5-3
「こ、こいつは・・・・・・・」
杉田は目の前に突然現れたドラゴンに、思わずたじろいでいた。先ほどまで圧倒的に優勢だったはず。なのに、コイツが現れた途端に、杉田は吹き飛ばされるという痛手を負っていた。
「いや、大丈夫だ・・・・・俺はドラゴンをこれまで何体も狩ってきた・・・・それにこのレベル・・・・・・やれる」
レベルは300を超えているし、ドラゴンも500体は狩ってきている。何の問題も無い。いつも通りワンパンして終わりだ。杉田は「聖剣アスカロン」を構え直し、その龍に向き直る。いつ攻撃が来ても対処できるように。
「さあ、かかってきやがれ!!」
ゴシャァッ!!と、ヘルは容赦なく杉田を押しつぶした。
「ガハッ・・・・・・・・!?」
杉田はあまりの相手の速さに、反応できなかった。先ほどのように突然叩きつけられたのとは違い、純粋に反応できなかったのだ。しかし杉田の敏捷性は10957。そこらのモンスターなどよりも圧倒的に早いはずだ。そんな彼が反応すらできないのは、あまりにも理解しがたい。
ヘルはスッと上体を起こすと、四足歩行の状態から打って変わり、まるで武道を極めた者のように二足歩行で立ち上がり、腕を引き絞る「構え」をとっている。さらに大きく発達した前足の手首の辺りから、肘よりも大きく後ろに伸びた氷の刃が形成されていた。
「ヴォオオオオ!!」
ヘルはうなり声を上げたかと思うと、ものすごい勢いで迫りながらデンプシーロールを繰り出してきた。普通なら爪の軌道だけを警戒すればいいのだが、目の前のドラゴンは、腕にすさまじく長い氷のブレードを生やしている。そしてそれが、ギャリン!!ギャリン!!と骸珊瑚の足場に傷を刻みつけながら迫ってくるのだ。
「がっは・・・・・・あ・・・・・・・!?」
杉田はそれを聖剣アスカロンの腹で受け止めた。が、ヘルは間髪入れずに腰をひねり、その長い尻尾で視覚外からビシャァン!!と杉田を叩きつけた。吹き飛ばされた杉田はゴムボールのように骸珊瑚の上を弾んでいくが、さらにその撥ね飛ばされた先にヘルは翻るように先回りし、その氷のブレードで薙いだ。
「あっぶねぇ!?」
杉田はとっさに聖剣アスカロンを振るって剣戟を弾き飛ばすが、その物量差に大きく体勢を崩される。
「キリュゥウウウアアアア!!」
独特なうなり声を上げると、ヘルは杉田にヘッドバッドを喰らわせてきた。ゴシャアッ!!と頭蓋が骸珊瑚の足場にめり込み亀裂が入るが、ヘルはいたって無傷だ。
「う・・・・・・ぐう・・・・・・これ、は・・・・・・・?」
うめき声を上げながら起き上がったのは、ネロだった。ヘルのすさまじい猛攻による衝撃や轟音で意識を引き戻されたらしい。
「嘘だろ・・・・・・・まさか、冥府の女王?!なんでここに・・・・・・」
眼鏡の位置を直しながら、ネロは目を見開いた。驚くのも当然だろう。目の前に居るのは、伝承でのみ言い伝えられていた存在、そしてまごう事なき「ドラゴン」なのだから。
「ね、ネロさん!!助けてください!!シロちゃんが・・・・・・・シロちゃんが!!」
「マナ・・・・・って、シロ!?」
岩石の檻に閉じ込められたマナと、そのそばでぐったりと横たわっているシロ。それを目にしたネロは血相を変えて彼女らに駆け寄った。痛そうに足を引きずりながら、ネロは必死に歩を進める。
「ネロさん・・・・・シロちゃんは・・・・・どうなっちゃうんでしょうか・・・・」
「シロは・・・・・・大丈夫だ、気を失っているだけだよ。・・・・・・だけど」
というと、ネロは双眼鏡でシロの体を注意深く観察した。
「全身の切り傷が凍てついていて・・・・・そこが輝いている・・・・?」
杉田から受けた傷を覆うように氷が付着していて、その氷が淡く輝いていたのだ。その内側では、盛んに繰り返される細胞分裂により、刻々と自己修復が行われているのだろう。
「これは、一種の治癒魔法・・・・・なのか?」
