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ヴィジターキラー  作者: 反物質
氷河﨑凍耶「凍てつきし徒花は咲く」第四章
38/110

5-4

 ナーリャガーリ大帝国最大級の冒険者ギルド「エンデ」。その一角にある独立した建物に、少年は運び込まれていた。

「(ここは・・・・・・・・?)」

 凍耶の目が覚めると、見たことのない天井が視界に入り込んできた。次に自分が柔らかなベッドに寝かされている事に気付き、そして自分が先ほどまで何をしていたのか思考を巡らせる。

「(ああ、そうか・・・・・・・・)」

 凍耶は先ほどの自分の行いを、微かにだが思い出した。激しい憎悪の中、男の腰に差してあった剣を奪い、そして。

「(俺は・・・・・・本当に・・・・・犯罪者に・・・・・)」

 滅多刺しにしていたことを、思い起こした。

「目が覚めたようだな」

 凍耶は声のした方を向くと、そこにはタキシードの上にマントを羽織った男性が跪いて凍耶の顔をのぞき込んでいた。男性の瞳は三日月上の瞳孔が開いており、血のように赤い瞳をしていた。そしてその男性の後ろには、何人かの男女が立っていた。

「俺は対転生者特別防衛機関 総統“ローレンツ・アーサー・アイゼンベルグ”だ。お前の話はエミリアから聞いている」

 アーサーと名乗った男性の後ろで、エミリアがペコリ、とお辞儀をした。

「あんたは・・・・・・俺を元の世界に返したんじゃないのか・・・・・?」

「当初はそうするつもりだった。組織の規則として、“執行部隊の隊及び副隊長が危険だと判断した場合、その場での処理を許可する”という項目があるのだが・・・・・君の精神状態を鑑みて、いったん見送りにした」

 エミリアは深刻そうな表情で告げる。すると、アーサーの隣に銀髪の白衣を着た青年が立ち並んだ。

「ボクは調査部隊隊長”ネロ・マッシナーリオ“だよ。ごめんね。少しキミの記憶を見させてもらった。・・・・・・・本当に災難だったね」

 見るからに科学者といった青年は、眼鏡をクイッとあげて、凍耶を憐れみの目で見下ろす。

「今、キミは落ち着いているだろ?これはキミが寝ている間に“精神安定剤”を投与したからなんだ。つまり、キミはそれほどまでに追い詰められていたってことだよ」

「・・・・・・・・そう・・・・ですか」

 凍耶は起き上がり、うつむいた。凍耶が起き上がると同時に、アーサーは立ち上がり、哀れな少年を見下ろす。

「で、起きてそうそう悪いんだが、今のお前の状況を説明させてもらう。自覚はあるだろうが、お前は“殺人”を犯した。しかもお前は“転生者”で、殺人を犯した転生者はこちらの世界では処刑、つまりは“強制送還”することとなっている」

「・・・・・・・・」

 凍耶は顔を上げないまま、アーサーの言葉に耳を傾ける。

「だが、ここで厄介なことにお前が殺した相手というのは、元々我々がターゲットとしていた“茨路進”・・・・・つまり、“俺たちが討伐すべき転生者”だったってわけだ。そうなってくると、お前のやった行いってのは寧ろ“功績”になる。人殺しが功績だなんておかしな話だがな」

「・・・・・・・・・?」

 凍耶はアーサーの話している内容に、眉をひそめる。

「さらに言うと、お前の“あらゆるシステムを受け付けない体質”というのは、この件のように転生者に対し一転、抑止力となるはずだ。奴らは大抵その“システム”を以て危害を加えて回るタイプが非常に多いからな」

 というとアーサーは凍耶の正面に立ち、至極真面目な表情で告げた。




「お前を“対転生者特別防衛機関”のメンバーとして、招き入れようと思う」





「・・・・・・・・・・・!!」

 凍耶は、ここで初めて「希望」を見いだしたような気がした。向こうの世界でも、こちらの世界でも居場所をなくした彼を、唯一受け入れてくれるところ。そんなところに、ようやく巡り会えたのだ。

「もちろん、甘い話はないぞ。寧ろ“システム”の恩恵がないところで必要最低限の戦闘力は手にしてもらう。血を吐くのも生ぬるい、地獄と化すだろう。それがいやなのであれば、身を退くといい」

 アーサーは、決して懇願などしなかった。あくまでも凍耶に決定権を握らせている。今、この瞬間からの人生は彼自身で文字通り決めることとなる。

 だが・・・・・・・

「・・・・・・・・・だめだ。決められない」

 凍耶は首を横に振った。

「確かに、“転生者”が人々の恨みを買っているのを実感したし、実際あんたたちが発足しているって事は、きっとそういうことなんだと思う」

 それでも、凍耶は不信感を拭いきれなかった。

「でも、悪いけどあんたたちを信用できない。いくら“転生者”が被害をもたらしているっていっても、どんな被害をどれだけ出しているのか解らない。だから、俺はあんた達に加担できない」

 積み重なった人間不信。それが未だに、凍耶の心をむしばんでいる。たとえ目の前に希望の道が見えたとしても、それを素直に享受できないのだ。

「・・・・・・まあ、いきなり言われたとしても納得できないよな」

 というと、アーサーはネロを手招きした。ネロは手招きされると、何やら書類を持って凍耶の元に近づいてくる。その一方で、メイド服を着た耳のとがった女性がベッドに台を設置する。そしてネロはその台の上に資料を広げる。

