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九十二冊目『電影都市秋葉原』

「府雨の読書日記」九十二冊目『電影都市秋葉原』


『電影都市秋葉原』

 著 JUNYA WATANABE


 不完全幸福こそが最高の幸福なのかもしれないと思います。


 何かを達成できないこと、何かの途上にあること。


 幸福とは、霧の中で呼吸することではないかと。


***


 一年くらい前に、秋葉原を舞台にした小説を書きました。


 ネットに上げたり、文学賞に応募したりもしてない、個人的な小説です。


 最近一人暮らしを考えていて、どんな場所・土地がいいか悩んでいます。


 秋葉原が今、候補として上がっていて、それで本書を買いました。


 八王子駅南口のくまざわ書店で二十分くらい悩みました。


 写真集を買うことはあまりないので。


 山手線的に渋谷と間反対の秋葉原には、小さい頃あまり縁がなく、数年前にフィギュアを買いに行くようになってから、街を歩くようになりました。


 今日、京王線で新宿の職場まで向かう電車内で、珍しく眠くならずとても静謐な気分で本書を読みました。


 雨の秋葉原、夜の秋葉原、とても魅力的に思えます。


 いつもどんよりと白い雲が空を覆っている時にしか行かないから、なんだか白々しいなと思っていましたが、秋葉原の朝や、雨降りの夜、雪の日の景色は、綺麗で、懐かしいです。


 行ったことのない場所を懐かしいと感じるのはなぜなのか、僕はあまりわからないですが、その街がとがっているというよりむしろ「優しい」ように思えるからかもしれません。


 この写真集に写る人は、皆それぞれにプロフェッショナルなのに、心の中には街を愛する心と、人を愛する心があるように、強く感じられるのです。


 小説原作のアニメ「シャングリ・ラ」の中に見たのが、僕の初めての秋葉原でした。


 思い出すと、今の秋葉原の方がアニメよりよっぽど素敵だと思います。


 アニメで見たような灼熱の雰囲気、アジアのるつぼというようなわかりやすさではなく、丸の内や渋谷においていかれたような寂しさ。


 推しという文化に取って代わられた萌えが、復権することはきっとない。


 あの色の濃い、太い線で描かれた漫画やアニメは、より洗練された流線で表現されるようになる。


 本当に灰色になった街の細いビルのコンクリートだけは、ここを死守しようと立っている。


 というセンチメンタルもいいでしょう。


 でも、僕はそこに住み心地の良さを感じます。


 不思議そうな顔で回る外国人が、熱狂にとって変わったように見える。


 でも、そこには本当の「好き」がある。


 推しという言葉の、遠慮がちで謙虚な雰囲気と違って、単に好きであるということ。


 つまり、オタク性の追究とも、推しへの貢献とも違う、対象として「好きなんだよね」という雰囲気が、僕はとても好きです。


 オタクだった頃はアキバに行くこともコミケに行くこともできない子どもだったけど(それは多分に代々木的だったから)今、秋葉原を降りて思うのは、暑い街だなぁというところ。それだけ。


 オタクというと「お前が?」とか「どれくらい?」とか押し引きするのが常だったけど、それはどこか頭の良さを競う「学歴厨」の論理で、どこでも競争というのはあるもの。


 知りたいことは自動的に手元に来る時代。


 そんなに極めなくてもAIに聞けば。


 というところでやっぱり、ローカルなメモリが重要になってくると思います。


 クラウドに詰めても、いざという時はねえ。ジャンクな記憶が楽しいのではありませんか。


 言語を学ぶことも、歴史の知識を暗記することも、それをやるのは僕らで最後かといったら、そんなことはないはず。


 攻略wikiを片手にゲームをやるのも変な感じがします。


 という僕のゲームの楽しみ方は、変わっていると思います。


 スターレイルの音声を中国語にして、字幕は日本語でストーリーを楽しんでいる。でももう、三月七の中国語の声優を調べることはできない。残念ながらオタクではない。ストーリーは飛ばさない。


 ゲームの楽しみ方は本当に人それぞれ。それぞれになるくらい、ゲームコンテンツは、一つの作品の中でも、もちろん作品間でも多様になっています。


***


 本写真集のいいところは、オタク色で秋葉原を塗り上げなかったことにある。と思います。


 朝や夜、雪や雨の景色に電気街の明かりがどれだけ映り込むか。深く、綺麗に。


 街の看板広告は、この時代ではほとんど意味がないとすら言えるのに、なんであんなに作り込まれているのか。


 フィギュアは埃が積もるただの塊ではないのか。


 偶像=アイドルとも、身近な存在としての推しとも違う、単に「好き」という感情が、ゲームやフィギュアや漫画の未来を切り開いていく。


 それはなんとなく、普遍的な本質回帰な気がします。「愛」とも少し違うような、それでいてどこかプロフェッショナルな。


 定点観測のいいところは、自分の変化に気づけるところ。


 本書の著者の変化は写真からは見えなくても、本からは感じられる。僕もこの写真集を見て、変わった気がします。

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