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木も、地面も、人も、建物も、空さえもない、真っ白な空間。トーヤは気づけば、そこに立っていた。
「ここは・・・・・・・どこだ?」
自分は確か、冥府の陸海淵の第八層で戦っていた。杉田の放った斬撃を受けそうになったマナをかばって・・・・・・・・・
「(・・・・・・・・あのとき、なんで俺はマナをかばったんだ?)」
単純に、仲間が襲われていたからかもしれない。トーヤは自己犠牲的な部分が強い。何しろ、自分の名前を捨ててまで、こちらの世界で生活すると決めた男だ。
だがあのとき、気づいたら自分は彼女を突き飛ばしていた。考えるよりも先に、体が動いていたのだ。跳躍のために魔力を回し、斬撃のダメージを殺すことなく、一身に受けてしまったのだ。
「まあいい。問題はここがどこだか、だが・・・・・・」
トーヤは辺りを見回すと、白いローブに身を包んだ女性が立っていた。真っ白な翼を生やし、金の茨の冠を頭に載せた女性は、にこやかな表情でトーヤを見つめていた。
「・・・・・・・あんたを見る限り、ここはあの世でいいんだな?」
『・・・・・・・・・・正確には、あの世とこの世の間に存在する“狭間の世界”ですが』
女性はそう答えると、トーヤの前で手を広げた。
『トーヤ。・・・・・あなたは死んでしまいました』
「・・・・・・・・・・・・・!」
女性は残念そうな声色で、トーヤに語りかけ始めた。トーヤは衝撃の一言に、目を見開く。
『私は見ていました。あなたはツトムと真っ向から戦い、少女をかばい、そしてその弾みで地の底へと落ちてしまいました。あなたはその寒さに耐えきれず、凍え死んでしまったのです』
「そう、か・・・・・・・・・・・・・」
トーヤは視線とともに声を落とした。
『まあ。そう気を落とさずに。これからあなたは次の世界へ旅立つのですから』
「次の世界に旅立つ・・・・・?」
『ええ。そうですとも』
女性は首肯する。
『ご安心ください。あなたは次の世界に旅だって、これまでに培ってきた経験を存分に生かせば、きっとご活躍できます。さすれば___________』
と、女性がこれから起こることを口にしていた、その時だった。
シャリン・・・・・・と、腰に差していた剣を抜き、彼女の首元に突きつけた。
『・・・・・・・・・ッ!?』
トーヤの突然の行動に、女性は思わず身構える。
「成る程な。要するにアンタが原因だったって訳か」
トーヤは険しい表情で彼女に詰め寄る。
「俺が死んだ経緯を知っているって事は、俺がどんな活動をしていたかも知っているって事だろう?よくヌケヌケと前に出られたな。・・・・・・・・・さあ、吐け!!なぜ、向こうの世界に・・・・・・転生者を節操なく送るんだ!!」
『?!』
元々トーヤが「転生者殺し」で活動していたのは、転生者に向こうの世界を荒らされている現状に我慢ならなかったためでもある。そしてそれ以上に、その中でも懸命に抗う彼らに、自分を受け入れてくれたからだ。
そして、そんな転生者をこちらの世界に回している張本人が、目の前に来ているのだ。いくら死んでいるとは言え、その原因を絶つまたとないチャンスなのだ。
『そ、それはあなたの世界の方々が呼ぶからでしょう?!なぜ、私が責められるのです?!』
「別の世界からやってくる奴らに、妙な仕掛けを施しているのはお前だろう。まともに扱えやしないのに過剰な魔力だけを持たされた奴、数値だけで評価されまともな人脈を絶たれた奴、私利私欲に忠実な性分を助長する能力を与えられた奴・・・・・・こんな奴らを量産しているのはお前だろう?」
剣を突きつけたまま、トーヤは彼女を問い詰める。
「違うなどとは言わせないぞ。お前の発言を聞く限り、転生者共はお前の元を必ず訪れている。お前の元で次の転生先を決められ、チートだかトートバッグだか訳わからねぇモン持たされていることになるんだからな」
『・・・・・・・・・・・・・・』
「・・・・・・・・・・・・・・」