「ネロさん、いま、シロちゃんには何が起きているんですか?」
「解らない。あの龍は“時を凍らせる”なんて伝承があるけど・・・・・・」
と考えていると、ネロはある結論に行き着いた。
「まさか、“傷の汚染・化膿”と“自己修復機能の抑制”を凍てつかせて、相対的な回復力を増しているのか・・・・・?!」
物理的ではなく、概念への干渉。まるで言葉遊びのような現象だが、まさにそうとしか言えないことが目の前で起こっていた。異世界の英雄が持つ「治癒魔法」一つですら、その「治療」の範囲を過大解釈すれば、攻撃にすら転用できるという。そんな無茶苦茶なことを、目の前の龍は戦いながら行っているというのだ。
「(クソッ!!このままでは殺される・・・・・・仕方が無い・・・・・・・・・)」
そんなネロ達の前で、杉田はこれまでに無いほど押されていた。今のままでは勝ち目がない、と判断した杉田は息を大きく吸い込むと、
「フッ!!」
短く、鋭く息を吐いた。すると杉田から赤いオーラが上り始める。
「自分の体力を毎秒削る代わりに攻撃力を1.5倍に引き上げるスキル“血の誓約”、同じくHPを消耗する代わりに敏捷性を2倍に上昇させる“爆速疾駆”、MPがつきるまであらゆる攻撃を無効化する“絶対防御”、そしてダメージを与えた分だけHPとMPを回復させる“貪食”!!これらのスキルを重ね掛けした俺に、死角はねぇ!!」
杉田はヒュン、と軽く聖剣アスカロンを振るうと、その先の骸珊瑚の足場が、ギャガガガッ!!と削れた。ただ剣を振るっただけで、その先の物体が次々と損壊する。
「(これが・・・・・・こんなのが、本当に人間なの・・・・・・!?)」
岩石の隙間からその光景を見ていたマナは、その青年の姿と所業に戦慄していた。素の状態でもモンスターを圧倒していた杉田。更にそこからスキルを重ね掛けすることで、その戦闘力は未知の領域に達する。もはや人間と呼んでいい者かわからない状態だが、杉田はそんなことを考えてなど居なかった。
化け物。目の前にいる青年に恐怖を抱かずには居られないマナだった。
「さあ、行くぞ!!」
そして、杉田は引き裂くような笑みを浮かべて、ヘルの方へ駆け出す。目の前のドラゴンを“いつも通り”倒すために。
しかし、青年は気づいていなかった。劇中では「形態変化見せること」が、自身の運命を決定づけると言うことを。
「ヒュァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ヘルは迫ってくる杉田の目の前で翼を広げると、天を仰ぐように咆哮を上げた。大きく広げられた翼の翼膜に虹色のラインが放射状に走り出し、ヘルを中心に冷気のフィールドが展開される。
「これは・・・・・も、もしかして!!」
ネロは目の前で起こるヘルの変貌に、目を輝かせ始めた。あらゆる知識を網羅するネロがここまで興奮すると言うことは、相当なことである。
「でやぁああああああああああああああああああ!!」
そして叫びながら杉田はヘルに肉薄し、「聖剣アスカロン」を突き立てんと跳び上がると、
次の瞬間、その場に高く打ち上げられていた。
「ガッ・・・・!?」
杉田はなんと熊が鮭を捕るように下からかちあげられていた。痛みと衝撃を感じている間に、既に放り出されていたのだ。予備動作すら認識できなかった。
さらにそれだけではない。ヘルはそのままかちあげた杉田を左右から何度も殴り倒しのだ。ドパドパドパパァン!!と、杉田の体がゴムボールのように空中を左右に行き来する。本来ならば勢い余って足場の外に吹き飛ばされるのだが、ヘルはそれを上回る速さで反対側から殴りつける。趣味の悪いお手玉だ。さらにそこにすさまじい勢いでヘルがビシャァン!!とはたき落とし、
「コァアアアアアアアアアアアアッ!!」
間髪入れずにすさまじい威力のブレスを吐き出された。
