18.ネコの理解者は俺だ
カレルが手に持っていたのは追跡石の発信機だった。
なぜだ。
また博士に追跡されているのか?
でも最近接点はなかったはずだ。
「これを見ると北の森にある原水の近くにいるかもしれません。でもこの機械は、かなり時差が出るのでもう別の場所に移動されているかもしれませんが…」
最後まで聞かずに俺は飛び出していた。
咲!待っていろよ。
風通路に乗って北の森に行く。
森に入れてくれないなら無理矢理入るしかない。
それにしても、風通路はのんびりと動く。
いつもの速さが亀のように遅く感じる。
ようやく駅が見えてきた。
駅に着くまでの距離が惜しくて、ジャンプして降車すると一目散に森の入り口に着く。
「入れてくれ!咲を迎えにきた。」
ざわざわと強風が吹く。
そういうのは、要らない。
俺には分からないと言ったはずだ。
無理矢理入ろうとすると足元に見たことのある柄の布の端切れが目に入る。
どういうことだ?
怪我をしたのか?
「咲!」
怪我をしているなら、近くにまだ居るかもしれない。
周りを見回すが人影はない。
風電話が光っている。
「アンセ、咲が移動して街にいるようです。」
樹から伝言が入っていた。
慌てて戻るともうすでに暗くなり始めていた。
「今日は泊まりなさいな。」
樹に誘われるが一度帰ることにする。
今なら真っ暗になる前には帰れる。
咲の家は暗いままだった。
街に移動しているって言っていたが…博士のところだったらどうするんだ?
はたと我に返る。
「南ではなくて東に居るみたいよ。」
樹が珍しく風電話ですぐに返信をくれた。
明日迎えに行こう。
朝早く準備をして樹の館に向かう。
「もう…早いわね。ちょっと下で待っててちょうだい。」
こうしている間にも咲は酷い目にあっているかもしれないと思うと、イライラしてくる。
東の街って一体誰が何のために咲を連れて行ったんだ?
東には咲の知り合いなんていないはずだ。
「待たせたわね。あなたも準備してから出かけた方がいいわ。」
樹と一緒にカレルが現れた。
長袖長ズボン、手には帽子も持っている。
「追跡石の話を聞きました。博士が関与しているならシャドーもどきの粉を警戒するべきです。まずはカレルを先に行かせます。アンセはその後で向かえば良いでしょう。」
「いや、俺もこのまま…」
「ダメです。あなたまで穢れたら抑えられる者がいなくなります。」
「今から家に戻ったら間に合わない。」
「服を貸してあげますよ。」
「咲がどういう状態か分からないが、とにかく無事を優先してくれ。石にやられているやつが居たら、咲は救おうとするはずだ。止めて欲しいが無理ならまずはクノーを食べさせてから、浄化しろと説得してくれ。」
咲は穢れたやつを放っておけない。
そいつが自分を嫌な目に合わせたやつだったとしても。
樹はすでにクノーを用意していた。
それを持ってカレルはすぐに向かった。
俺は服を借りて着替えると大きさが合わなくて、急いで服を買いに行く。思ったよりも時間を食ってしまった。着替えてすぐに飛び出そうとすると、樹に止められる。
「まさかこんなことになっていたなんて…もっとちゃんと咲を探すべきだったわ。ごめんなさい。」
「じゃあ、次…なんてないことを祈りますが、その時はよろしくお願いします。では俺も行きます。」
急いで風通路に向かうと通勤ラッシュでごった返していた。
こんな時に…!
