Chapter4:ぼくらはころしや③
「あー横島警部か」
「知り合いなのか?」
和久田は目を細める。
「仲良いよ。でもさっき言ったとおり依頼なら関係ないからさ」
平然とした様子で黒川は書類に書き加えていく。
横島警部を殺してくれという依頼に驚きはない。知り合いの殺しを依頼されるのは少なくないからだ。以前には殺し屋屋の殺し屋を殺してくれという依頼もあった。勿論黒川は迷わずに殺した。仕事と呼び出して背後からナイフで一刺しだ。自分の身内ですら黒川は当たり前の様に躊躇わない。
僕にはむしろ、横島がこの連続殺人事件の解明に一役買っていたことの方が驚きだった。最近店にやってこなかったのは彼なりに警官の仕事に勤しんでいたからということだろう。
「殺し方はどうする? バラバラ?」
「必ず殺してもらえんならどんな殺し方でもいい」
和久田は先ほどの封筒をデスクの上に滑らせた。
「500万ある。これだけあれば足りるか?」
「足りるも何も……これだけあれば十分だよ」
封筒から1万円札を10枚だけ抜いて黒川は封筒を戻す。なんら厚みの変わらなかった封筒は滑らせたままの和久田の手にすぽりと収まった。
「たったの10万円?」
「安い、早い、上手いがうちの売りだから! まあ、今回は相手が相手だから少し高めだけど。それでも個人で雇うよりははるかに安い! うちの殺し屋は質がいいしね。ああ、そうそう料金は前払いで平気? 一応後払いもできるけど」
「後払いだと何が違うんだ?」
「必ず殺す保証はできない」
「なら前払いだ。確実性を優先してくれ」
「はいよ。ああ、殺すのは僕がやっていい? 横島警部は友達だからさ。勿論結果は保証するよ」
「任せるよ。それにしても嬉しい誤算だな。浮いたお金で新しい道具が買える。今度は業務用の大きな機械でも買おうと思ってたところでよ」
嬉しそうに和久田は笑う。指先がぺろぺろと札束を舐めていた。
道具、が意味するところはきっとデスクの上に広がっているものと同じだろう。業務用とは精肉用か工芸用か日曜大工用か。いずれにしろ人に使えば簡単に人でなくせるものなのは想像に難くない。
「興味本位で聞くけど、なんで和久田くんはこんな殺人を?」
そう訊ねる黒川の指先ではリボルバーのシリンダーがくるくると回っている。
「性癖……なんだよ」
仄かに頬を赤らめながら和久田は答えた。照れ隠しに視線がそっぽを向く。中学校の友達同士、好きな人を教え合うような振る舞いだった。
「へえ。性癖。どう思う、トベミネくん」
またしても黒川の目がこちらを向く。意見を求められたところで一般人を自負する僕がどうのこうのと物申せるはずもない。ただ、日頃バイトの暇を新聞に費やしていた彼は連続殺人に関しては全ての記事を網羅していた。それらを踏まえて僕には一つ疑問となる事柄があった。
「でも死体に暴行の跡はなかったと思うんすけど」
若い女性ばかりを狙った殺人ではあったが、いずれの被害者にも暴行の跡は見当たらなかった、と記事で読んだ。そのせいかワイドショーなどでは、犯行が女性によるものなのではないかという専門家を交えた討論会が行われていたりもした。
「別に俺の性癖はレイプじゃねえよ」
呆れたようにため息を吐き、和久田は僕を見た。あざ笑っているのか、怒っているのか知らないがこちらを見つめる澱んだ目に気味の悪さを感じる。
先を促すように黒川は目配せをした。
「初めて自分の性癖に気がついたのは小学生の頃だな」
「早いね」
「早いか……? 魔法少女の出てくるアニメを見てたときのことなんだがよ」
「きもいね」
「うるせえぞ、クソ」
和久田は舌打ちをして黒川を睨んだ。
「黒川さん黙って聞きましょう」
いちいち茶々を入れて話を止める黒川を僕が制す。和久田が話そうとしていることが決して気色の良い話ではないことは十分承知しているが、それ以上に興味があった。この異常な男が異常なことをしたきっかけが知りたかった。勿論それは事件を追っていた一読者としての面もあれば、あるいは。
