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狂おしいほどの愛妻観察日記 -他の男には絶対に渡さない-  作者: 青空のら


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31年4月◎日

 眠たくて仕方ないという妻を残して診断結果を聞きに診療室に入る。

 すでに顔見知りとなったおじいちゃん先生がにこにことした表情で出迎えてくれた。

 できれば記憶のかなたに忘れてもらい、初対面のふりをしたいが年末の一件で妻に連れて来られ、夫婦生活のなんたるかを一から指導されたので、十分過ぎるほど顔は覚えられている。

 いまさら知らないふりはできない。

「ご無沙汰しております。その節は大変お世話になりました。おかげさまで夫婦仲も以前以上によくなり、本当に感謝しています」

 どんな話をしていても結局は最後にいかに先生の奥様が素敵な人であるかとの惚気話になるので、別の意味で頭が上がらない。

 私も先生に負けないほど、胸を張って妻自慢ができる人間でありたい。

 語り出したら三十分は止まらない。

 それほどの愛情を持って妻に向き合っていきたい。

「ふむ、夫婦仲も良さそうで何よりじゃ。先日会った時は、どこのママゴト夫婦だと驚いたものじゃが、話してみるといたって正常。ただの意気地なしだとわかってほっとしたもんじゃ。わはははは」

 ばん、ばん、ばん。

 気兼ねなく肩を叩いてくる。

 歳の割には力強く、一切の手加減がない。

「おめでとうさん。待望の父親になるぞい。覚悟は決まってるじゃろうな」

「えっ!?ほ、本当ですか……」

 突然の吉報に言葉が出なかった。

「──あ、ありがとうございます。妻も喜ぶと思います」

 喜びのあまりじいちゃん先生の手を握りしめていた。

 その手を力強く握り返してくる。

「うむ。早く知らせてあげなさい。そして労わってやるのじゃぞ。これからややこを産む大変な役割があるのじゃ。変わってやれぬ男衆のできることはたいしてない。

 些細なことを率先して代わりにやり、快適に過ごせるように労わりの心を忘れぬことじゃ。最後は心の問題じゃ。それは言わなくてもわかっておろう?」

「はい」

「あと、余計なお世話じゃが一つだけ──お主が我慢強いことはわかっておるが、きちんと大切なことは言葉にするのじゃぞ。

 それができないならいつまで経っても、ただの意気地なしじゃ。

 あれだけいい女じゃ、子どもの一人や二人いたところで面倒見てやるという男が出てきてもおかしくないぞい。

 これは年寄りのお節介だと思って聞き流してくれてもいいが、あとから後悔する選択だけはするな。

 わしはこの病院を訪ねてきた患者全員が幸せになることを願ってるのじゃ」

「ええ、肝に銘じておきます。本当なお世話になりました」

 おじちゃん先生に見送られ診察室をあとにする。

 先週くらいからひどいつわりに見舞われている妻には確固たる確信があるようだが、男である私はいまだ夢の中のようなふわふわした感じがする。

 このまま目が覚めてすべてが夢になりそうな恐怖に襲われている。

 早く妻を抱きしめて、その温もりを実感したかった。

 たとえ悪夢の中でも妻さえいてくれれば立ち向かえるだろう。

 さらに家族が増える。

 妻と私が待ち望んだ待望の家族。

 待合室に戻ると寝ぼけ眼の妻が待っていた。

 むにゃむにゃと何かつぶやいている。

「お待たせ」

「だんな、さま……むにゃ……もう、食べれ…ません……」

 ゆっくりと隣に座りささやきかけると、幸せそうな寝言が聞こえてきた。

「いい夢見ているところを起こしてごめんね、新米ママさん。さあ、帰ろうか。今日の診察はお終い。来月また定期検診に一緒に来よう」

「うん……あ、ああ、ごめんなさい。ついうとうとしてしまったわ。最近……何だかすごく眠たいの」

 眠たい目をこすりながら、頑張って頭を働かそうとしているのが見て取れる。

 転んだりしたら大変だ。

 優しく肩を抱くと、こてんと頭を肩に乗せてくる。

 いつまでもこうしていたいが流石に産婦人科とはいえ院内の待合室では他の人の迷惑になる。

「眠たいなら無理して起きなくてもいいよ。そのまま寝てればいい、車まで抱えていくよ。目を覚ました時は家についてるからね」

「──もう、ちゃんと目は覚めました。子どもじゃないんだから!

