Chapter3:ヤクザの正しい仕留め方④
わかっていたことだが、十二月に乗るオープンカーの乗り心地は最悪だ。
ただ歩くだけでも冷たい風が、時速数十キロの速度で襲いかかってくるのである。厚手のコートの襟元をいくら引き寄せても、冷たさの増した風は隙間を見つけては中に入り込んでくる。おまけにピースのハンドル捌きはかなり荒っぽく、カーブを迎える度、点滅した信号を迎える度背筋が凍る思いがする。内も外も冷え冷えとして心休まる時がない。
鋭利な寒さの中を、ピースは黒い半袖シャツ一枚で爆走する。頭も身体も寒そうだというのに、まるで常夏のビーチを走り抜けるかのように爽快な顔をしていた。掛けたサングラスがまるで景色にそぐわない。
「気持ちいいグッドドライブだヨ!」
高い声で叫びながら、青信号の点灯と同時にピースはアクセルを踏み込んだ。重力がどっと腹に押し寄せ背もたれに叩きつけられる。
「寒くないのかよ!?」
風に負けじと僕は声を張り上げた。
「寒い? 子どもは風の子ウィンドボーイ! そんなに寒いなら後ろのシートを捲ってオープン。グレネード使えば一瞬でぽかぽかヨ!」
爆発四散に決まっている。
ピースの愛車は四人掛けのオープンカーだが、人が乗れるのは実質運転席と助手席だけだ。
後部の二席には厚手の幌がかかっていて、所々がゴツゴツと飛び出ている。先ほど彼が手にしていた大きなトランクも今はその下にある。
幌の下にはピースの大事な仕事道具がしまわれていた。
国から持ち込んだというありとあらゆる重火器の類。拳銃もあれば機関銃もあり、グレネードも、ロケット砲もある。マガジンも弾帯も無尽蔵なくらいにある。およそ個人が携行する範疇を超えた量だ。これからどこか紛争地域にでも出かけるのかと疑いたくなる。
ラッキーマートを離れ、オープンカーを走らせること一〇分少々。豪快にハンドルとペダルを捌き、けたたましいドリフトとともにピースは小さなビルの前に車を滑り込ませた。
「西うるすら七ちょうめ、五の三の九。萩白ビルディング。間違いないネ」
車から身を乗り出して、ピースは手元の紙と薄汚れたビルの表札を見比べる。
「なあ、ピース」
「どうしたトベミネ?」
「俺行かなきゃダメか?」
「オーイェア。勿論オフコースよ。頼りにしてるよトベミネ」
彼には何を言っても無駄なようだった。
軽やかにオープンカーを降りたピースとは対照的に、僕は重い足取りでドアを開ける。
人どおりのない路地の、更に奥まったところだ。途中で放棄されたような工事現場や、蔦に浸食されたコンクリート剥き出しのビル、錆び付いたラブホテルなどが道に暗い影を落とす。泥混じりの湿ったアスファルトの感触が、靴底を透過して足裏に染み込んでくるようで、自然と気持ちが落ちていく。廃れたビルの屋上で、冬の曇天を背にしたカラスが震えた声で鳴いた。どこまでも不吉な予感がする場所だ。最近僕の予感はよく当たるのだ。
「さてと、何が必要かナー?」
後部座席の幌を捲って、ピースは持って行くべき武器弾薬を選ぶ。声色は高く、釣りにでも行くような調子だ。どの餌どのルアーを選べば効率がいいか、その感覚で彼は幌の下を漁っていた。
僕は左足に装着したレッグホルスターを頼りなくさする。護身用にと託されている自動拳銃と、雀の涙ほどの予備マガジン。ヤクザの事務所に乗り込むにしては余りに頼りない。
「トベミネ、RPG使える?」
「使えない」
「AKは?」
「使ったことない」
ピースは軽々と訊ねてくるが、ここは法治国家銃規制社会日本である。道端に空薬莢は転がっていないし、スーパーや床屋で銃は買えない。殺し屋の世界に半身を置いている人間であっても、人に向けて銃を撃ったことは一度もない。精々人型の的めがけてだ。
「そうかー。トベミネ、思ったより使えないネ」
「重火器をさらっと使える方がどうかしてるんだよ」
