7-6
異世界の中学校で、一クラスの生徒と教師が行方不明になった事件が勃発してから1年後。その少年が異世界を訪れてから、その世界では劇的な変化が訪れていた。
「畜生・・・・・ッ!!俺は・・・・・なんでこんなガキに・・・・・ッ!?」
どこかの街のコロシアム。その会場で、事件は起こっていた。格闘家の装いをした男は、切り落とされた腕を押さえ、冷や汗をかいてうずくまっている。
「・・・・・・・・・・あんたは確かに“ダルス・エグザクティル”という名の“格闘家”だ。世界大会にも優勝しているし、名誉ファイターにランクインしていることも把握している。だが・・・・・・」
ダルスと呼ばれた男の正面に立ち塞がるその少年は、一枚の紙を見せた。
「あんたが“最上剛”という“転生者”だって事はすでに把握している。“転生システム”を使ってまでいろんな業界を荒らし回って、楽しいか?」
「!!」
少年が持っていた紙には、黒髪の東洋人の少年が映っている。この少年こそが「最上剛」という名の転生者で、ダルスの正体______否、「前世」に当たる。
少年の言っていた「転生システム」とは、簡単に言ってしまえば「自身が現存する同じ世界に転生し、前世の記憶と能力を引き継いだ状態で別の人間に成り代わる」というシステムだ。その本質は「転生者の召喚」と全く同じなのだが、異なるのは「神々の世界という名のフィルターを通さない」がために、非常に高度な魔法を必要としかつ莫大な魔力を消費するという点だ。これらを全て自分で用意しなければならないため、「異世界召喚魔法」と異なり気軽には仕えないものとなっている。
そして、それだけの事をなしえる人物と魔力の波形が一致したことが、今回の件の全貌となっている。
「“最上剛”。コイツ自身はずいぶん前にこちらの世界に来ていたようだが、“職業としての魔王”になって“魔導師界”の頂点を極めていた。しかし奴はそれだけで飽き足らず、この“転生システム”を使って別の人物へと“転生”、“格闘家界”の頂点を極めんと動き出したわけだ。・・・・・だが」
といって、少年は辺りを見回す。髪が伸び放題になり、顔を半分隠すほど長い前髪の向こうから、冷淡な視線が周囲に向けられる。色あせたような金髪の向こう側の目には、動揺し、そして失望した観客の表情が映っている。
「この顔を見る限り、お前の強さに対して不信感を少なからず抱いていたようだな。そりゃそうだ。いい年こいたオッサンがわざわざ“冒険者養成学校”に顔出しして、大人げなく“魔王時代”の実力を存分に見せつけ、一躍有名になったと聞いているよ。・・・・・・・・この事件のおかげで、せっかく“養成学校”に入学した若い芽が半数以上冒険者を諦めたらしいが、嘘だと信じたいね」
少年は心にもない事を口に出す。若い芽だけでなく、熟練の格闘家や冒険者でさえ、その道を諦めたという報告も受けている。あまりにも行き過ぎた惨状から「彼ら」はこの男をマークしていたわけだが、「世界大会」にて三冠達成を決めたこのタイミングで殴り込みに来たのだ。
三冠達成の快挙を成し遂げた、と世が浮き足立っていた矢先のこと故か、観客は余計に足下を掬われた様な気分だろう。
「ああ。確かに俺は“最上剛”だ。“転生システム”で魔王から人生をやり直し、こうしてここに居る・・・・・・だが、理解できねえ!!なんで俺は、お前なんかに負けるんだ!!」
上述のとおり「転生システム」では記憶や能力も引き継がれるが、これには「スキル」も当然含まれる。出生後間もない剛は自信が転生したことを確認するや否や、「急成長」のスキルで瞬く間に成人し、一ヶ月もしないうちに一人の立派な男へと成長した。その間にも彼自身の「ステータス」は成長しており、「魔王」時代とは比べものにならないぐらい強くなっていたはずだった。
そんな彼が少年に負けた理由は、至極単純だった。
「簡単だ。俺にはこの世界のあらゆる“ステータス”“スキル”“レベルアップ”といった概念が通用しないんだよ」
「は・・・・・・?」
剛は少年の言葉を聞き、思わず耳を疑った。
「たとえお前の前世が“魔王”だろうと、“成長”のスキルで一気にレベルアップしたとしても、俺には全く通用しない。前世で体得したであろう“魔法”も“格闘家”になったお前では使えないし、そもそもこうやって世界大会に出られるのも、ひとえにその馬鹿げた“ステータス”故だろうが。いくら洗練された体術だって、所詮“レベルアップ”で覚えただけだしな」
「そんな・・・・・・・・・」
非常な現実を突きつけられた剛は、絶望の表情でへたり込んだ。前世の自分の命を使ってまで「転生ボーナス」を享受し、各業界で名をあげようと画策していた願望を、突き崩されたのだ。やがて男は、悲痛な声で叫ぶ。