「ギャァアアアアアアアアアアアッ!?」
ドラゴンのブレスさえまともに食らったところで屁とも思わなかった杉田が、ここへ来て着実にダメージを負っている。24274あったHPが、すさまじい勢いで削り取られていく。
「が・・・・・・ぐ・・・・・・・」
状態異常など全く通さないはずの「状態異常無効」。あらゆる攻撃を無効化する「絶対防御」。これらのスキルが、まるで役に立たなかった。想像を絶する濃度のブレスは杉田の体力を容赦なく貪り、パキパキと凍てつかせた。
「ネロさん、今が起こって居るんですか?!」
「あれは・・・・・・“女王の館”だ!!」
マナの疑問に、ネロは興奮しきった様子で答えた。
「ヘルは“時を凍らせる龍”と言われているけど、それ以外にも実態のないもの・・・・“概念”にも作用するんだ!!“物体の動き”、“思考速度”、そういったものにさえ氷獄龍の力は作用するんだ!! “翼が玉虫色に輝くとき、世界はヘルを中心に回る”なんて言い伝えがあったけど・・・・まさか本当だったなんて!!」
「え、ええと・・・・・・・」
目の前で起きたことに夢中になり、ネロはマナを置いてけぼりにしている。それだけ、この光景が非常に貴重なものなのだろう。
「グルルルル・・・・・・・」
「(コイツ、何者だ・・・・・?)」
杉田は体得したスキルのうちの一つ「測定」で目の前のモンスターを調べた。大抵のモンスターであれば弱点まで見抜くことができるが・・・・・・・
ヘル
別名:氷獄龍、冥府の女王、時を凍らせる龍
種族:UNKNOWN
Lv.?(UNKNOWN)
HP: UNKNOWN
MP: UNKNOWN
攻撃:UNKNOWN
防御:UNKNOWN
知力:UNKNOWN
精神:UNKNOWN
敏捷:UNKNOWN
幸運:UNKNOWN
備考
最難関ダンジョンの「冥府の陸海淵」の主にして、世界最強の種族「UNKNOWN」の一体。その圧倒的すぎる氷属性魔力は概念にさえ作用し、文字通り「時を凍らせる」ことさえ可能である。そしてその能力に頼らずとも、本体の圧倒的な機動力はベテランの冒険者でさえ不可能と言われている。
又、四足歩行を可能とするモンスターとしては珍しく前足が非常に発達しており、主に上半身の骨格を自らの意志で組み替え、高機動力に特化した「四足モード」と肉弾戦による圧倒的な手数を生み出す「二足モード」を自在に使い分けることができる。
「・・・・・・・・・・・・・・・・?!」
ドッ!と、杉田は嫌な汗が噴き出すのを自覚した。まともに表示されない「ステータス」と種族。そしてヘルの持つ「特殊能力」。特に「特殊能力」は超常的な「時を凍らせる力」だという。この記述を信じるのであれば、この龍の不自然なほどの速さにも納得がいく。
勝ち目がない。単純にそう思ってしまった。
「コァアアアア!!」
「う、うおおおおおおおおおお!!」
杉田は国を追い出される直前、もっと言えば魔王を目指す道中の終盤当たりから、まともに攻撃を避けなくなっていた。あまりのステータスの高さに、まともにダメージを与える者が存在しなかったからだ。そしてここに来て、ようやくまともな生命の危機を感じるようになっていた。
「(嘘だろ・・・・・・・・これだけ・・・・・・これだけ鍛えて・・・・まだ上が居るのか?!)」
心の中では「自分こそ世界最強だ」と無意識に信じ込んできた。ギルドに追われ、「冥府の陸海淵」の深淵で復讐の機会をうかがっていた。そのために、ダンジョンを何度も周回して、レベルアップし続けてきた。努力しすぎた、と感じるほどに。しかしその青年が「世界最強」を名乗るには、あまりにも早すぎた。
「ぎゃああああああああああ!!俺の腕がぁああああああああああ!!」
