九十四冊目『渋谷パルコの復活』
「府雨の読書日記」九十四冊目『渋谷パルコの復活』
『渋谷パルコの復活』
著 平松有吾
土曜日に前の同僚と、ご飯を食べる約束をして、渋谷TSUTAYAでの待ち合わせ前に、サクラステージの蔦屋で買いました。
その日は「大変だね」会で、四人のうち二人のお悩み相談でした。
あまり買わないタイプの本。新書ですし。
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渋谷パルコは、建て替えてから何度か焼肉「KINTAN」に行って、ファッションフロアには客層が、なんとなく好みではなかったので、足を向けることはなかったです。
高いしな。
でも、僕が小さい頃からパルコの名前は知っていたし、何より僕は渋谷っ子なので、平手の「渋谷からPARCOが消えた日」を聴いた時は、脳髄を焼かれたかと思うくらい衝撃でした。
僕はなんとなくスクランブル・スクエアでお買い物することが多く、これまたなんでか、パルコ独特の物語感がちょっと「濃いな」と思うことはしばしば。
パルコより渋谷区役所の方がよく行っていたまであります。
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昔のパルコの路面店で、淡いパステルの丸であしらわれたマネキンボックスを見て、不思議な空間だと思った記憶があります。
今の六階のゲームコンテンツのアンテナショップを見ても、なんか不思議だな、と思います。
それらは可愛いわけでもなく、かっこいいわけでもなく、ただちょっと「濃い」。
味ではなく味付けが重視されているみたいに思えます。
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それはたぶん、今の渋谷っ子の感性と、京都に行った僕の感性が少しずれているのかもしれません。
僕は商業ビルの雰囲気で一番好きなのは京都のBALビルです。
たぶん、パルコは選択肢が多すぎる。
だからなんとなく苦手です。
でも、著者の思考のエッセンスは、とても興味深いです。
文化を感じ取り、それをビジネスにする。
重要なのはその嗅覚のような気もしますが、同じくらい「力」が必要とされる。
職人的という評価をしてしまうかもしれません。間違っているかもしれませんが。
文化が好きというのにも色々あるんだなと思いました。
服飾という文化の生産者と文化の享受者を結ぶ交通整理人。交通整理人と言うと、なんだか素朴ですが、スムーズな交通整理がなければもう、服は買わない。
習熟が当たり前の世界で、その当たり前を下支えするとなると、常に力を込めていなくてはならない。
好きを全面に出したりするのは、プロとしては甘いことなのか、本書では常に著者は謙虚ですし、ギークではない。本当はすごく「凝って」いるはずなのに、綺麗でいる。
本書では軽くしか触れられていなかったSNS戦略とかも知りたい。
最近、アナログのデータ処理をした人にしかわからない、データ分析の「面白さ」みたいなものはあるように思います。
定量性と定性性は、人によって得て不得手があるような気もしますが、どちらもできる人もいる。
それは、実際に砂に手を突っ込んで泥団子を作ったかどうかが重要です。
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著者の文の中で、なるほどと思ったことがあります。
綺麗な丸を描くこと。
違和感のない体系、矛盾のない表現、整合的な構成。
これらは作るとなるとわずかなことで崩れてしまうのに、見るとなると一番気にする「主客のせめぎ合い」が起こるジレンマポイントです。
これを目指しているかどうかは、プロフェッショナルの基準でもあると思います。
もちろん力技が必要なこともあります。でも技術があればそもそもよく見えてよく考えられていたら、力を入れる必要なく解決するかもしれない。
経験というのは力を高めることではなく技を磨くことな気がします。
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あっという間に読める、とてもいい本でした。
先ほども書きましたがとても謙虚な文体で、鼻にかかるところがない。
渋谷パルコに行くと、外国の方がたくさんいて、その構成もバラバラで、家族連れなんかも楽しんでいる。
昔、友達と歩いた渋谷の街が、こうやって変わっていくのが、僕は好きです。
パルコに行くかはよくわかりませんが、渋谷の魅力を伝えている本の中では、群を抜いて信用できると思いました。