 ──お姫様抱っこはされたいのだけれど、体重が増えたまま減ってないのです。きっと嫌われてしまうわ」

 照れることなく耳元で淡々と囁いてくる。

 眠気が抜けずに反射的に答える妻の膝の下に左腕を入れ、右腕はそのまま肩の下に入れると抱き上げた。

 抱え上げられると安心したのかゆっくりと目を閉じる。


 車に乗せられても夢見心地のまま。

 その口からは可愛らしい言葉がこぼれ聞こえてくる。

「むにゃにむにゃ、もう食べれません……旦那さま……大好きです……たい焼き……」

 少しずつ線の細さも改善されている。

 初めて抱きしめた時は折れてしまうのではと感じた腰も少しずつ肉がつき始めている。

 本人は太ったと嘆くのだろうが家族として母も姉もきっと喜んでいるだろ。

 何といっても食べている時の笑顔はついもっと美味しいものを食べたせたくなる、そんな魔力を持っている。

「半分こですわ……カリカリのしっぽは譲れませんもの……頭の方が旦那さまのですわ……ふふふ、大好きです」

 余程気分がいいのか、普段なら聞けない寝言をたくさん聞けた。

「ありがとう。あんこたっぷりの頭の方をくれるんだね」

 信号待ちの時に助手席で眠る妻の頭を撫でる。

 手入れの行き届いた艶のある髪は手触りもよいので、ついつい撫でてしまう。

 本人も嫌がらないので基本的なスキンシップの一環となっている。

 普段の定位置が私の前だといっても、

 普段二人でいる時に妻のへその位置で手を組んでいるといっても、

 流石にお腹をもんだり、胸をもんだりはできない。

 そう、だから頭を撫でるのが二人の中では自然なコミュケーションになったのだ。

「むにゃむにゃ、もっと撫でて欲しい……」

 起きているのか寝ぼけているのかわからないまま望みを叶える。

「家族が……増えるのは嬉しいの……でも、旦那さまを……ひとり占めできなくなるから……今のうちに……」

 妻の希望でもあり、プレッシャーでもあったのかもしれない。

 肝心な大事なことを話し合っていなかった。

 たとえ本人が自覚していなかったとしても──触れずにいていい問題ではなかったはず……

 年下の妻に甘えていたのは私の方だったようだ。

「甘えてもいいですわよね……離れちゃ、嫌ですわ……絶対に駄目ですの……」

「離れないよ。嫌だっていってもそばにいるよ──ずっと、香澄のそばにいるからね」

 目を閉じている妻の髪にそっと口づけする。

 信号が青に変わった変わったのを確認して車を発進させた。


「あら、いつ戻ってきたのかしら? 確か、診察が終わって待合室で待っていたはず──」

 部屋で目を覚ました妻は、寝起きでまだ頭がきちんと働いていない様子。

「おはよう。ぐっすり眠れたかい?」

「あら、おはようございます、旦那さま。診断結果はどうだったのかしら?」

 妻からの問いかけにゆっくりと隣に腰を下ろし、優しく肩を抱く。

「落ち着いて聞いて欲しい、新米ママさん。覚えていないかもしれないから、もう一度報告するね」

「ええ、わかったわ」

 緊張のせいか身体に力が入るのがわかった。

「さあ、言ってちょうだい」

「健康状態は問題なし。来月の定期検診にはまたついていくよ。大事な身体だからね──妊娠三ヶ月だよ」

「ええ──そうなのね……」

 ゆっくりと噛み締めるようにつぶやく。

 表情は変わっていない。

「妊娠……三ヶ月……!?」

 そこで、初めて自分の言葉の意味に気付いたようだ。

 身体をひねると私に抱きつき胸に顔を埋める。

「ママになりますのよ、私。旦那さまがパパですわ──」

「うん、そうだね。ママとパパだよ」

 ゆっくりと背中と頭を撫でる。

 喜ばしいことでもあり、これからが本番ともいえる。

「ここに二人の赤ちゃんがいますのね」

 お腹を撫でる妻の手に自分の手を添えて一緒に撫でた。

 まだ膨らみ始めたばかりで、男である私に違いがよくわからない。

 この小さな身体に別の命を宿すという神秘は男には永遠に理解できないのかもしれない。

 それでもそばにいて支えることはできる。

「恥ずかしいですわ」

 その一言で、結局普段の定位置に戻ってしまった。

 前を向く妻を後ろから抱きしめる。

 両手はへその位置だ。

 普段と違うのは私の手上に重ねるように妻の手が添えられている点だ。

「サマンサもお姉さんになるのよ」

 いつものことかと呆れ顔で見ている愛猫に妻が声を掛けた。

 一瞬、彼女はこちらを見たあと、

 ぶもぅ!

 と一鳴きすると、ツンっと首を横に振り、しっぽを立てて扉へと向かった。

 すねてる訳ではないとわかっていても一声掛けたくなる。

「サマンサ、生まれてくる子が女の子だったら、きっと君に似てたくましく育つと思う。

 生まれてくる子が男の子だったら──」

 ぶもぅ!

 歩みを止めると振り返り一鳴きする。

「もし男の子だったら──」

 ぶもぅ!

 さらに一鳴きした。

「ああ、君の弟をよろしく頼むよ」

 ぶもぅ!

 気だるそうに返事をすると腰をおろし、そのまま丸くなった。

 ふさふさの尻尾だけがぱたぱたと左右に揺れている。

 それのリズムに合わせてお腹を撫でると、その手をさらに妻が撫でる。

 この静かなひとときも来年の今頃は騒がしくなっているだろう。

 サマンサの揺れる尻尾に反応している息子の姿を想像すると胸が暖かくなってきた。

「愛しているよ、香澄」

「私の方がずっと旦那さまのことを愛してますわ」

「うん、知ってるよ。負けないように頑張るからね」

「──もう、意地悪なんだから」

 すねた妻に手の甲をつねられた。

 その痛みさえ、この幸せが夢ではないと教えてくれる。

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