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狂おしいほどの愛妻観察日記 -他の男には絶対に渡さない-  作者: 青空のら


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16/21

30年9月◇日

「あなたは留守番よ。大人しく待ってなさい!」

 姉の宣言と共に

「すみません、あなた。お母さまとお姉さまとデートなのです」

 妻からの絶望的な宣言がなされた。

「あら? 私たちから香澄を取り上げようと思っているのかしら? イギリスへの単身赴任、推薦されたいようね」

 ぐっ、地位と権力を盾に悪用されるとなすべがない。

 ちらりと父の方に視線を走らせるが我関せずと知らぬ顔で新聞を読んでいる。いや、読んでいるふりだな。完全に聞き耳を立てている。

 一応、中立を保ってくれていると、良いように解釈するしか──

「ねえ、あなた! この愚息を鍛える為に海外支社に単身赴任っていうのはどうかしら?」

「うむ、母さんの言うとおりだ」

 ぐぬぬ。やはり母の味方だった。

 仰々しく頷いているが、何も考えていないに違いない。

「ということよ。どちらを選ぶか、選ばせてあげるわ」

「イギリスですか! えっと、大きな時計のあるところですよね。お土産は美味しいものがいいですわ」

 ははは、無理を言わないで欲しい。イギリス土産にお菓子以外の美味しいものなんてない。うなぎのパイ包でも持ち帰ればいいのだろうか?

 何より妻と離れるなんでできっこない。

「おとなしく待ってます。ですから、あまり連れ回さないでくださいよ。私の大事な妻なのですから」

「あら? 私の大切な娘よ。愚息よりは何倍も大事な娘なのよ」

「ええ、そうよ。私の大事な妹。愚弟よりは何十倍も可愛い妹よ」

 くっ! 家族に可愛がられているのは素直に受け入れるべきだが、何だろう?

 この敗北感は。私の妻のはずなのだが?

「心配しなくても大丈夫よ。安心して待っていなさい。何なら──楽しみにして待っていなさい」

 姉がいうと不穏な言葉に聞こえてしまうのが嫌だ。

 はためには微笑ましい家族の団らんに見えるのだろう。しかし、どう見ても邪悪な笑みにしか見えないのは長年の学習の賜物だ。

 一刻も早い帰宅と、道中の妻の安全を願う他はない。

「行ってきますね、あなた。すぐに帰ってきますから」

 妻の方から近づいてくると、私を抱きしめ耳元で囁くと玄関に向かって駆け出した。

「お母さま、お姉さま、お待たせしてすみません!」

「あらあら、慌てなくても大丈夫よ。時間はたっぷりとありますからね」

「そうそう、時間はたーっぷりとあるわ。さあ、行きましょう! じゃあ、愚弟よ。ひとりで身悶えているがいいわ」

 そう言い残すと悪魔は立ち去っていった。


「失礼ですがどなたですか?」

 帰宅した姉が見知らぬ青年を連れていた。

 季節を先取ったカーキ色のトレンチコートにオリーブグリーンのキャスケットをかぶり、中にはシンプルな白いシャツを着て、黒いズボンをはいている。

 犬猫を拾うようにまた拾ったきたのだろう。

 母もいるのだからきちんと止めて欲しい。

 それが大人というものだ。

「あらあら、ご機嫌斜めね。そんなに心が狭いと香澄に嫌われるわよ」

「余計なお世話ですよ。香澄はそんな子じゃありません。遅れているようなので迎えに行きます。それじゃ」

「あら嫌だ。本当に病気だわ。姉として心配になるわ。お母さまもそう思うでしょう?」

「ええ、本当にそうね。香澄さんに捨てられる日もそう遠くなさそうだわ。本当に育て方を間違えたようね」

 ふぅっと、母がわかりやすくため息を吐く。

「わかっていないのは二人の方ですよ。

 天使のような微笑みと女神のような優しさ。さらにはセイレーンのような魅惑な声。香澄を超える女性は地上にはいないのですよ。父が母にかしずくように、私は香澄にかしずくのです。何もおかしなことじゃないでしょう?」

「そうね、ここまで来ると清々しいというか、哀れというか、何というか──盲目になるなとは言わないけれど、よーく観察しなさい」

 意味深な言葉を投げかけられたところで急いでいることには変わりがない。

 観察するといっても、母と姉、そして、見知らぬ青年──顔を真っ赤にした青年がいるだけだった。

 何!?

 あやうく大事なことを見逃すところだった。

 なぜ顔を赤くしている?

 体型は妻より一回大きく──見えていただけ……帽子でかさ増ししている!?

 ──ということは?

「ただいま……戻りました、あなた」

 恋焦がれ、待ちわびた妻がそこにいた。

 見間違えようがない、妻が──

「そうね。お邪魔なようだから消えましょうか、お母さま」

「ええ、そうしましょう。あら、急に旦那に甘えたくなったわ。ほほほ、失礼するわね」

 わざとらしいセリフを残して、二人が自室に消えた。

 邪魔者もいない。

 遠慮もいらない。

 そのまま近づくと抱きしめた。

 ゆっくりと両手を広げ、コートの上から強く。逃がさないように。

 その勢いに負けた帽子が飛び、反動で髪の毛がふわっと落ちた。

 いつもの妻がいる。

 どんな姿、格好をしていようと最愛の妻である。

 しばらくして、背中に手が回されるのを感じた。

 ぎゅっ、と抱きしめられる。

「おかえり、香澄」

「はい、あなた」

 迷子にならなくてよかった。

 いや、帰ってきてくれてよかった。

 違う。こんな私を選んでくれてよかった──

 放してくれとくれというまで絶対に離さない──

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