九十冊目『刑務所の精神科医』
「府雨の読書日記」九十冊目『刑務所の精神科医』
『刑務所の精神科医』
著 野村俊明
日曜日(八月九日)に友達と下北沢を歩いていた時に入った本屋で買いました。
その夜に百五十ページ読んで、今日祝日「山の日」に読み終えました。
読みやすいのは、治療に際しての葛藤(という言葉は少し大仰で)、あるいは気持ちが、さりげなく入り込んでいるから。なのでなんとなく安心できました。
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本を読めるというのは、幸せなことです。
本は好きなのに、何年も読めない年月を重ねた日々があったのを思い出します。
大学時代の、双極性障害や統合失調症的精神世界と歩んでいた頃は、何せ情報が圧倒されて、本なんかを読んでいられる精神空気ではなかった。
本を読んでいられる空気感ではないというのは、高校時代たくさん読んでいた頃からすると、まるで能力がなくなったかのような、泣きたくなる出来事でした。
精神疾患について、家族の影響はあるかと聞かれたら、僕はどう答えるのか。
苦しかったことも、冷えた心も、よく覚えています。
十歳やそこらで入院した時の、安心した気持ちを、僕はよく覚えています。
安心して勉強したり、安心して本を読んだりすることは、決して当たり前のことではなくて、家族という存在が、愛情を持って手助けしてくれて初めて成立することです。
そういう意味で、僕は能力主義というものは信じていません。
能力はあっても、能力にアクセスすることができなくなることが、現にあることを知っているからです。
能力と能力へのアクセシビリティ。(家族がかかる雰囲気的)病気は能力を萎縮させるだけでなく、接続性を減じます。
でもだからこそ、その荒地を耕すと決めた時、僕には読書への渇きがあり続けました。
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なにが僕の精神疾患をもたらしたのか、薬を飲みながらではありますがどうして働けているのか。
恵まれているからというのは一つの答えです。
友達がいて、家族がいて、先生がいて、医者がいる。そういう世界に身を置いているから、孤立しないで済む。
就労移行支援の定着支援員さんに、僕が家族(父親と弟)に少なからぬお金を出していることを相談すると「そこまでしなくてもいい」と言われました。
対して多くない給料の半分以上を渡して、それがあなたの人生なのか、と。まして「あなたは子どもであり、兄弟である」つまり、親が子どもを養うのとは違う。
個人主義的な世界観とは少し違います。そういう説明ではなくて、僕は「家族のために多くのことを諦めている」ヤングケアラーであり、兄弟児であると。
楽に生きていいはず。そう言われたのです。
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普通、自分が障害を背負いながら、父親や弟を養うのは、不可能です。
でも、僕はやってしまう。
お金がないから大学を辞めてほしいと言われた時、簡単に諦めたのは、それが僕にとって本当に重要な選択だったからです。
逆説的に。
どうでもいいことにはこだわるのに、本当に大切なことに、僕は固執しない。
その時の僕の気持ちは、悲しみも勿体なさもなくて、無風でした。
普通は、障害を抱えた人がいたら、その人を周りの人は協力して助けます。
障害者(僕のことです)が障害のある家族を、誰の手も借りずに養うのは、本来的には不可能です。
無風だったのは、覚悟していたからです。
僕の人生は自由主義的な風なんか吹くわけがないと、はっきりわかっていたからです。
能力があってそれを発揮して、バカみたいに稼いで、人をコケにして生きるのは、僕の人生ではなかった。
場合が場合ならそうだったでしょう。でも違った。
僕の人生なのに、と思って泣いたことはなかった。
僕の人生が僕のものではないことを、僕はよくわかっていました。
でも、そういう乾いた大地を耕すのは、雨に対する飢餓感を僕に植えつけて、根を張ることを僕に強いた。
だから僕は書き、本を読むのです。
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損をしている。周りはそう思っていると思います。
損得では考えていないのでしょう。
そして損をすることで生じる飢餓感は、安逸を許された人の人生よりよほど、思考を要求します。
頭がいいから大学に行く。勉強ができるから出世する。
それはゼロをプラスにする思考です。
