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14. 我を失う

「アンセさん、覚えているとは思いますが明後日は歓迎会ですから来てくださいね。」

「え?そんなの行くなんて言って…」

「いや、分かったってこの前言っていましたよ。」

最後まで言う前にルサーイに遮られる。

そんなはずは…

あ…

咲が前に十日ほど寝込んでいた時にそんな話をしていたような…


あの時は気もそぞろで、何をしていたのかいまいち記憶がない。

行くと言ったかもしれない…急に自信がなくなる。


仕方ない。咲を置いておくわけにはいかないから今回は連れて行こう。


「すみません、連れも一緒にいいですか。」

工房全体が一瞬静かになる。


「もちろんですよ。」

ルサーイがその静寂を破るように笑顔で答える。


咲を新人歓迎会に誘うと嫌な顔をされるが、無理矢理説得して連れて行く。

俺としてもあまり居場所のない工房の飲み会は苦手だから、咲が居てくれたら話し相手にちょうど良い。


咲を紹介して歓談が始まるといつもは目も合わせない古株が突然話しかけてきた。


「どうだい。装飾部は。建築と比べたら地味でやる気にならないだろう。」

第一声から喧嘩をふっかけてくる。でもそれを買うほど俺はもう若くはない。


「面白いですよ。大きさでは派手さはないですが、色んなデザインで作る装飾は建築よりも華やかだと思います。」

「そうか、そうか…個人の依頼も多いみたいだな。」

「ありがたいことにたくさんの依頼を頂いてます。装飾は家でも作業もできるし仕事の自由度も合っている気がします。」

俺の返答に満足したのか、酒が回ったのか、相手は上機嫌になってきて、ありがたい説教が始まった。


俺は咲と飲むつもりだったのに。

そう思ってトイレに立ったはずの咲を探す。さっきからなかなか帰ってこない。


痺れを切らして手洗いに咲を探しに行くと名前も知らない新人と話し込んでいる。


誰と話しても咲の自由だが…

俺の誘った飲み会なのに、俺とはほとんど話さないのは面白くない。

はあ…そんなことを思うなんて、俺もカレンのことを責められないな。


ため息を吐きながら、咲を席に連れて戻る。


「頼むから手の届くところに居てくれ。」

それからは先輩のありがたい話が全く耳に入らなくなった。まあ、さっきもちゃんと聞いていたかと聞かれるとそうでもないが。

咲をちらちらと目の端に入れているのに気が付いた先輩に揶揄われるが、そもそもお前のせいで咲は遠慮して俺と話さないんだと思う。

ああ、俺ってこんなに心が狭かったのか。


ようやく会がお開きになって外に出るとルサーイが咲に話しかけている。一番話して欲しくない相手だ。

ルサーイめ、余計なことを話してないだろうな。あいつは樹に密告するのが日課だから、工房で最も信用ならない。


手の届く範囲に居ろって言ったのに…全く…咲はすぐに他の奴と話し始める。

咲の手を強く引いてルサーイから引き剥がす。


「アンセはさ、人のことを気遣い過ぎなんだよ。もっと自分を大切にしなよ。自分を一番大切にしなさいって小学校の道徳で習ったでしょ。」

気を使い過ぎなんて今まで言われたことなんてない。でも咲がそう言うなら、自分勝手にさせてもらおうではないか!


咲の手を強く引いて、頭を思いっきり撫でまわす。

髪がぐちゃぐちゃになって嫌がる咲を見て思わず笑顔になる。

ああ、好きだなあ…


「俺と…付き合って」

想いが不意に言葉がついて出る。自分の言葉に一瞬で目が覚める。


「くれて…ありがとう。」

慌てて付け足す。

咲は酔っ払っているのかそれ以上突っ込んでこなかったので助かった。


翌朝、目覚めると頭が少しだけ痛かった。飲み過ぎた。

確か咲は週末はシャドー退治だと言っていた。でも出発は昼過ぎだな。


持ち帰った作品を仕上げながら昼まで過ごす。

ふと昨日のやつで口にした告白もどきを反芻して恥ずかしくなる。酒の力は恐ろしい。

既に大いなる力に誓っているから俺の気持ちは伝わっていると思うが、あの状況での告白は覚えてない…といい…


昼過ぎても咲から連絡もないので家を訪ねるとちょうど家を出るところだった。

間に合った。

全く油断も隙もない。シャドー退治を一人で行かせたらどうなることやら。


その心配は当たっていた。

最初の頃は浄化にプルプルする咲が可愛くてその姿を遠くから堪能した。

でも隣で腕を組んでいると、その辛さに咲が強張っていることに気付いて反省する。俺もだいぶ昔には樹の力があったが、浄化をしたことはなかった。


今日はもうだいぶ咲の力を使ったし帰ろうと思ったが、遅かった。


グネルが俺たちを見つけて話しかけてきた。

咲はまた何かを仕掛けられているんだろうか。ここで偶然会うなんて考えにくい。


グネルの話を無視して帰ろうとすると駅の方に人だかりができて盛り上がっている。

グネルの言っていたショーとはあれのことか?

避けて帰ろう。咲は既に力を使い切っている。


後から思えば、見に行くと言う咲をもっと強く止めていればよかったのだが、咲の意思を尊重して駅の方に向かってしまった。


水と炎の大道芸を咲は満喫して、そこまでは良かった。最後にシャドーもどきがばら撒かれてその場は騒然となった。急いで博士やグネルの姿を探すが見当たらない。


クソ…まずは目の前の人の救護だ。


御守り代わりに咲が持ち歩いてるクノーのジャムを手当たり次第配って回る。

風上に背を向けてジャムを配る咲を守っているが、皮膚に当たる粉がピリっと痛む。俺が影響受けるわけにはいかない。襟を立てて少しでも肌を隠す。


ほぼ全ての人にジャムを配り終え、落ち着きを取り戻したが最後の二人は間に合わなかった。


さてどうするか。聞かなくても咲の答えは分かっている。全員救う、だ。

迷うほどに被害はひどくなる。腹を括るしかない。


「行きたいのは分かる。でもまずはクノーを口にさせて少しでも軽くしてからにしろ、良いな。俺がまずは左のやつを押さえるからそしたら口に突っ込め。出来るか?」

咲の意思を尊重しつつ浄化の負担を出来るだけ減らさないといけない。

少しでもマシな方にまずは仕掛ける。


羽交締めにしてから咲を呼んでクノーを食べさせる。咲に食べさせてもらうなんて贅沢な奴め。

締め付ける手に力が入る。


残る一人に向かって行くと既にシャドーの影響が酷く、なかなか抑え込めない。


「咲!」

叫ぶと同時に咲は走り出していて、押さえ込んでいる男にクノーを食べさせた。

手こずらせやがって。ついでに一発殴っておく。


少し離れて休んでいると咲にクノーを食わせた奴が咲に襲い掛かる。


このやろう!ふざけんなよ!

助けてもらったのにそれはないだろう!

全力で倒しにかかる。

相手もこちらに注意が向いて二人で激しく闘う。

燃やしてやろうか…


指輪の向きを変えようとすると、もう一方も咲に暴力を振るう。

なにしやがる!

そっちに蹴りを入れる。

咲を傷つけたこの二人だけは許さない!!


今度こそ…指輪の向きを変える。

どっちからやるか…


「アンセ、お願い!私を見て。」

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