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狂おしいほどの愛妻観察日記 -他の男には絶対に渡さない-  作者: 青空のら


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30年10月●日

 天高く馬肥ゆる秋。

 すっかりと食べ物が美味しい季節になった。

 家族中が餌付けをしている。いや、サマンサにではない。

「あら、美味しい! これは香澄さんに。はいどうぞ」

「これも美味しいわよ。はい、香澄。遠慮なんてしちゃ駄目なのよ」

「ありがとうございます。お母さま、お姉さま。本当に美味しいですわ」

 柿、梨、りんご、ぶどうに栗。さつまいも、まったけ、さんまに鮭。秋の代名詞と言える妻の前に並べられた食べ物の数々。普段見慣れぬ食べ物への喜びと、二人からの贈り物という事実が妻の感情を高めているようだ。

 負けてはいられない。

 こちらにはやっと手に入れた季節外れの桃がある。さらに甘さ控えめのモンブランケーキも。

「あら、無粋ね。季節感とか、旬という言葉を知らないのかしら? 我が愚弟ながら──もう、このセリフを繰り返すのも飽きたわ」

「ええ、本当ね。今からでも遅くはないわよ、香澄さん。考え直してもいいのよ」

 言いながら母がじろりとこちらを睨む。

 母の背後でゆっくりと首を左右に振る父の姿をどう評価するべきか判断に迷う。

「夏の食べ物は身体を冷やすのよ。

『秋なすは嫁に食わすせるな』

 昔の姑は嫌がらせで食べさせなかったと思っているのかしら? なすは立派な夏野菜よ」

「そうよ。赤ん坊を産む大切な身体よ。時期はずれの食べ物で体調を崩したらどうするの?

 幸というか、不幸にというか、“まだ”みたいなようだし──考え直すなら今よ」

 姉が、がしりと妻の両腕を胸の前でつかんだ。

 ふぅ。

 大袈裟な芝居がかった仕草に思わずため息がこぽれる。

「こちら向いてごらん。はい、どうぞ」

 差し出したフォークを見た妻が反射的に口を開く。

 そこに一口、モンブランケーキを差し込む。

 はむはむ。

 ひときわ大きくなる瞳が美味しさを、感動を物語っている。このわかりやすさが妻のいいところでもあり、欠点でもある。

「あらまあ、こちらもどうぞ」

「まあ、可愛らしい! お母さま、こちらは?」

「りんごをうさぎに模して切ったものよ。はい、あーん」

「可愛らしくて食べるのがもったいないです──」

 しゃりしゃり。

 一瞬の戸惑いを見せたが、差し出されたりんごを口を開けるとそのまま受け入れた。

「あらあら、まあまあ、可愛らしいこと」

 そう言いながら、姉が不穏な動きを見せる。

 目の前に置いてある焼き芋をむんずとつかむと二つに割る。そして、片方の焼き芋の薄皮をはぐと、中から蜜たっぷりとした黄金色が姿を見せた。

「焼き芋はね、すべての女性の味方なのよ。食物繊維たっぷりな上に甘味料ゼロ。天然の甘味、まさに神からの贈り物よ。さあどうぞ」

 差し出された焼き芋を素直に受け取る。両手で。

 顔の高さまで持ち上げて、見つめる姿は未知との邂逅の瞬間ともいえる。

 少し開いた口が動くのが見えた。

 すごい!

 くるくるした目を大きく見開き、頬を赤く染めて、子どものように無邪気な笑顔。

「まるで蜂蜜がかかっているみたいですわ。これ食べてもいいのですか?」

「ええ、どうぞ。まだ熱いから食べる時は気をつけるのよ」

「はい、お姉さま!」

 恐る恐るかぶりつく

 はむ……!?

 その瞬間にすべての感情を爆発させたかのように妻の顔に歓喜の表情が現れた。

 目が点になるとはまさにこのことだろう。

「あ、あなた! 口の中で溶けましたわ。はい、どうぞ!!」

 そのまま、食べかけの焼き芋を私に差し出してきた。

 今まで味わったことのない美味しさの感動を他人と分け合いたかったのだろう。

 すでにその心根の優しさに心臓が鷲づかみされている。

「ありがとう」

 これも間接キスになるのだろうか?

 しっとりとした焼き芋は一口食べるとそのまま口の中で溶けいった。

「美味しいよ。香澄がもらったものだから全部食べても良かったのだよ」

「美味しいものはみんなで分け合うともっと美味しくなりますわ」

「ええ、そうよ。さすがは香澄ね」

「本当にそうよ。我が愚息にはもったいないくらい──どさくさにまぎれて抱きつくのはやめなさい」

 隣に座っている妻を抱きしめているのを見とがめられた。

 夫婦間のコミュニケーションに無粋なことを。

「一人で食べると、ふ、太ってしまいますわ。結婚式以降でもう3キロも増えてますの、体重!」

 重大告白をするかのような、一大決心で暴露したつもりなのがよくわかる。

 耳まで真っ赤にして、言った後は恥ずかしいのか私の胸に顔を埋めている。

「可愛い」

 間違いなく可愛い。

 母や姉とはいえ、むやみやたらと見せていいものではない。

 ちょうど視界を遮る位置でよかった。

「あらあら、実の息子にイジワルされるとは思わなかったわ。ねえ、あなた」

 母が目の前にあるリンゴをフォークで刺して、父の口の前まで運ぶ。

「うむ」

 貫禄たっぷりにうなづくが、する事は差し出されたリンゴを素直に口で受け止めるだけ。

 しゃりしゃり。

「確か、マレーシア支社に空きがあったと思うのだけど──この子はどうかしら?」

「うぐっ!」

 妻からの返礼を口に入れてる瞬間だった為に、突然の母の発言にむせた。

 ごほん、ごほん。

「いくらなんでもひどいですよ。こちらは新婚なんですから」

「あら? 仕事っていうのは残酷なものなのよ。知らなかったのから? じゃあ、今回のはいい勉強になるわね」

「お母さま──」

 妻が潤んだ目で母を見つめる。

「ああ、香澄さんは無理してついて行く必要はないわ。半年くらい雅も一人でやれるでわよ」

「みんな一緒がいいです。家族一緒が──いいですわ」

「そうね。せっかく家族水入らずの食事ですもの。楽しく食べましょう。きっと、お母さま流の冗談ですわよ」

「ええ、そうよ。冗談、冗談よ。旦那がそんな公私の区別つかないことをする訳がないでしょう?」

 母がすべての責任をサラッと父に投げ付けた。

「うむ、母さんの言うとおりだ」

 仰々しくうなづいてますけど、腹の底が透けて見えますよ。

 水飲み鳥の方がまだマシかもしれない。

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