僕の能力は常に、マイナスをゼロにすることに使われてきました。
絶対値で同じ幅を持っていても、前者の人は経済的に恵まれ、後者の僕は、ただ「借金」を返すことだけに人生を費やしている。
本当の能力というのは、その「絶対値」に関わるものであり、間違いなくゼロをプラスにしたことで賞賛されるという安易なものではありません。
楽なゲームをしていても、楽しくない。
マイナスをゼロにする戦い。誰かを守る戦い。レースに勝つのでも、参加するのでもなく、レースから降りることで始まる戦い。
惨めですよね。
でも僕は、本を読んで、物を書き、それなりに楽しく生きています。もしかしたらかなり楽観的で、縛りプレイに快感を覚えているのかも。
というか「僕の本来の力を持ってすれば、全ての逆境を乗り越えられる」という、自分に対する信頼があるのかもしれません。
順風が常に吹くことを、僕は人生で一度も期待したことがないので。
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この『刑務所の精神科医』という本の中で、解決できない問題について、著者は淡々と諦めを述べることがありました。
僕はそれでいいと思います。
僕の病気は、一義的には投薬で改善しました(まあ今でも僕は空想の中にいますけれど)。
でも医者に「助けてもらった」わけではないと思っています。
僕は病気になってからすぐ足掻き始めました。
こんなはずないと思って。ずっと格闘し続けていました。
それは、頭の良さとか、生来の気質とかではなくて、子どもの本質だと思っています。
もしかしたらシンナーで脳が萎縮した子は、そういうふうに抗い続けられないのかもしれない。だとしたら僕は、自分の「記憶力」や「思考力」に感謝します。
でも、医者が「助けてくれる」としたら、僕らは意思(あるいは意志)を持たなくてもいい。ただ待っていればいい。
主体が自分だというのは明白な事実です。そしてそれは精神の病気の中で最も大切な事実です。
主体を誰かに預けることは、例えば入院の現場で、安心につながることかもしれない。
でも最後には、僕らは自分の主体をもう一度持って、助けてもらうのではなく、人生という無理ゲーに挑むわけです。
本書で少年院に「入院する」という用語を見て、僕が精神科病院に「入院した」七回の経験(幸いどれも短いものでした)と重ねてしまいました。
著者の諦めは、かなり誠実だと思います。
医師は僕らの人生を改造することはできない。
懐かしいですね。西尾維新はかの『化物語』で忍野メメに「助かるだけだよ」と言わせました。
懐かしいですね。僕も高校を卒業した時に、強く「助けてほしい」と思いました。
最後に助けてくれたのは、同時に僕を窮地に追いやった家族だけだったことを考えると、物事はそんなに単純じゃない。
家族以外の誰かが助けてくれることを祈りつつ、それが「愛」だと「勘違い」して、誰かの庇護を求めるのは、僕が家族の愛を感じられなかったからなのでしょうか。
単に家族が嫌いでも、家族がどれだけ僕に依存していても、庇護を求めることと「愛される」ことを同一視していたのは、……つまり、平成のラノベに毒されていたってことなのでしょうか。
もちろん僕は家族からの恩恵と束縛を一通り経験してきました。
個性的で力のある父母とのやりとりを、それが虐待とまでは言えなくても、安心に替えたことはありません。
でも、家族がなければ、病気にかかる時間が過ぎるのを待つことはできなかったです。(病気の一番ひどい時期には何もしない大学生活を送れました)。
つまり、典型的な言葉遣いで表現することはできませんが、そういうものが家族だとすると、本書での「家族の影響」は、多くの割合で非行や犯罪を説明しているかもしれません。
でも医者が全てを助けることはできない。病気を治すことはできても家族との関係を治すことは医師の仕事ではない。
結局、自分の前にある現実をどう解きほぐしていくかという問題は、主体としての自分が現実に一次的に接している、という認識を、どう回復していくか、実感していくかにかかっています。
それは大人になるということで、身も蓋もないけれど、成熟することを要求されているということです。
違う自分になるということ、このままでいいという観念を打ち破ることは、当然ながら(何かと比べてではないですけれど)遥かに難しいことです。
つまりそれは助けてもらう、あるいは「愛される」ことではなく、むしろ「愛する」ことができるようになるという、まるで自分がされたことのない感情表現を「発見する」ことから始まるのです。