「魔法少女が敵に倒されそうになるシーンがあるんだよ。泥だらけの傷だらけになって、立ち上がれないくらいボロボロになって。その時俺は、自分がいつも以上に画面に近付いていることに気がついてな。食い入るように夢中になって。やたらにドキドキして興奮したのを覚えてるよ。それからその番組のそのシーンを何度も何度も見返した。幸いビデオに撮っておいたんで、多分すり切れるまで見続けたと思うぜ。ビデオをデッキにセットしても何も映らなくなっちまったときはすごいショックだったな。それ以来女の子が敵に倒されるという状況に興奮するようになったんだ。そういうアニメや映画を山のように近所のビデオ屋でレンタルしまくってな。惨たらしければ惨たらしいほど興奮するんだ。拷問とか、処刑とか、画面が血と女の子で埋まっていればストーリーなんていらなかった。とまあこんな趣味だからよ、彼女が出来たところで並のセックスはできねーんだ。いつからか自分はそういう惨いシーン以外反応しなくなってて、いくら可愛い女の子と抱き合っていても何も気持ちいいと感じることがなくなってたんだよ。そうそう一回高校生の時に当時の彼女とセックスしているときに側にあったカッターで彼女の胸を少し切ったことがあって。そしたら彼女泣いちゃって。ちょっとカッターで切っただけですよ? 一センチくらい。なんだよ、まみるだクリームポップは敵幹部バーサーカージャンクフードに腕を引き千切られても泣き声一つ上げなかったぞって言いたかったけどな。あ、まみるだクリームポップは俺の好きな『シャイニングエコー皇』っていうアニメの主人公のことな。それで彼女は大泣きして、次の日には俺はクラス中から目の敵だ。女子からならまだ納得いくけど男子からもだぜ? ありえないだろ。で、その時から今まで彼女はいねえ。大学の時にはSM系の風俗に行ってみたんだ。んで行為中に嬢の顔を蹴ってみた。SM系だから許されると思ったんだよな。でも二、三回蹴っただけで気絶しちゃったらしくて。その後仕方がないので気絶した嬢を見ながら自分のを慰めた。不思議なこともあるもんで、セックスよりよっぽど気持ちよかったよ。しばらくしたら嬢が目を覚まして、内線で店の人を呼んで部屋に怖い顔したおじさん達がいっぱい来てな。すっげ困ったな。もう二度と来るな、と言われたしよ。彼女もダメ。風俗もダメ。ならもうあとはそこら辺を歩いている他人しかないじゃねーか、と。試しに一人襲ってみたんだよ。そしたら案外上手くいってさ。しかも最高に気持ちよかったのよ。普通の女の子と傷ついた女の子は違うけど、傷ついた女の子と死んだ女の子は何もかも違うなって。殺しただけじゃ物足りなくてバラバラにしてみたりもしたんだけど、それがまた快感で。もう堪らなくて。病みつきになっちまったんだよ」
「へえ、すごいね」
そう感情のこもっていない相づちを打つと、黒川は突然和久田へ向けてリボルバーの銃口を向けた。
パンッ、という乾いた音が響いた。跳ねるようにして椅子から転げ落ちた彼は、右肩の辺りを押さえながら声にならない呻きで頻りに痛みを訴える。激痛にしかめられた顔はまるで何が起こったのか分かっていないようだった。だがそれは端から見ていた僕も同じだった。予期せぬことに、呆然と床に広がりつつある血溜まりを眺めるばかりである。
「……って黒川さんなにしてるんすか!?」
やっと状況を理解できた僕は、思わず椅子から立ち上がって大声を上げていた。鼻につく火薬の臭いは、黒川の手元から。彼が右に握った拳銃は未だに銃口から白い線を引いている。
「んーだって彼の話つまんないんだもん」
再び撃鉄が起こされる。銃口は和久田から逸れていない。
「な……なにすんだ……俺は依頼……依頼主だっ……ぞ!」