「そんな“能力”、“チート”じゃねぇかよ!!」
「・・・・・・・・・・・ハァ?」
剛の言葉に、その少年は目尻をつり上げ、痙攣させる。
「なんだよ!!相手の能力を一切無視する“スキル”だなんて、そんなモンぶっ壊れじゃ・・・・・・」
「スキルじゃねぇよ!!」
剛の痛切な訴えもむなしく、少年の怒号に遮られ馬乗りにされる。
「そんな前向きなモンじゃねぇんだよ!!お前みたいに“レベルアップ”はできねーし、“スキル”も覚えられない!!“職業”にも就けねぇ!!そんな状態なんだぞ!!」
少年は剣を逆手に持ち、ドスッ!!と剛を突き刺した。
「ガッ・・・・・・・・!!」
刺された剛は痛みにあえぐ。
「テメェらみてぇにのうのうと生きているわけじゃねぇんだよ!!やれ“スキル”だ、やれ“ステータス”だ、ほざきやがって!!テメェの実力で勝負しやがれ!!」
叫びながら、なおも執拗に刺し続ける。ザシュッ!!ザシュッ!!と連続して肉を貫く音がコロシアムに響き渡る。
「大体なぁ・・・・・・・」
「もう、よせ」
なおも滅多刺しにしようとする少年を、後ろから女性引き留めた。
「もう、死んでいる」
「!!」
少年は正気に戻るが、目の前の男はすでに息絶えていた。上半身を滅多刺しにされ、出血多量で生命活動を途絶えさせられた哀れな骸が転がっていた。
「・・・・・・・・・・すみません」
「精神を乱されると周りが見えなくなるのは良くない傾向だぞ。だが、まあいい・・・・・・皆、目標を回収し現場の整備を行え!!」
「「「ハッ!!」」」
コロシアムの控え室から、甲冑を纏った騎士や白衣を纏った学者が出てきて、現場検証を行い始めた。
「では、トーヤ副隊長は回収班とともに“輸送機”に乗り込め。速やかに“調査部隊”に引き渡すんだ。いいな?」
「はい、エミリア隊長」
この一年間で、その少年______トーヤ・グラシアルケイプは「執行部隊 副隊長」まで上り詰めた。
「さて、これであとは解析に回すだけだ・・・・・今回の相手はどうでした?副隊長」
「・・・・・・正直、今回は自身の“体質”に甘えすぎていた節がありますね」
トーヤは、不服そうに答えた。
「今回は“魔王をもしのぐステータスを持つ転生者”ということで頼らざるを得ませんでしたが、今後はこれが通用するとも限りませんし・・・・・」
「ははは、副隊長は相変わらずストイックですねぇ。もっと楽観的に生きましょうよ」
「ポジティブと楽観は似て非なるものです。ポジティブとは前向き、楽観はただの侮りです」
こちらの世界にきてから、早1年。トーヤはほぼ完全にこちらの世界に順応していた。最初こそ周りからは浮いて見えたが、年を経て経験を積み、知識を蓄え、そして活躍するようになってくると瞬く間に周りの目も変わった。始めはあまりにも低すぎる身体能力が目立ったが、アーサーやエミリアの指導やネロの教育のおかげで「魔力を自在に操り、体の各部位を一時的に強化して戦う」戦闘スタイルを確立してからは目に見えて戦闘力が増加した。
特に変化が大きかったのは、外見だった。トーヤ自身は東洋人なのだが、時が経つにつれて肌の色が白くなり、髪も色あせた金髪に変化したのだ。髪が伸びてきた頃、異世界の住人だった名残である黒い毛先はすでにゲイボルグの手で切られ、同時に髪も整えてもらった。トーヤ自身は髪を切られることにトラウマを持っていたのだが、女性の手で散髪される方がまだトラウマを軽減できるらしく、彼の意向と彼女たちのセンスのおかげで、すっかりこちらの世界の住人としてなじめることができた。
と。
「ところで気になって居たのですが、ここに来る道中の洞窟は、何なのでしょう」
「ここに来る道中の洞窟?」
「そんなのありましたっけ?」
トーヤの質問に対し、ほかの騎士達は首をかしげている。
「なあ、ここに来る途中、洞窟なんてあったか?」
一人の騎士が「輸送機」をのぞき込みながら問いかける。しかしながら、やはり見ていないと皆言っている。
「本当にあったのでしょうか?何かの見間違いでは・・・・・」
とトーヤに話しかける。話しかけられたトーヤは不審に思い、
「・・・・・すみませんが、付いてきてください」
と、「輸送機」を離れた。
「おい、みんな!!出発は待ってくれ!!」
トーヤに付いていこうとする騎士の一人が、仲間達に呼びかける。
「本当にあったのか?」
「いや、見ていないが・・・・・」
と、残された仲間は口々に言うが、そのうちの一人が、
「なあ。その洞窟なんだが・・・・・・本当になかったのか?」
と言い出した。
「いや、お前だって見てないよな?そんなに人が来ない場所にこれを置いてるわけだし・・・・・」
「確かにそうだが・・・・・・俺たちが見えないだけじゃないのか?例えばこう・・・・」