ぶしゃぁあああああああああああ!!と大量の血が噴き出す右肩を杉田は抑えた。ヘルは飛びつくように杉田の右肩に食らいついてきた。ぶちん、とあまりにも簡素で、チープな音が鳴る。ヘルはゴリ・・・ゴリ・・・と食いちぎった右腕を咀嚼しながら哀れな杉田を見据える。いつの間にか四足歩行に形態変化をしていたヘルの口蓋から垂れ下がった右腕は、未練がましく聖剣アスカロンを握ったままでいる。
「・・・・・・・・・・・・」
「はぁ・・・・・はぁ・・・・・ひい・・・・・」
生物としての格に違いを見せつけられた杉田は、もはや恐れおののいていた。すっかり立ち上がる気力さえ失い、呆然とヘルを見上げている。
「何でだよ・・・・・俺はただ・・・・・復讐したかっただけなのに・・・・」
怯えた様子の杉田に対し、
『私はお前のそんな魂胆など、知ったことじゃあない』
と、答えた。
「・・・・・・・・!!話が通じるのならば」
『もうやめてくれ、ってか?』
言葉が通じるとわかり、縋り付くように叫ぶ杉田。しかしつまらなそうにヘルは首をゆっくりと回す。まだ全力はおろか、余興さえも始まっていないかのように。
『そいつはできない相談だな。無抵抗なゴブリン共の巣を焼き払ったのは、どこの誰だ?』
「!?な、なぜそれを・・・・・・!?」
『ハルピュイアの森に立ち入って、レベル上げのために皆殺しにしたのは、どこの何奴だ?』
「そ、それは・・・・!!」
杉田は自分がしでかしてきた事を見透かされ狼狽する。自身が置かれている立場を重ね合わせて、ようやく自分がしてきたことを理解した。
「だ、だが!お前に直接は危害を加えちゃいないだろう?!なのに何でお前はここに居るんだ?!」
『・・・・・・・・下に落ちてきたガキに、頼まれたのさ』
ペッ、とヘルは食いちぎられてズタズタになった杉田の右腕を吐き捨てた。骸珊瑚の足場に叩きつけられて、ようやく握っていた聖剣アスカロンを手放した。
『自分が死にかかっているにもかかわらず、自分の仲間に危害を加えている奴がいると。そいつをどうにかしてほしい、とな。この惨状を見れば、こいつらが躍起になってでもお前を倒したがるのも納得がいった。私も、私の住処を荒らされたくはないのでな』
そう語りながら、ヘルは杉田を咥える。今度は胴体をしっかりと捉え、逃げ出さないように牙を食い込ませる。
『お前は“俺たちが何をしたって言うんだ!!”と、そこの少女に問うたな?それは簡単な話だ』
「やめろ・・・・・やめてくれ・・・・・もう、これ以上は・・・・・・」
命の危機を感じ取った杉田は必死に命乞いを始める。そんな彼のことなどお構いなしに、
『オマエらはこの世界で暴れすぎなんだよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
「コァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
杉田を咥えたまま、ゼロ距離の氷結ブレスを炸裂させた。
「ギャァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
始めは杉田に阻まれて、氷属性魔力がヘルの牙の間からあふれ出す。それはあらゆるモンスターのブレスをも通さなかった彼の肉体を、確実に凍てつかせていく。
「ギ・・・・・・・ガ・・・・・・・・・・ァ・・・・・・・」
やがて断末魔が聞こえなくなってくると、魔力の奔流が徐々に杉田の肉体を覆っていき、ついにブレスの威力に負けてバキィン!!と砕け、粉々に消し飛んだ。
「きゃっ?!」
マナを閉じ込めていた岩石の檻が、杉田が砕け散ったのを合図に、バガァン!!と砕けた。檻の主が息絶えたことで、魔力で形作られた岩石が崩壊したのだ。岩石に絡め取られた形になっていたマナは、短く悲鳴を上げて骸珊瑚の足場に倒れ込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・」
