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卜部くんとつれづれならぬ日々  作者: 土倉ミクロ
1 糴州螺連続殺人事件
18/30

Chapter4:ぼくらはころしや②

「うちの情報どこで手に入れたの?」


 向かい合って座った男に、黒川は尋ねた。


 半ば気が動転していた男をどうにか宥め地下に連れてきたのが数分前。しかし黒川を見るなり、再び「殺したい殺したい」と男は連呼し始め、それをまるで赤ん坊をあやすようにして落ち着かせて今に至る。


 手元で遊んでいた拳銃をそっとデスクの上に寝かせると、黒川は再び訊ねた。


「君、この店の情報どこで手に入れた?」

「……ネットの掲示板で知り合った奴から」


 低い声で男はそう返した。


 フードとマスクを外した男はまだ若く、二十代かそこらに見えた。しかし髪は伸び放題で脂ぎっており、髭もおとぎ話に出てくる山賊のように顎に繁っていた。顔は泥だらけで、あちこちにくすんだ染みが出来上がっている。僕の淹れたお茶を美味そうにすすると、口の中で黄ばんだ歯を洗うようにぶくぶくとやった。


「ほほう。その掲示板で直接教えて貰ったの?」


 男は首を振った。髪から白いふけが粉のように舞う。


「お前が本当に人を殺す覚悟があるならいい情報を教えてやる、って言われて。教えられたメアドで直接やり取りしたよ」

「で、うちの店を教えて貰った、と」

「そうだ。東糴州螺にあるラッキーマートってコンビニは裏で殺し屋を手配してくれるって」

「その時に、殺しを依頼する合言葉とか教えて貰わなかったの?」

「ああ……確かそんなことを教えて貰ったような気もするけど」

「じゃあそれは守って貰わないと。もし、普通のお客さんが来たときに大声で殺し殺しって言われたら困っちゃうよ。普通ならルールを守らないお客さんには帰って頂くか死んで頂くかになってるんだからさ」

「はあ!? んなこと覚えてなかったんだから仕方ないだろーがよ? 金だって用意してあんだ。取り引きは出来るよな? 俺は客だぞ!」


 舌打ち混じりにそう発した男の口に、間髪入れずにリボルバーの銃口が突っ込まれた。「ひっ」と少女のような悲鳴が上がり、口の端から毒でも含んでいそうな涎が垂れる。


「ルールを守らない人間は客じゃないよ。わかる?」


 震える男は目を見開いて黒川を見つめた。


「わからない? あ、そう」


 シリンダーが回りかける音を聞き、男は必死に頭を縦に振った。


「わかればいい!」


 男の口から引き抜いた銃口を、彼の灰色のパーカーで拭う。


「一応教えて置くけど、殺しを依頼するときは『おでん具無しマスタード多め』が合言葉だからね。忘れないで」

「は、はい……」


 男はすっかり消沈したようだった。


「さ、じゃあ本題に入ろうか。まず君の名前は?」

「和久田利根彦。和む久しい田んぼに利根川の彦星って書いて和久田利根彦だ」

「漢字長いね。面倒だから全部ひらがなでいい?」

「……なんでもいいよ」


 黒川は書類にペンを走らせる。相変わらず汚い字だ。


「見たところ若そうだけど……何歳? 職業は?」

「二十五歳……無職」

「あー無職か。無職ね。無職。ホワイトカラーね、履歴書が」 

「……」

「トベミネくんはこんな大人になっちゃダメだよ」


 書類から顔を上げた黒川は僕の方を向いて微笑む。いきなりの言葉にまさか同意するわけにも行かず、和久田の顔をチラチラと伺いながら黒川の笑みを無視した。和久田も和久田で数秒前に寿命を削られたのもあって、下手に反論も出来ずに唇を噛みしめるだけである。