その騎士の言葉に、皆が聞き入る。
「“スキル”を無効化できる副隊長なら見破れる、とかな?」
「ほ、本当にあった・・・・・」
「何もないところに、洞窟が現れた・・・・・!!」
騎士達は、驚きを隠せなかった。彼らが先ほどまで見ていたのは岩肌の目立つ壁であり、一件何の違和感もなかった。しかしトーヤが壁に触れると瞬く間に消え去り、自然の洞窟が現れたのだ。元々「スキル」の通じないトーヤではあるが、どうやら彼が「スキルによる偽装」を看破すると周囲にも認識ができるようになるらしい。
そしてその洞窟の中には、明らかに人が生活していた痕跡が残っていた。木でできたテーブルと机があり、その上にはたくさんのメモが残されて居た。また、洞窟内の壁にもメモが貼り付けられている。
「な、何だこれは・・・・・・」
「このモンスターのリストとステータスは・・・・・・?」
机の上のメモを拾い上げた騎士は、その内容に困惑する。一見すれば単純なモンスターのパラメータに見えるが、「アデル(グリーンスライム)」や「アテナ(クィンホーネット)」など、モンスターの名前の前に人名が書き足されている。そして何よりも不可解なのが、同じモンスターが複数いることだ。
「・・・・・・・・・・これは?」
トーヤは、机の下に隠してあった手帳を拾い上げた。おそらくは「偽装」か何かのスキルで隠していたのだろう。
「・・・・・・・・・・『ついに、“ギガドラス”、“カザミドラ”、“ファイアードラゴン”、 “ウルバヒドラ”、“クルドヒドラ”がそろった。○月X日はフェスティバル。その日は国全体が浮かれているだろうから、攻め込むならそのときがチャンスだ。ボクの悲願が叶うそのときまで、じっくりと作戦を立てるとしよう・・・・・・』・・・・・・・・・コイツ、まさか・・・・!?」
トーヤはその内容を読み上げ、戦慄した。パラパラとページをめくり、その全貌を解き明かそうとする。
「トーヤ副隊長、こんなところで何をしているのだ!!私は“即刻調査部隊に引き渡せ”と言ったはずだ!!」
向こうで一仕事終えたと思われるエミリアが、洞窟に入ってきた。彼女の声は怒りに満ちている。
だが、
「隊長。これを見てください」
「何を・・・・・・って、何だこれは!!」
目の前の状況にエミリアの怒りは一瞬で冷め、代わりに驚きに満たされた。
「これはこの洞窟に住んでいると思われる奴の日記です」
「日記・・・・・?」
困惑する彼女の前で、トーヤは日記の一ページを読み上げる。
「『ボクがこの世界に来てから、早数ヶ月が経った。だけどボクを見捨てた奴らは誰一人ボクを探しに来てくれない。いいさ。ボクの心の穴を埋めてくれるのは、リズ達だけだ』・・・・・・」
「この世界に来てから・・・・・?ということは、“転生者”か!?」
さらに別のページをめくり、その内容を口にする。
「『どうやら、この“調奴”というスキルは“モンスターを眷属にし、自在に操るスキル”らしい。しかもそのモンスターの持つ“ステータス”や“スキル”も確認できる、素晴らしいチート能力だ。これで、ボクを見捨てた奴らを見返してやる・・・・・・・』」
「・・・・・・・!!」
エミリアはその内容に絶句した。そして、トーヤはその日記の一番始めのページを読み上げた。
「『みんな、ボクを見捨てやがった。悔しい。パーティプレイは助け合いが基本なのに、なんで誰も助けてくれないんだ。あんな奴らは、もう人間じゃない。復讐してやる。覚えてろよ。国ごとお前達を滅ぼしてやる』」
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・」」」
エミリアを含め、一同は唖然とした。自分たちの身近なところで、とんでもないものを見つけてしまったことに戦慄する。まるで、普段通っていた橋の下に、遺体が隠されていたのを見つけてしまったときのように。
「・・・・・・・・・・この内容を見るに、おそらく“転生者”の何者かがここで寝泊まりし、配下のモンスターを次々と増やしながら、自分を裏切ったと思われる仲間に復讐する機会を待っていたと思われます。そして、その本人が望んだ戦力を手にしたことで、いよいよそれが決行される・・・・・・といったところでしょう。おそらく国を巻き込んだ事件になるかと思いますが、どうしますか?隊長」
ぽかんと口を開けたエミリアに対し、トーヤは問いかける。
「・・・・・・・・決まっているだろう」
エミリアはぎり・・・・と歯を食いしばった。その頬には一筋の汗が伝う。
「至急、“緊急会議”を拠点で開くぞ!!ネロ、グーフォ、ゲイボルグ、ドミニクにも声を掛けろ!!総統の耳にも、いち早く届けろ!!」