女性は・・・・・・否、エリスは険しい表情でトーヤを見据えている。今、この場に流れている沈黙が、トーヤの推理の回答を物語っている。両者の間にただならぬ緊張と険悪な雰囲気が漂う。
しかし、表情こそ崩さないものの、自分で自分の言った言葉に違和感を持っていた。
「(なんだ・・・・・・・・・?何かがおかしいぞ・・・・?)」
この場に漂う緊張感と、この正体不明なわだかまりに対する不安とともに、トーヤは生唾を飲んだ。なんだか根本的なことを忘れているような、そんなわだかまりが残っていた。
「・・・・・・・・どうだ。お前自身、なぜそんな奴らばかり向こうの世界にやってこさせるんだ」
トーヤはこれらの不安をかき消すように、再びエリスに問いかけた。
『何なんですか・・・・・・・・・!?』
やがて、エリスは肩をふるわせながら口を開いた。怒りに眉間にしわを寄せる彼女は、
『私はただ、“持たざるものが成り上がる様を見たいだけ”なのに、なんであなたたちは邪魔をするんですか?!』
と、彼女自身の願望を口にした。
「・・・・・・・・・・は?」
トーヤは、彼女の回答に理解が及ばなかった。思わず呆けたような声を漏らしてしまう。
「持たざるものが・・・・・・成り上がる・・・・・?」
『ええ!そうですよ!!』
エリスは目を輝かせながら、その彼女の思い描くものを語り出す。
『だって、面白いじゃないですか!!才能無き人間が才能を手にして、彼らの見知らぬ地で強敵達をバッタバッタとなぎ倒し、やがては一つの組織の王となる・・・・・そんな素晴らしい“人生”を拝めるのですよ?!きっと私でも見たことのないような“人生”が繰り広げられることでしょう!!』
「・・・・・・・・・・・・・・ッ!!」
トーヤは彼女の言葉に、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。そんな彼の目の前で頬に手を当て、喜々として語るエリス。誰しもが崇め讃える、女神。そのはずなのだ。だが、そんな女神は自身の欲望のままに人命をもてあそんでいたのだ。まさに、吐き気を催す。
『・・・・・・・・・・なのに』
「なっ・・・・・・・しまっ!?」
エリスがか細い指の間からにらみつけると、トーヤの足下に禍々しい魔法陣が浮かび上がった。その魔法陣は赤黒く輝き、メラメラと禍々しい炎が迸る。
『そんな私の趣味を邪魔するあなたは、地獄に落ちてもらいます。本当はもっと穏やかにお見送りしたかったのですが・・・・・・しかたがないですよね』
女神の機嫌を損ねた者は、地獄に落ちるというのか。自分たちの住む世界が荒らされ、それに抗うこと。それが気にくわないというのだ。
『さあ、地獄の業火に焼かれなさい』
「く・・・・・・くそっ!!」
ボボボボッ!!と獄炎が燃え上がると、トーヤを包み込んだ。幸い熱や痛みは感じないが、これから自分がどうなるのか、想像に難くない。
「(まだ・・・・・・俺はまだ、やることが・・・・・・・ッ!!)」
自分の存在を認め、受け入れてくれた「転生者殺し」の面々。その執行部隊隊長となった今でも、その恩に報い切れて居ないと思っている。だから、まだここでは死ぬつもりはないのだ。しかし、それでも彼は抵抗することすら許されない。たかが一介の少年が神に逆らうなど、まさに蟷螂の斧のごとし。そういうことなのだろう。
そして、このまま地獄に送られるのか、と思考を巡らせたそのとき。
パキィイイイイイイイン!!と、魔法陣ごと炎が凍らされた。
「________________」
氷結に巻き込まれたトーヤは燃え上がる炎ごと閉じ込められ、氷像と化していた。
『まーたエリス、君か・・・・・・いい加減にしたらどうだい?』
バキバキバキ・・・・と空間を割って現れたのは、ヨルムンガンドだ。漆黒のワンピースに身を包んだ少女は、甲殻の隙間から紫の光を覗かせるツインテールをたなびかせる。そして前回エリスの元に現れたときと異なるのは、彼女の隣に2メートルはあろうかという長身の女性も居るということだ。