「殺したい相手と希望の殺し方は?」

「その前に一つ確認してもいいか?」

「どうぞ!」

「どんな相手でも殺してくれるんだよな……」

「勿論。金さえ払ってくれればどんな人だろうと殺すよ! たとえそこにアホ面で座ってるトベミネくんでも、殺せと言われればこの拳銃でバキューンっていけるよ」


 こちらを向いた銃口から目を逸らす。口先だけじゃないのが黒川の長所であり短所だ。


「け、警察とかも大丈夫か?」

「警察」

「だ、だめなのか?」

「いや! むしろいい! 大歓迎だ!」

「……よかった」

「でも警察に殺したい人間がいるなんて、やるねえ和久田くん。何か嫌な事でもされたの?」

「嫌な事、というか……そうだな。東糴州螺連続殺人事件って言えば分かるか?」

「おぉ! もしかして!」


 黒川は勢いよく立ち上がって目を輝かせた。


「そうだよ。あれ、俺がやったんだ」


 濁っていた目を得意気に見開いた和久田は、椅子の下に置いていたボロのボストン

バックを取り出して、ジッパーを開いた。むわっと障気のようなものが漂う。白い部屋の中が濁っていく、そんな感覚がした。ボストンバックの中から一つ一つ骨董品でも扱うかのごとくデスクの上に置かれていくのは、黒く血がこびり付いた凶器の数々。果物ナイフ、ノコギリ、三徳包丁、鑿と金槌まである。最後に出て来た何枚もの布切れは、雑巾かと思いきや返り血を受け止めたシャツだった。それら思い出の品々を愛おしそうな目で眺める彼には狂気以外感じることが出来ない。濁った目が細まり、黄ばんだ歯を見せて口元が薄い笑みを作り出す。


「凄いね。これ全部和久田君の?」

「触んじゃねえ!」


 凶器の一つに手を伸ばそうとした黒川に獣のように吠えつけ、和久田は凄まじい形相で睨む。狭い部屋にこれでもかと言うくらい声が反響する。気のせいか、角に置かれた観葉植物の葉までもが小刻みに震えた。鼻息を荒くして睨み続ける彼に、黒川は三徳包丁に触れようとしていた指先を引っ込める。驚いたと言うよりもむしろ引いたような顔で、彼は乗り出していた身を再び椅子に沈めた。


「そんなに怒るとは思ってなかったよ。ごめんごめん」

「いや、すまん。こっちも取り乱しちまった」


 元の調子に戻って和久田は頭を下げる。その目線がちらちらとデスクに置かれた黒川の拳銃に向いていた。撃たれはしないかと心配しているようだった。


「あ、そうだそうだ」


 思い出したように黒川は立ち上がる。半ばスキップで給湯室の方に行くと、何か細長いモノを一本ずつ持って戻ってきた。それを和久田の道具と平行になるように丁寧に並べ、自慢げに口角を釣り上げた。


「これは?」


 綺麗にサランラップでまかれ、ビニール袋に詰められたそれを不思議そうに和久田は見つめる。冷凍庫から取りだしてきたのか、まだ白靄の冷気が袋の上に雲のように漂っていた。首を捻る和久田から離れたところで、僕にはその袋の中身が何であるか既に見当が付いている。


「簡単に言えば和久田くんの忘れ物」

「忘れ物?」

「うん、ほら」


 黒川はビニール袋を解き、その中身を取り出す。姿を見せたのは透き通るくらい青白くなった人の腕。少しでも力を込めれば簡単に折れてしまえそうな程細く、はっきり伸びた五指や、その爪の禿げかけたマニキュアが紛うことなく人の腕、それも女性の腕だということを示している。


 和久田同様、黒川もデスクの上に転がした腕を大事そうに眺めた。決して理解の出来ない二人から、僕は一歩も二歩も距離を置く。自分は彼らの外の世界にいる、蚊帳の外にいるんだと言い聞かせるように。


「そ、それは真宮奈津美の腕……」

「……腕見ただけでどの人だかわかるの?」

「わかるだろ、ふつう」

「想像以上の人間だよ、和久田君」


 黒川は誠意のこもった拍手を鳴らし、続けて、本題となっているところを訊ねる。


「ところで殺したい警官の名前は?」


 和久田の口から出て来たのは、聞き慣れたあの名字だった。


「横島ってやつ。確か名前は鉄昌。警部かなんかだ」



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