20. ネコの落胆と悲惨な街
目覚めてもまだ戦況は変わっていなかった。
何より大した作戦もないようなので、提案すると全て咲に却下される。
そうこうしていると、俺よりも具合の悪そうな樹と八百屋がやってくる。
こんな時に八百屋の野郎は何の用なんだ?
「あら、トビーは私の夫ですよ、言いませんでしたか。」
驚きすぎて言葉が出ない。
もうかなり長いこと樹と付き合いがある。でも伴侶が八百屋…トビーだったとは。
すごい密偵がいたものだ。
こんなに堂々と街中にいて、樹の伴侶と知られていないとは。
起き抜けで回転しきらない頭には少々刺激が強い。
樹に作戦を聞かれて、咲が対応する。
どうやら最後の案は受け入れてもらえたようだ。
「…必要量のクノーの水を棒状にして、暴れている人たちの口に問答無用で差し込んだら良いのではないですか。棒がなくなった人から浄化すれば、何度も水を投げたりするより、全体の労力も節約できますし。」
咲の話を聞いた樹の提案は、かなり強引だ。
効率が良いとはいえ、さすがの俺もそこまで口にできなかった。
とりあえずできるか、咲がやってみる。
コップの水を細くして、トビーの口に器用に流し込むとトビーが顔を顰める。
おおお、机上の空論ではなさそうだ。
ただ水が細すぎて喉に刺さったらしい。
笑いそうになるのを必死にこらえる。実験なんだそんなこともある。
トビーは咲を恨めしそうに見ていたが樹になだめられて機嫌が直っていた。かわいいところがある。
四人でトビーの作った風の球体に乗り込んで南に向かう。風通路よりもよっぽど速い。
空から見えた南の街は壊滅的だった。
建物が崩れ、人々が暴れていた。地上と違って火や風など力の暴走で焦げた臭いがここまで立ち上ってくる。俺たちの存在を気が付かれたらここまで登ってくる奴も出てくるかもしれない。
どこから手をつけていいのか、正直分からない。
咲は、本当に南の街なのかとつぶやいたきり何も言わない。
「今は水が咲だけなので出来るだけ対処する人がない所に降りましょう。」
樹が言うと南西に向かった。
住宅街の方は暴れている人が少なく、落ち着いているように見えた。
手始めにはいいかもしれない。
大人しくしている人にやるのと暴れる奴にやるのとでは全く違うに違いない。
俺と咲は水道を探し、トビーたちは対象を呼び込みに行った。
意外と水道が見つからない。
店でもなければ外に置く必要はないから仕方ない。
咲がふと何かに向かって走っていく。
そこには水道があった。
よくこんなところにあると知っていたな。
でも咲の様子がおかしい。
手が震えている。
ああ、ここはグネルの家の近くだから、もしかしたらこの前ここの水で、氷の鎧を作ったのかもしれない。
「別の場所にしよう。」
俺の提案に咲は首を振ると蛇口に手を掛けた。
咲の手の上から俺も一緒に蛇口を回して水を出す。
ちょうどトビーが人を誘導してきたので咲がその人めがけて水を差し向ける。
水を飲ませるはずが、対象に触れると水が硬くなっていき氷漬けにしてしまう。
ああ…
あの苦しみに歪んだ顔がグネルを思い出させたのかもしれない。
咲の予想外の動きに樹もトビーも言葉を失っている。
氷漬けにされた人は、憎悪を膨らませてさらに顔が歪んでいる。動こうとしたのか、氷がパリパリッと音がする。
咲は、その音にハッとして今度は水を顔に差し向ける。
氷で動けなくなっているのでちょうど良い。
大量に水を浴びせると、改善するはずが明らかに顔色が悪くなり、顔つきが怖くなってくる。
どうなっている?
足りないのか?
あそこまでいくと、クノーは無意味なのか?
いや、そんなはずはない…
今までもある程度シャドーにやられた奴も持ち直していた。
考えろ…
咲も異変を感じたのか一旦水止めた。
樹が氷漬けの人に触れると、咲と同じようにびりっと震えた。同時に浄化された人は顔つきが穏やかになり目を丸くしている。
正気に戻ったようだった。
何があったのか、助けた人の話を聞いているうちになんとなく仮説が立った。
おそらく庭の水は使われていなかったのでシャドーもどきに汚染されていたのだ。だから事態を悪化させたのだろう。
だとすると、水の質を見分ける必要がある。
…咲は出来るのか?
いや、出来ないからこそこうなったんだろう。
思ったよりも深刻な状況に一軒ずつ見て回ることにした。
最初の家は静かだったので油断していると、家の中は荒れていた。
俺たちが声をかけると悲鳴が上がる。
ベッドには布団を被って四つ這いになっている母親がいた。その人の下には子供が隠れていた。
全身アザと傷だらけで俺たちに安心すると倒れてしまった。
すると男の子が母親を守るように小さな体を大にして立ちはだかる。
一丁前に頑張っている姿に頭を撫でようとすると、警戒して逃げられる。
「ごめんね、来るのが遅かったね。もう大丈夫だから。」
咲は泣いていた。
ここは天界だから、体が傷ついても問題ない。
必ず回復する。
咲は頭をで理解できても受け入れられないのだろう。
そう言う奴だ。
あとをリノたちに任せて、家を出ると咲の足取りが遅い。
まだ吹っ切れていないのだ。
俺の腕をぎゅっと握って上を向いた咲と目があった。
咲の目からは涙が滝のように溢れた。
「ずるい…」
何がずるいのか分からないが、そう呟く咲を慰める。
背中をさすりながらゆっくり歩いているとトビーが振り返って急かしてくる。
「水担当部が南の駅に着いたらしいから合流しよう。」
全く、樹以外のことに関しては全然可愛くない。
咲のことも少しは考えろ、そう言おうとすると咲は率先してついていく。
南の駅に着くとすでに氷の壁が出来ていて、水担当の奴らは自分たちを守っていた。
さっきの話をすると、水を注意深く観察しここの水には嫌な感じのするものはないと言う。
大丈夫そうだな。
俺の仮説を伝えると、まずは一人試してみようとなりカレルが作戦実行する。
器用に水を操り対象を氷で縛りつけると水を飲ませる。
しばらく水を飲ませると動かなくなった。
飲み過ぎたからなのか、浄化されたのか…