次々と取りだした銃器を見せてくるが、全て使えない。無いよりはマシ、という考えはなかった。重火器の類はあればあるだけ邪魔になるし、自分の手に負えないものならばなおさらだ。得体の知れないアサルトライフルなんかを担ぐよりは、持ち慣れたCZ一○○一丁だけの方が気が楽だ。
あらかた持っていくものを選び出したピースは、例のスーツケースにそれらを入れ替え両手に持った。足、腰、肩に幾つもホルスターをぶら下げ、背中にはRPGを斜め掛けにしている。他にもアサルトライフルやサブマシンガンを、どうやっているのか分からないような方法で持ち、準備は万全だった。人間が武装しているのか、武器が人間の装備をしているのかもはやわからない。
「このケースはロシア製の超スーパー硬いハードケースね。マシンガン撃つ、けどバット痛くないノーペイン。無傷無傷」
「それだけ丈夫、ってことか」
「オーイェス。物わかりのいい野郎だネ」
「そりゃどうも」
上機嫌なピースとやり取りを交わしていると、不意に二人を呼ぶ声があった。
「おい」
声の主が重火器の鎧を纏ったピースの脇に立つ。丸腰の人間と並ぶと、彼はどこかロボットめいて見えた。
剃り込みの入った短髪に、サングラスを掛けた若い風の男である。口の端に紫煙を靡かせたタバコをくわえ、右手が黒いスーツの懐に隠れていた。
「お前ら、何?」
左手指にタバコをはさみ、煙を吐きながら低い声が訊ねる。
「オーイェア。お兄さん。ヤクザ?」
「あ? 日本語喋れや」
顎を突き出し、ピースにドスの利いた声で脅しを掛ける。左手のタバコがオープンカーのドア部分にじゅっと焼き付いた。
「ホワッ? 何するのブラザー。それ拙者の大事な車だヨ!?」
「るせえよ。なんだてめー、外人か? こんな所で何してんだそんな格好でよ、おい」
「え? これはミーの私服だよ。普段着ノーマル普段着ノーマル」
「んな弾帯巻き付けた恰好のどこが普段着なんだ? あァ!?」
もっともだ、あなたが正しい。僕は機嫌の悪そうな男から、自分のレッグホルスターが見えなくなるように少し身体の向きを変える。
「おい、そっちのひょろいの」
「……お、俺っすか?」
ピースでは話にならないと諦めたのか、今度はサングラスが僕の方を向いた。目を剥き、眉をひくつかせる。鶏のように首だけを小刻みに突きだしてきた。
「お前以外に誰がいんだよ」
「……はあ」
「てめぇら、どっかの組の人間? 何してんのここで」
「いや、俺は一般人っす」
嘘は吐いてない。本当でもないが。
「チッ。何してんのか知らねえけど、俺らを舐めてくれんなや」
懐に伸びていた右手が少し動き、何かを取り出すような動作をする。僕はあの動きを知っている。懐に忍ばせた拳銃を抜く動きだ。
しかし、拳銃は抜かれなかった。
それよりも速くピースが男の動きを読み、動かそうとした右手をゴツゴツとした右手で押さえつけたのだ。そしてそれと同時に身体に括り付けたホルスターの一つから拳銃を抜き出し左手に構える。銃口はピッタリと男の額にくっついていた。
「お兄さん、ヤクザ?」
「離せや」
「拙者、ヤクザサラダバーに来たヨ」
「調子づいてんじゃねえぞ」
「お兄さん、萩白組ヤクザ?」
「あ? 何言って」
男の答えを最後まで聞かず、がーんという銃声が道に響いた。撃ち出された弾丸は、男の額をぶち破り、焦げ付かせて後頭部めがけて一直線に脳みそを駆け抜ける。卒倒した男の額は丸く穴が空き、チェリーレッドに変色していた。
ピースはホルスターに拳銃を戻し、僕の方を向く。
「さ、仕事始まりヨ。多分すぐにヤクザマフィアビルの外に出てくる。それより先に中に入って大暴れガンファイトネ」
白い歯を見せると、身体中にくっつけた銃器の重さをモノともせずに萩白組のビルめがけてピースは走り出す。咄嗟の出来事に唖然としていた僕も、とうとう自分の命のカウントダウンが始まったのだと、震えた。もう後戻りは出来ないと悟り、自暴自棄半分で彼の後を付いていった。