「勿論知ってるよ」
デスクを回り込んで黒川は仰向けになった彼の側にしゃがみ込む。銃口がピタリと額に添えられる。染みだらけの汚い顔が苦痛を堪えるように歪んでいた。
「いやあ、ねえ? 和久田くんの経験とか趣味とか凄い面白いと思うよ、僕は。良い経験してるし高尚な趣味だ。最初はワクワクしてたんだよ。猟奇殺人者さんの告白なんてそう聞けるものでもないしね」
けどさあ、とため息を含みながら黒川の両肩に膝を突いて馬乗りになった。
濁点だらけの悲鳴が野太く部屋に走る。肉と骨を潰す鈍い音がその合間に漏れ聞こえた。
「和久田くんの話超つまんないんだよね。ネタは良いのに話し手がクソ。聞きにくいし早口すぎて何言ってんだか全っ然わからない。和久田くん友達少ないでしょ? 見るからにコミュニケーション能力が欠如してるもん。すぐパニックになるところとかさ」
「〜〜〜〜〜!」
和久田はがむしゃらに無傷の左腕を振り上げようとした。だがたいしたことも出来ず、顔色一つ変えない黒川の発砲で左手指が吹き飛ばされる。硝煙と血に混じって指が何本か宙を舞った。床に転がるそれらは皿からこぼれ落ちたソーセージのように見えた。
「二つ言っておくことがあるんだけど。まずこの状況で反撃は考えない方が良いよ。僕は銃を持ってるし君は丸腰。まあ小さなおつむくらいはあるかもしれないけどね。何の役にも立たないことは和久田君が一番よく分かっていると思うし。もう一つが反撃を考えないからって許されるとは思わないでね。和久田くんを殺すのは個人的な嫌悪じゃなくて歴とした仕事だから」
「痛え……! どけ! クソがっ……」
「うるさいなわかってるってば」
黒川は容赦なく和久田の鼻っ柱に拳銃を振り下ろした。銃身を握り、まるでハンマーのようにして銃把が彼の高くはない鼻を潰す。そして続けざまに、今度は本来の銃の役目通り耳を撃った。平たい右耳を宙に飛ばし、床で跳ね返った銃弾は部屋の隅にあった観葉植物の葉に穴を空けた。
言葉になっていない和久田の叫び声が狭い地下室にはやかましく、黒川は口封じのためか離れたところに落ちていた彼の耳を彼の口に押し込んだ。
「トベミネくん、ティースプーンとってー」
耳を吐き出さないよう和久田の口を手で押さえ、僕が渡した小さめのスプーンを、どうするのかと思いきや何の躊躇いもなく肉がなくなって穴だけとなった耳へ突き刺した。
僕は思わず目を背け、和久田は激痛のあまり首だけでのたうち回り、黒川はひたすら爆笑していた。目を背けたところで和久田の喉を潰すくらいに激しい叫び声が僕にその凄惨な光景を容易に想像させる。
「んーうるさいなーもう」
四回目となる銃声が聞こえた。
見るなと自分に言い聞かせても、僕のどこかにある野次馬精神を止めることは出来
なかった。
肩と、指と、耳とそして四発目の銃弾が穿ったのは和久田の喉。今までの比にならないくらいに大量の血が湧き水のように絶え間なく喉元から溢れ出る。必死に口を開けて叫ぼうとするも、酷く間の抜けた空気の音が漏れるばかりであった。
「死んだんすか?」
「微妙……あっ目が」
目が動いたのか。まだ生きているその生命力に感心するが、同時に哀れにも思う。辛うじて痙攣するように爪先が動く死体同然の男。いくら猟奇殺人者とはいえこの状況には僅かな同情の念も沸き上がる。
黒川は左手に持っていた拳銃を右手に持ち替え和久田の額に当て直した。楽にしてやるのか、いたぶるのに飽きたのか。後者だろうな、と僕は頷いた。静かに引き金が引かれた。乾いた音がし、血に火薬の臭いが混じる。
「あー一発余っちゃったな」
銃口を既に死んだ男へ向ける。
引き金を引くか数秒思案し、彼は結局引かなかった。
「俺のことは撃たないで欲しいっすね」
「まあこの一発は何か役に立つはずだろうから、取っておこうっと」
はにかむと大人しくデスクの上に戻した。