緊急事態だからと、樹の威厳を使って順番を無視できないのか。
イライラして並んでいると、後ろから名前を呼ばれる。
「アンセ!」
振り返ると、咲が俺に向かって飛び込んできた。
咲の勢いに倒れそうになるがぎゅっと抱きしめる。
咲の匂いがする。
ずっと探していた咲が今自分の手の中にいる。
にわかには信じられなくて、抱きしめる手に力が入る。
「おお、無事で良かった。声、戻ったのか…」
嬉しすぎて、言葉が続かない。
カレルが先に帰ろうとするのでそのまま見送ろうとしたら、咲が一緒に樹に報告に行くと言い出した。
カレルは必要ないじゃないか、と言うと咲がカレルは樹の息子だと言うので驚いた。
さっきの樹とのやり取りにも合点がいった。
また長く樹に聴取されるかと思ったら、樹も気を遣ったのか早々に解放してくれた。
それにしても誘拐にウーダンが絡んでいたとは…
明日問い詰めてやろう。
ようやく家に戻ったが、咲が気になって居ても立っても居られずに家を訪ねた。
咲の話を聞きたかった。
「何か思い詰めることがあったのか。俺に話せないならそれも仕方ないと思っている。けど何かあるなら話して欲しい。」
咲を見つめると言葉に詰まっている。
やはり何かあったのか…
俺には言えないのか。
聞いても俺はきっと何もできないからな。
結局、俺は樹の力がないから、咲の苦しみを代わってあげられない。
無力な自分が情けなくて、ため息と一緒に温かい水が目から溢れてくる。
咲が動揺して、口を開く。
「あの…えと…あの日、森に呼ばれた気がして北に行ったの。別に何か思い詰めたとかそういうことではなくて…だから…心配かけてごめんなさい。」
考えるように咲はゆっくりと話すと、俺から目を伏せた。
なんだ…
そんな理由だったのか?
この様子だと本当に何の理由もなく出かけたのか。
そしてその帰りに、うっかり拐われたのか?
「そうか…」
安堵と怒りが一緒に込み上げてくる。
咲の頭をぐりぐりしながら抱きしめる。
話せるようになって俺のところに戻ってきて嬉しい反面、永遠にも思えた昨日の不安の理由があまりにもいつもの咲で、怒りのやり場に困った。
ぐちゃぐちゃの感情が涙になって再び溢れた。
これ以上泣き顔を見られたくなくて上を向いたが無意味だった。
咲が泣いている俺に謝る。
俺は今すごくカッコ悪い。
俺も間に合わなかったことを謝ると、きてくれてありがとうと咲は笑った。
恥ずかしくて頭を再びぐりぐりすると咲の髪の毛がボサボサになって思わず笑ってしまう。
髪が乱れたのは俺のせいだと怒った咲が可愛くて今度は頬を撫でる。
目があってそのまま二人の顔が近づいていく。
ドンドンドン
ドアをものすごい力で叩く音がする。
レイだった。
いいところだったのに。
同棲の時といい、いつも絶妙なタイミングでやってくる。
レイは咲と俺との関係を邪魔するレーダーでも持っているんだろうか。
レイを見ると咲は抱きついた。
俺の時よりずっと積極的じゃないか?
「俺にそれやっても良いんだけど。」
言ってみるが、全然聞いていない。さっきまでの甘い雰囲気はどこにいったんだ?
レイは俺たちのことを少し揶揄うと真面目な話をする。
それは天界の学校に行ったからこそ知っている、樹の孤独の話だった。
咲は泣いていた。
樹の仕事の一端を担って、孤独を感じたのかもしれない。笑っていたから、体は辛くても気持ちは大丈夫だと思っていた。
普通に考えればそうだ。穢れて強面の奴らに近づいて、痛みと引き換えに浄化する。咲には何のメリットもない。
しかも浄化が間に合わなかった魂は自分のせいだと思っている。そんなことは絶対にないのに、その愚痴を誰かにこぼすこともできない。
そもそも浄化は樹々と話す力の代償だと咲は言うが、払うものが大きすぎる。
それにしてもレイは俺よりも咲のことを理解している。
圧倒的に俺の方が咲といるのに、なんでなんだ。レイに嫉妬している自分がいる。
俺がやってあげられることはなんだろう。
咲を今の任務から解放する…
自然に生まれるシャドーは地道に対応するしかないが、博士たちの生み出すシャドーは止められる。
いや、それだけでは足りない。
これ以上、博士たちが咲に近づかないように、なんとかやり込めないといけない。
咲の頭をポンポンとする。
待っていろよ。俺が助けてやる。
飯の準備をしながら考える。
でもどうやるか…
博士を倒すことを考えている自分に驚いた。
今までそんな強い憎しみを誰かに対して抱いたことがなかった。
残念ながらそれは天界では許されないし、おそらくできないだろう。
でもそれに近いことを…
樹を巻き込むしかない。




