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卜部くんとつれづれならぬ日々  作者: 土倉ミクロ
1 糴州螺連続殺人事件
14/30

Chapter3:ヤクザの正しい仕留め方⑤

 ヤクザとは。


 僕の偏見に基づくならば、博打打ち、ならず者。組織的な暴力行動で犯罪活動を生業とする者たち。


 要するに世間一般から見たところの悪人である。金に薬に酒女。ドスにポン刀、チャカハジキ。暴力が憚る極悪非道の世界であり、人はそれを極道と呼ぶ。


 しかし正義の味方がいつも正義を執行していないように。悪人が常に悪人であるわけではない。悪にも悪を休めるときがあり、大人しい穏やかな日常がある。


 一階の一番広い部屋に入った僕とピースが見たのは、白萩組の人間のそんな微笑ましい風景だった。まだ成人もしていなさそうな若いのから、白髪交じりの壮年まで。組の下っ端と思しき連中が各々好きにくつろいでいた。雑誌を読む者もいれば、将棋を指す者おり、テレビに映るアイドルを満面の笑みで眺める者もいる。


 そこに割って入った完全武装のピースの方が寧ろ、その場においては悪役だったかも知れない。


「ハローございまーす!」


 両手に掲げたトランクを地面に投げ置き、腕の辺りに掛けていた機関銃をしっかりと構える。


 突然の出来事に呆然と手を停めた下っ端の面々だったが、一秒後には事態を飲み込んで各々が手に武器を構えた。


「んだてめぇえ!」

「ここがどこだかわかってんのかぁ!」

「覚悟はできてんだろォなァ!」


 若い衆の怒号が飛び、そして次の瞬間ピースの手にした機関銃が火を噴いた。


 耳が破れるほどの発砲音が絶え間なく響く。たちまちのうちに部屋が硝煙で霞み、壁という壁窓という窓、物という物が蜂の巣のように穴だらけになっていく。武器を構えた下っ端達も、服に赤い模様を描きながら一人また一人と倒れていった。


 余りのうるささに、僕は耳を塞いで床に伏せた。この男はやることが突発的で大胆極まりない。仲間の僕に何の合図もなしにこの連射だ。発砲音に混じって自分の鼓膜が破れるかもしれないと恐ろしくなった。


 狭い部屋が吹雪吹き荒れる山中のようにすっかり白くなると、ようやく銃声も止み、僕は恐る恐る顔を上げた。


 たった数秒の間に、まるで紛争地域の廃屋かと錯覚するくらいに部屋の様相は様変わりしていた。老いも若いも人は折り重なって死んでいるし、さっきまでアイドルソングを歌い上げていたテレビは画面が粉砕して白い煙をもうもうと上げている。将棋の駒は薬莢と一緒に床に散らばり、雑誌は赤一色に染まっていた。一〇〇センチの弾帯一本を飲み込んで暴れまくった機関銃の威力の結果たるや凄まじかった。すっかり銃身が熱で歪んでしまっている。


 流石に階下の異変に気がついたのだろう。部屋の外、どたどたと階段を下りてくる音がした。不意打ちもここまでだ。ヤクザ丸ごと一つを相手取った銃撃戦はいよいよ幕を開けた。


「どうすんだ?」


 ホルスターから拳銃を抜き、僕は問う。撃てる撃てないどちらにせよ、馴染みの拳銃を手にしていた方が、安心感があった。これが一〇数人のヤクザ相手にどれほどの効果があるのか、というのを考えるのはやめていた。


「こういうときはね。引いたら負け負け負け。進めアタック弾丸バレットヨ」


 足で床のトランクをこじ開け、新たな銃をピースは手に持つ。右手にサブマシンガン、左手にはアサルトライフル。この力任せの殺し屋は、二丁拳銃ならぬ二丁機関銃をやり遂げようとしているらしい。驚嘆が一周回って呆れの域だ。


 廊下に出たところで丁度降りてきた五、六人と鉢合わせになる。全員片手には何かしら飛び道具を構え、引き金を引く準備は万端の様子。


 何事か言葉にならない怒声を撒き散らし、相手の銃口が全て僕らを向いた。


 だが所詮は素人に毛の生えた人間と、地獄の訓練を積んだ殺しのプロ。引き金を引く速さはピースの方がずっと早く、狙いもずっと正確だった。ヤクザたちの拳銃が火を噴く頃には、もう彼らの額に穴を穿っており、銃弾は天井や床へすっぽ抜けた。


