


「咲が居なくてもやっていけるところを見せてちょうだい。私も心配で仕方ないわ。」

そう言ってナミさんは部屋を出て行った。


そしてリノにも俺がここを出ていくことを伝えたようで、突然病院を追い出された。


「くそ!」

大声で叫ぶと周りがギョッとした顔で俺を見てくる。

ここの奴らは行儀が良すぎていけすかない。


半年ぶりの我が家は埃まみれでとても快適とは言えなかった。

まずは掃除をして、腐った食料を捨てる。


咲の家も同じに違いない。

家に入って掃除をするが元々冷蔵庫は空っぽで腐るようなものはなかった。

あいつは何を食べていたんだ?


時計草とブリースを部屋に置いて出る。


翌日からは世界が白黒になった。

全てに意味がなくなった。

なんでここにいるんだ、俺は…


そうだ…

俺は早く昇華したかったんだ。

咲が来てからすっかり忘れていた。


それから何をしていたのかあまり記憶がない。

仕事と浄化の手伝いをしていると時間が過ぎていた。

全く変わらない咲に、泣きつきたい気分だった。


せめてあとどれくらいで戻るのか、教えて欲しい。

十年でも百年でも待てるのに。


「アンセ、もう一年ですね。辛くないのですか。」

久しぶりにナミさんに心配される。


「辛いですが、待つしかないです。」

「咲と居ても辛くないかしら…」

「どういう意味ですか?」

「咲は特別だから…自分の無力さを痛感するでしょう?」

「咲は特別?まあ、あの危機感ゼロで考えなしという意味ではかなり特殊だと思いますけど。無力さってなんですか?俺が、守れなかったことを言っているんですか?」

「ごめんなさい、違うわ。そうではなくて…咲は選ばれた魂だから。その…いえ、何でもないわ。忘れてちょうだい。…目覚めると、いいわね。」

ナミさんの言葉が、捨て台詞に聞こえて腹が立った。


咲が目覚めたのはその三日後だった。

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