「キミ、“グラフ”って描けるだろ?」

「あ、ああ・・・・」

 凍耶はネロに尋ねられ、困惑しながらも首を縦に振った。

「だったら、この紙にこれらの資料の数字をグラフにしてほしい。この世界には広まってないものだけど、キミなら描けるでしょ」

「・・・・・・・・・・」

 何やら釈然としないが、それでも凍耶は作図に取りかかる。手元にある資料は「ギルドの年間ごと転生者の在籍数」「ギルドに加入している冒険者数」「各国で発生した紛争・戦争の数」など、様々だった。凍耶はその資料に書かれた数字を頼りに、座標に点を打ち、それを線で結んでいく。折れ線グラフを引いていくうちに、凍耶はある事に気づいた。

「これって・・・・・・?」

「気づいたようだね。とりあえず最後までやってみて」

 ネロに促されるまま、凍耶は点を打ち線を引き続けた。そして最後の点に線をつなげて、完成したグラフを眺めた。

「これは・・・・・・転生者が急増した年から、急激に変化が起きている?!」

 グラフの「加盟冒険者数」や「冒険者志望数」などプラスな要素だと判断できるグラフは右肩下がりになっており、逆にマイナス要素であろう「紛争・戦争の発生件数」や「国家の滅亡数」は右肩上がりになっている。つまり・・・・・・・

「もうおわかりだろう。“転生者が増えるごとに冒険者が辞めていき、争いが起こっている”んだ。これはギルドが把握して居る人数だから、実際はもっと多いだろうね。こんな風にデータがあると、一目瞭然だろう?」

「・・・・・・・・!?」

 ネロはそう言いながら、一枚の写真を見せた。遠近感がおかしいのか、と思えるぐらいのクレータが森の中にできており、その中で大量のモンスターが死んでいる写真だ。凍耶はこの上なくショッキングな光景に戦慄する。

「・・・・・・・・こんな奴が向こうの世界から節操もなくやってくるんだ。そんなり理不尽な“暴力”に晒される私たちは、たまったものじゃない。・・・・だからこそ、私たちがいるのだ!」

 憤りながらエミリアが拳を握る。その目には怒りが浮かび上がっている。

「いいか?私たちは今、“戦力”を求めている!!そのためには藁にもすがる思いだ!!どうか・・・・どうか君の力を貸してくれないか!?」

「・・・・・・・・・・・!!」

 エミリアの力強い言葉には、向こうの世界には感じなかった「意志」が、「決意」がある。

「実際、お前も感じていたはずだ。この世界の“異世界の英雄”の伝説には、闇がある。その最たる例が、お前が町の人間から受けた暴行だ」

 向こうの世界でも恵まれなかった凍耶は、少なからず危害を加えられた。その真意こそ定かではなかったが、いずれも自己満足のためだった。だが、凍耶が召喚されたあの町で受けた暴行は、明確に「転生者への憎悪」が向けられていた。きっと彼らは、凍耶が感じた以上に痛い思いをしたのだろう。

 どちらにしろ、彼らに付いていく以外の生きる道は残されて居なかった。こちらの世界に呼ばれた以上、何かを成し遂げることはしなければならないし、何よりもあの世界に戻るのはいやだった。

「解った。俺は・・・・・・いや、あなたたちに付いていきます」

 おお、とアーサーの後ろに控えていた人が感嘆の声を上げた。きっと彼らは凍耶が入ることを望んでいたのだろう。凍耶が生きていて、初めて寄せられた期待。凍耶はそれを無下にはしたくなかった。

「成る程、それはありがたい。では“氷河﨑凍耶”。お前を対転生者特別防衛機関に__________」

 アーサーが言いかけた言葉を、

「いや、待ってください」

 と、凍耶は遮った。

「何か、不服なところがあるのか?」

「いいえ。ただ・・・・・・“名前”についてですが・・・・・」

「名前?どういうことだい?」

 凍耶の言葉に、皆が眉をひそめる。

「俺があなたたちの組織に入って戦う以上、俺はこの世界の人間になる必要があります。向こうの世界の名前は、この世界にはいらない」

「・・・・・・・そんなことをいう奴は初めてだな」

 凍耶が「対転生者特別防衛機関」に加入するということは、すなわちこの世界の住人になることと同義だ。そして、その肝心な「名前」が向こうの世界のままでは、「帰化した」とは言えない。やるからには徹底的に。ほかの「転生者」とは同じにならないように。

 心残りなのは凍耶の両親の墓参りに、もう二度と行けないということだ。

「(母さん・・・・父さん・・・・・ご免。俺は・・・・・)」

 凍耶はベッドに正座すると、手を付き、頭を下げた。







「俺は“トーヤ・グラシアルケイプ”として、あなたたちの元で戦います。・・・・・・・・よろしくお願いします」







 母親がくれた「凍耶」という名前は生かしたまま、自身の母親の姓を「こちらの世界風に」変えてみたもの。偽りの名だとしても、凍耶・・・・・否、トーヤはこの名を名乗ることにした。

 そして、彼の文字通りの「第二の人生」は、ここから始まった。


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