統治都市グランディア編⑦
街の外に出られない。
その問題は、アルベルトにとっても頭の痛いものだった。
鎧兵の襲撃に応戦することはできる。だが、街の外へ兵を派遣することができない。
一方で、街の外から人々は入ってくる。
鎧兵に追われた周辺の民が、命からがらグランディアへ逃げ込んでくるのだ。
城門を閉じるわけにはいかなかった。
目の前で助けを求めている人々を、見捨てることなどできるはずもない。
受け入れるしかなかった。
そうして難民が増えていくにつれ、食料も物資も少しずつ乏しくなっていった。
それでも、鎧兵の襲撃は止まらない。
鎧兵は逃げてきた民を追い、街の近くまでやって来る。
だが、街の中へ入ってくることはない。
いつも、あと少しというところで撤退していく。
何度も、何度も。
まるで、何かを確かめているかのように。
「……この状況で、どうすればいい」
アルベルトが漏らした言葉に、答えられる者はいなかった。
街の外へ調査に出ることもできず、鎧兵の目的も分からない。
防衛を続けるだけで、事態が好転する保証もなかった。
そして、しばらくしてから、新たな問題が起こり始めた。
街の住民が、行方不明になったのだ。
最初は一人だった。
次に、また一人。
やがて、行方不明者は無視できない数になっていった。
鎧兵に追われて街へ逃げてきた者もいる。その一方で、以前から街に暮らしていた者たちが姿を消している。
両者に何かつながりがあるのか。
鎧兵の襲撃と関係しているのか。
それとも、まったく別の問題なのか。
今のところ、何一つ特定できていなかった。
「こんなときに……」
アルベルトは苦々しげに呟いた。
ただでさえ、街の外へ出られず、食料や物資も不足し始めている。
そこへ、住民の失踪まで重なった。
問題が増えるばかりで、解決の糸口は見えない。
それでも、街を守ることをやめるわけにはいかなかった。
ユイナたちも、街の警備に協力することにした。
誰かに頼まれたわけではない。
行方不明者が増えている以上、何もせずにいるわけにはいかなかったのだ。
「私たちも、街を見回りましょう」
ユイナの言葉に、アンジェリカとリナも頷いた。
「そうだな。何か分かるかもしれない」
「……面倒だな」
俺は思わず呟いた。
ただでさえ右膝が痛いというのに、街の見回りまで付き合わされるとは。
とはいえ、断ったところでユイナが納得するはずもない。
それにアルベルトには、この状況の中、飯を食わしてもらっている。
結局、俺も一緒に街を回ることになった。
膝当てのおかげで、歩くこと自体は以前より楽になっている。
それでも、痛みがなくなったわけではない。
俺は右膝を気にしながら、街の様子を眺めた。
行き交う人々の顔には疲れが見える。
店先に並ぶ品物も、以前より少なくなっていた。
逃げてきた民を受け入れることは必要だ。だが、受け入れ続けるだけで、いつまで持ちこたえられるのか。
鎧兵は何をしている。
なぜ街へ入ってこない。
そして、なぜ人が消える。
考えたところで、答えは出なかった。
……面倒だな。
そう思いながらも、俺は街の様子を注意深く見ていた。
それから何日かが過ぎた。
その夜も、俺たちは街の警備に出ていた。
昼間とは違い、夜の街は静かだった。
通りに人影は少なく、建物の窓から漏れる明かりと、街灯の光だけが石畳を照らしている。
「今夜は静かだね」
ユイナが小さな声で言った。
「静かだからといって、何も起きないとは限らない」
アンジェリカが周囲を警戒しながら答える。
「……そうだな」
俺も短く返した。
こういうときに限って、何かが起こるものだ。
そんなことを考えていたときだった。
少し先の路地から、人影が見えた。
いや、人影ではない。
人間ほどの大きさをした、黒い翼を持つ何かだった。
蝙蝠に似ている。
だが、普通の蝙蝠とは明らかに違う。
黒い翼を広げた異形が数匹、街の住民を取り囲んでいた。
住民たちは必死にもがいている。
だが、声が聞こえない。
よく見ると、住民の口には黒く半透明なものが絡みついていた。
細長い、ワームのような形状。
異形の身体から伸びているわけでもない。
まるで意思を持っているかのように、空中をうねりながら動いている。
そして、その先端が住民の口を塞いでいた。
ユイナが声を上げようとした。
だが、その瞬間、黒いワーム状のものがユイナの口にも絡みついた。
「っ……!」
俺も同じだった。
口を開こうとしても、声が出ない。
アンジェリカとリナも何かを叫ぼうとしているが、言葉にならなかった。
どうやら、あの黒いものは俺たちにも反応するらしい。
異形たちは、こちらに気づいたようだった。
黒い翼が広がる。
次の瞬間、異形の一匹がユイナへ飛びかかった。
ユイナは身をひねって攻撃をかわすと、すぐさま反撃した。
アンジェリカも杖を構え、炎と氷の魔法を放つ。
俺も、仕方なく応戦した。
右膝に負担をかけないようにしながら、迫ってきた異形を迎え撃つ。
声が出せない。
助けを呼ぶことも、仲間に言葉で指示を出すこともできない。
それでも、俺たちは互いの動きを見ながら戦った。
ユイナが異形の一匹を退ける。
アンジェリカの魔法とリナの水裂が別の一匹を撃ち落とす。
俺も、目の前に迫った異形を拳で叩き潰す。
やがて、残った異形の一匹が翼を大きく広げた。
住民の一人が、異形に捕らえられている。
異形はその住民の身体を翼で覆い隠した。
黒い翼が、完全に身体を包み込む。
すると、異形と住民の姿が変わった。
輪郭が崩れ、色が溶けるように混ざり合う。
やがて二つの姿は、ひとつの闇の影のようになった。
それは地面から離れ、空へと飛び立った。
飛んでいく。
夜空へ。
ユイナが手を伸ばした。
だが、届かない。
俺たちが動くよりも早く、闇の影は建物の屋根を越え、遠ざかる。
追いかけようとしたとき、目の前に残っていた異形が最後の抵抗を見せた。
だが、それも長くは続かなかった。
ユイナとアンジェリカ、リナが連携して攻撃を仕掛ける。
最後の異形が、その場から姿を消した。
その瞬間。
俺たちの口を塞いでいた黒いワーム状のものが、一斉に消えた。
「っ……はあ!」
ユイナが息を吸い込んだ。
「今のは、一体……!」
アンジェリカも周囲を見回す。
住民たちも、ようやく声を出せるようになった。
だが、そこに一人分の姿が足りない。
先ほど、闇に包まれて飛び去った住民。
その人だけが、戻ってこなかった。
ユイナは、空を見上げたまま立ち尽くしていた。
「助けられなかった……」
その声は、いつものユイナらしくなかった。
俺は何も言わなかった。
俺たちは確かに戦っていた。
だが、目の前で一人を連れ去られた。
それが現実だった。
俺は、闇の影が飛び去った方向を見ていた。
黒い影は、途中で進路を変えることなく、街の奥へ向かっていった。
「…広場の方だな」
俺はそう呟いた。
ユイナとアンジェリカ、リナが、こちらに振り返る。
「面倒だな…」