 廊下にくたばった男たちを踏みつけ、二人は階段を駆け上がる。ブーツが血溜まりを跳ねた。


 だが、全部登り切らないうちにピースは振り返って階段を下りてきた。


「ちょっとトイレ行きたい!」

「ふざけんな!」


 がちゃがちゃと身体にへばりついた銃をならしながら、一階奧のトイレに駆け込む。


 ドアを開けた瞬間、リボルバーを握ったヤクザと鉢合わせになる。ピースはトイレに飛び込もうとし、その男はトイレから飛び出ようとするところだった。壁のようなピースの身体に弾かれ、男は濡れたトイレの床にもんどり打った。そこめがけてすかさずピースは片手に握ったサブマシンガンの引き金を引き絞る。弾倉を空にすると、彼はまだ息のある相手を踏みつけて小便器へ駆け寄った。


 数秒で用を済ませたピースは改めて一階に残党がいないかを探す。そうして駆け足で二階へ。


 階段を上りきった先にも既に待ち構えている連中がいる。息つく暇もないとはまさにこの状況だった。階段を上ってくる側から死角になっている場所から飛び出た一人のヤクザは、既に狙いを定め引き金にも指をかけていた。人間を使ったブービートラップのようだ。


 サブマシンガンを構えるのが煩わしかったのか、構えるよりも早いと思ったのか、刹那の判断でピースはそれを床に投げ捨て、代わりに空いた手でヤクザの顔面を掴みにかかった。己を向いていた銃口を華麗にいなし、角張った掌がフェイスマスクのよう相手の顔面を覆う。そうして近くの壁に後頭部から叩きつけてやった。きっとスイカをコンクリートに向かって投げつけたらこんな風になるのだろう、と僕は想像してしまった。


 ピースは手近な部屋に転がり込み、それと同時に場を一掃するかのようにアサルトライフルの銃弾をぶちまけた。出来ることといえば、ただ耳を塞ぎながら必死に彼の背にしがみつくようにして踏ん張るばかりである。もう何が何だか僕には分からない。弾薬と硝煙の幕の向こうに赤く染め上げられた状況が存在しているだけだ。


「次行くよネクスト」


 肩を叩かれ、僕は走り出したピースに続く。銃弾がばらまかれた部屋に生きている人間は存在しないだろう。


 と、正面で血溜まりの中から立ち上がる影がある。辛うじて息の根が続いている男が一人。血塗れの震える手で拳銃を握っていた。何かを呻いているが、血の泡を吹き出すばかりで聞き取れない。


「邪魔ヨ!」


 ピースによる豪快な体当たり。壁を背にしていた男はピースの身体と壁とに挟まれて潰れた。そのまま、彼は男もろとも、障子戸を破るかの如く壁を突き抜ける。


 次の部屋を一掃し、また次の部屋へ。暴風雨よろしく銃弾の雨をばらまき、弾幕で部屋中を埋め尽くしてあっという間に二階を制圧してみせた。僕が先導する必要もなく、それどころか完全にピースに置いてけぼりを食らっていた。


「オーイェア。トベミネ遅いよトゥーレイト」


 すっかり武装の軽くなったピースが、二階の一番奥から出てくる。両手の銃はもうダメになっていた。


「俺、いらないじゃん」

「ノンノン。トベミネいる。先輩ボス心安らぎ」


 安らぎという意味をこの外国人ははき違えているかも知れない。


 フロアに充満した火薬の臭いを鼻一杯吸い込み、むせる。白く濁った視界の中、ピースはもう三階へ向けて走り出していた。


 萩白組のビルは三階建てであるから、いよいよ次が最後の階層になる。


 今のところ命はある。血の一滴も流していない。案外この仕事はらくらくと決着がつくような気がする、と考え僕は首を振った。こういう予感は大方外れると相場が決まっている。


 三階はやけに静かだった。待ち構えている人間もいなければ、突然の襲撃に奔走する足音も聞こえない。


 かといって、人がいないわけではないようだった。気配がする、という言い方が正しいのかは分からないが、この世界に身を落として磨かれたそれなりの勘が、僕に油断を与えずにいた。


 足音を潜ませ、ピースを先頭に三階の廊下を歩く。角や物陰をしっかりクリアリングしていく姿には、確かに軍人の面影があった。僕も拳銃を握る力を強めた。安全装置はとっくに解除してある。


 物音がした。扉の開く音だ。

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