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「やめて!!お母さんにそんなことしないで!!」
黒髪の色白の少年は、痛切に叫んだ。少年の髪は不揃いに切られていて、ほぼ地肌が見えているレベルまで薄くなっていた。
彼の目の前で義父は、母親の首を絞めている。
「ア・・・・・・・ガァ・・・・・・・・」
ガクガクと痙攣しながら、母親は泡を吹いている。そんな彼女の首を絞めているのは、丸刈りの大男だ。
「ウウウウ・・・・・グァアアアアアアア!!」
まるで獣のようなうなり声を上げて、男は憎しみを込めて彼女の気道を塞いでいる。
「アガ・・・・・・・・ヴァ・・・・・・・・」
「やだ!!いやだ!!いやだいやだいやだいやだいやだ!!」
少年は大粒の涙を流し、喉が潰れんばかりに泣き叫んだ。
「母さんを殺さないで!!」
「・・・・・・・・・・・・・っ!!」
どこかの保護施設のベッドで、少年は飛び起きた。まだ夜中の2時で、子供が起きるにはまだ早い時間帯だ。
「(また・・・・・・あの夢だ・・・・・・・)」
彼の名前は「氷河﨑凍耶」。彼の人生は壮絶そのものだ。
彼は元々両親との三人暮らしで、決して豊かではないものの、幸せな日々を過ごしていた。だが、父親が交通事故で亡くなってしまい、幸せは崩壊してしまったのだ。父親が主な生活費を稼いでいたため、これからの暮らしが難しくなってしまったのだ。母親である冬香が働くという手段も無くはなかったが、彼女は生まれつきからだが弱く、長時間の勤務さえ難しかった。そこで「炎堂熱志」という男と再婚したのだが、その男は自己中心的な性格で、傍若無人に振る舞った。
やがて、彼の義父に「男が髪なんか伸ばしてんじゃねぇ!!」と怒鳴られながら無理矢理髪を刈り取られた。当時まだ凍耶はさほど伸ばしていたわけではなく、せいぜいほかの同級生がしているようなぐらいの長さだった。だがそいつはそれさえもよしとせず、いたいけな少年の髪を刈り上げてしまったのだ。この蛮行に怒りを見せた母親と口論になり、そして______というわけだ。
不幸中の幸いに、凍耶の異常な叫び声を聞きつけた近隣の住民がすぐに110番を駆けたことで、炎堂は現行犯逮捕となった。しかし、彼と血のつながった両親はもうこの世にはおらず、保護施設で暮らすこととなったのだ。正真正銘の、天涯孤独だ。
「うなされてたみたいだけど、大丈夫?」
様子を見に来た職員が、凍耶を気遣う。数週間前から世話になっている女性で、非常に評判のいい職員だと聞いている。
「はい・・・・・・大丈夫です」
「そう・・・・・でも、無理しちゃだめよ」
「・・・・・・・はい」
しかし、そんな彼女でも彼の心を開くのは容易ではなかった。否、不可能だった。第二次性徴期にさしかかる少年に焼き付けられた、凄惨な出来事。あまりにも残酷な現実は、少年の心にに深く長い影を落とした。
「早く寝るのよ」
そんな彼の心情を察してか、彼女は下手につきまとったりはしない。最悪の場合、彼の心の傷に触れてしまうかもしれないからだ。パタン、と扉を閉めたのを確認した凍耶は、部屋にある本棚を見た。
「(・・・・・・・・寝るのが、怖いな)」
先ほどの悪夢を見るかもしれない。いや、見るだろうと考えた凍耶は、本棚に立ててある本を一冊手に取った。背表紙には「数学」と書かれている。
どうせ夜は長い。暇つぶしになるような本もない。だったら勉強しよう。凍耶は陽が昇り、学校に行く時間まで、二次関数や素因数分解などの問題を解き続けた。心奪われる物がなくなった世界で、唯一没頭できる物だった。