『私だっていい加減飽き飽きしているんだ。向こうの世界の奴らに通過儀礼のごとく、さも蟻を踏み潰すように打ち倒せるだなんて思い上がられるのは。大体、お前だって感じてはいるんだろう?あの世界に生じ始めている“歪み”を』
彼女はドレスのような、鎧のような氷を纏っており、腰はおろか膝裏まで届くような長髪を持っている。その髪はまるで氷でできているかのように_____否、本当に氷でできたそれは煌めいている。背中には翼が生え、細長い尻尾も持っている。特に翼は翼膜の部分がうっすらと虹色に光を反射しており、美しく輝いていた。そしてその端正な顔立ちの目つきは鋭く、氷のような冷たさを感じさせる。
『本来あの世界に居るはずのない人間が、かつて無いほど訪れている。それも個々の持つ力を持て余し、あの世界の秩序に甚大な損害を与えているんだ。言ってしまえば、あの世界にとって転生者は、“異物”でしかないんだ。そんな“異物”が一つの世界に存在するだけでその世界そのものに負担がかかる。それを際限なくあの世界に招き入れ続ければ、あの世界そのものの存在すら不安定になる・・・・・・・・・・つまり、世界の崩壊だな』
その女性は、凍えるようなまなざしでエリスをにらみつけ、彼女にこう告げる。
『お前のそのくだらない余興のために、世界を一つ潰すつもりか?特にこの世界についてはお前のホームグラウンドでもあるんだがな』
『だったら、作り直せばいいでしょう?』
女性の厳しい忠告に、しかしエリスは首をかしげた。
『だって、いつか物は壊れちゃうもの。壊れたり、朽ちたりしない物なんて無いでしょう?だったら、作り直せばいいだけの話じゃないですか。そうすれば、また新しい“人生”が______』
『成る程。大体解ったよ』
うんざりしたように。ヨルムンガンドは口を挟んだ。
『前々から解ってたけど、やっぱり君とは相容れない。生命一つ一つが物語を作る手駒ってか。君を崇拝する教団の者達は、この本性を知ったらどう思うのか、楽しみではあるけどね』
『でも、それには行動を起こすには遅すぎるじゃないですか?特にあなた、その子にお願いされるまで身動き一つしなかったじゃないですか。そんな体たらくで、よくそんなことを言えましたね?』
エリスはドレスのような、鎧の様な氷を纏う女性を指さした。そんな彼女は、しかし不敵に笑って見せた。
『ハッ、逆だな。今だからこそ、動いたんだ』
女性は氷に閉じ込められたトーヤを、まるで水の中に落ちた物を抱え上げるような感覚で引きずり出した。固体であるにもかかわらず氷が流動し、彼女と彼女に引かれるトーヤの動きにつられるようにうごめく。
『あの世界にはびこる正体不明の“システム”。そいつを受け入れないこの“転生者”が現れたからこそ、そしてコイツが向こうの世界のために動いているからこそ、私は動いたんだ。お前に・・・・・お前達に抗うコイツがな』
『応えになっていませんよ。彼がそういう働きをしているのは、あなたも把握して居たはず。大体、その子が転生者だなんて、私は_____』
『私は頼まれない限り動かないタチなんでな。やっぱりいくら本人にそういう気持ちがあっても、そいつの意図を勝手に読み取って動くんじゃ、それこそ“ご都合主義”だろう?』
女性はトーヤを小脇に抱えた。トーヤは意識を失い、ぐったりと頭を垂れ、四肢を投げ出している。
『じゃあ、行こうか』
ヨルムンガンドが合図を出すと、彼女らが出てきた亀裂バリバリバリ・・・・と更に広がった。彼女たちはきびすを返し、その亀裂の中の亜空間へと歩を進める。
『待ちなさい!!その子供は、私が___________』
『そうはいかないな』
女性は亀裂に飲み込まれる最中、肩越しにエリスを見やり、こう告げた。
『コイツは私の“冥府”にやってきた奴だ。自分の住処に来た奴ぐらいは、自分で面倒を見るのは当然だろう?』
向こうの世界では「氷獄龍」と呼ばれている彼女______ヘルは、生死の境をさまよっていたトーヤの魂を抱え、もう一度あの世界に連れ戻しに来たのだ。生きとし生けるものを弄ぶ、「女神」という名の悪魔と全面的に抗うために。