ドチャッ・・・・・ドチャッ・・・・と足音を立てながら、ヘルはマナを見下ろしつつ彼女に近づいてきた。
「あ・・・・・・・あなたは・・・・・なぜ・・・・・」
『“ドラゴンなのに自分たちを助けたのか”。そう問いたいんだろう?』
口を開こうとしたマナの言葉を先回りするように、ヘルは語りかける。まるで彼女の考えを_____否、「彼女が言おうとしていること」を見透かしているかのようだった。
『簡単な話さ。コイツのように異世界から来た者は、なぜだか知らないが“ドラゴン程度、己の実力を発揮すれば簡単に討伐できる”などと思い込んでいるようなのだ。まるで“異世界でならば自分の知らない才能が開花する”などと夢見ているようにな。私自身、それが気にくわなかった。ただそれだけのことだ。・・・・・・・・・・・本来の自分の世界から離れないと発揮されない才能など、無いも同じなのだがな』
ヘルはバサリと翼を広げると、バフォオ!!と辺りに冷気を振りまきながら飛び上がった。
『私の住処に落ちてきた少年・・・・・・彼のことを、どうにも他人事には思えなくてな。まあ龍の気まぐれという奴だ。_________彼ならまだ生きている。すぐに迎えに行くがいい』
そしてその龍は翻ると、突如バキィッ!!と空間に入った巨大な亀裂に飛び込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・え?」
「なっ・・・・・・・・・・・?!」
次から次へと起こる超常的な現象に、ネロもマナも目を奪われ続けていた。ヘルが飛び込んだ亀裂がパキパキパキ・・・・・・と元に戻っても、しばし呆けたまま虚空を見つめていた。
「あっ、シロちゃん!!」
マナの視界の端で目覚めたシロがくぁ~っとあくびをした。それを認識したマナは、ようやく意識を現実に戻すことができた。マナが駆け寄ると、シロはペロペロと顔を舐め始めた。
「良かった・・・・・・シロちゃんが、無事で・・・・・」
「すごいな・・・・・転生者を相手にして、よく無事で・・・・・」
一時は意識を失うほどのダメージを負ったが、シロは五体満足で帰ってきた。原形もとどめないレベルにまで痛めつけられるのだが、シロはモンスターでありながら奇跡的に戻ってくることができたのだ。
「そうだ・・・・トーヤさん!!」
「ガル!!」
思い出したようにマナは掛けだし、彼女を先導するようにシロが走り出す。世界で最も危険なダンジョンは、今やただの閑静な谷だ。身を引き裂くような寒さは立ちこめるものの、少女一人が歩き回っても差し支えないほどになっていた。
ただし、モンスターが全滅していることを考えると、「平和」などとは決して言えなかった。
「・・・・・・・・・・・・」
暗闇に走って行く彼女らの後ろ姿を、ネロは心中穏やかではない面持ちで見送っていた。
シロは過去に、秋山利人の作り出した建造物の壁をいとも簡単に崩して見せた。「転生者の加護」が働く建造物の壁を、だ。そんな真似は並大抵のモンスターでは到底できない。今回も、あの「杉田努」を相手にして、それでも生き延びることができたのだ。この「冥府の陸海淵」の地底に広がるこの無残な光景を考えると、彼がドレッドファングにもかかわらず生還できたことが、ネロには不可解でたまらない。
否。
「(本当に・・・・・・・・・・・)」
シロはドレッドファングにはない「ライン状に生えそろった白い体毛」がある。全身が漆黒のドレッドファングにも見られない特徴だ。しかも模様になっている以上、アルビノとも言うことはできない。
そしてネロは知らないが、シロはあの杉田を怯えさせる咆哮を放ったのだ。たとえそれは一瞬とは言え、タツモドキですら成し得なかった功績だ。
「(本当に・・・・・・・・・・ドレッドファングなのか?)」
ネロは疑問に思いながら、通信端末を手に取った。第三層で待機する仲間に、救援要請するために。




