統治都市グランディア編④
「えーーーーー!?」
ユイナの声が、街の中に響いた。
ユイナは、目の前に立つ男を見つめていた。
アルベルト。
さっきまで俺たちと一緒に前線に立ち、兵士たちと同じように戦っていた男だ。
ユイナはしばらく口をぱくぱくさせていたが、ようやく言葉を絞り出した。
「……グランディア公……?」
「ははは。やめてくれ」
アルベルトは困ったように笑った。
「アルベルトでいい」
「で、でも……」
「堅苦しいのは苦手なんだ」
「……アルベルト……さん」
ユイナは恐縮しながら、ようやくそう呼んだ。
その様子を見ていた俺の腹が鳴る。
「アルベルト、飯を食わせてくれ」
「おにいちゃん!」
ユイナがものすごい勢いで振り向いた。
「なんでお兄ちゃんは普通に呼び捨てなの!?」
「なにかおかしいか?」
「私が今、ものすごく悩んで、やっと『アルベルトさん』にしたところなの!」
「そうか」
「そうかじゃないよ!」
アルベルトは腹を抱えて笑っていた。
「はははは! 面白いな、君たちは」
アンジェリカも口元に小さく笑みを浮かべている。
「……確かに面白いな」
「アンジェリカまで!」
ユイナが頬を膨らませた。
俺はそんなことより飯が食いたい。
アルベルトは笑いを収めると、俺たちを見た。
「それじゃあ、改めて礼をさせてくれ」
「礼?」
「ああ。君たちには助けてもらったからな」
そう言って、アルベルトは街の奥へと視線を向けた。
「ただ……今はこんな状況だ。大したもてなしはできないが、それでもよければ私の屋敷へ来てくれ」
「世話になる」
俺がすぐさま答える。
「お兄ちゃん……」
ユイナが呆れた顔をした。
俺たちはアルベルトと一緒に、グランディアの街へ入っていった。
街の中には、たくさんの人がいた。
商店。
家。
公共の建物。
大きな通り。
一見すると、普通の大きな街に見える。
だが、そのあちこちに見慣れない人たちがいた。
荷物を抱えて歩く人。
建物の前に座り込む人。
そして――。
街の一角には、いくつものテントが並んでいた。
「……こんなに……」
ユイナが足を止めた。
俺も周囲を見回す。
テント。
またテント。
その向こうにも、テント。
避難してきた人たちが、所狭しと暮らしている。
「ここにいる人たちは、みんな避難民だ」
アルベルトが静かに言った。
「街の建物もできる限り開放している。だが、それでも人が多すぎてな」
アルベルトはテントの並ぶ場所を見た。
「もう建物だけでは収まりきらない。だから、こうしてテントを張って暮らしてもらっている」
「……」
ユイナは何も言わなかった。
アンジェリカも、黙って避難民たちを見ている。
俺はアルベルトを見る。
この男は、さっきから何度も避難民のほうを見ていた。
そのときだった。
「アルベルトのおっちゃーん!」
元気な声が聞こえた。
振り向くと、何人もの子供たちがこちらへ走ってくる。
「おっちゃん! 遊ぼう!」
「今日は何して遊ぶ!?」
「アルベルトのおっちゃん!」
アルベルトは笑った。
「おお、みんな元気だな」
子供たちがアルベルトの周りに集まる。
「遊ぼう!」
「すまない。これから少し用事があってな」
「えー!」
「遊ぼうよ!」
「後でも大丈夫か?」
「今がいい!」
「そうか……」
アルベルトは困ったように笑う。
すると、後ろから避難民らしき女性が慌ててやってきた。
「こら、あなたたち! アルベルトさんはお忙しいんだから!」
「でもー!」
「ほら、行くわよ」
子供たちは母親に連れられていく。
「アルベルトのおっちゃん、またな!」
「ああ。また後でな」
アルベルトは手を振った。
「ごめんなー」
子供たちの姿が見えなくなるまで、ずっと笑顔だった。
ユイナがその横顔を見ていた。
「……」
「どうした?」
「いえ……」
ユイナは少しだけ笑った。
「アルベルトさんって、いい領主なんですね」
「そうか?」
「はい」
アンジェリカも頷いた。
「子供たちにも慕われているようだな」
「ははは。あいつらには、おっちゃんと呼ばれている」
アルベルトは照れたように笑った。
そのまま歩いていると、今度は別の匂いがしてきた。
俺の足が止まった。
「……飯だ」
「お兄ちゃん?」
通りの先を見る。
そこには大きな鍋が置かれていた。
何人もの人が、その周りで食事を作っている。
「炊き出しだな」
アンジェリカが言った。
よく見ると、避難民たち自身も炊き出しを手伝っている。
食器を並べる者。
料理をする者。
料理を運ぶ者。
街の人たちと避難してきた人たちが、一緒になって動いていた。
そのとき、炊き出しをしている男性がアルベルトに気づいた。
「おう、アルベルトさん!」
「ん?」
「アルベルトさんも食ってくかい?」
「ああ、ありがとう!」
アルベルトは笑顔で答えた。
「またあとでもらうよ」
アルベルトが手を振る。
その横で、ユイナがふと炊き出しのほうへ視線を向けた。
「…………」
「……お兄ちゃん?」
そこには――。
俺とリナがいた。
俺はお椀を持っている。
リナもお椀を持っている。
そして二人とも、普通に炊き出しを食べていた。
「……」
「…………」
ユイナの顔が引きつった。
「えーーーーー!?」
街中に、またユイナの声が響いた。
「おにいちゃん! それにリナまで!」
リナは口いっぱいに食べ物を入れたまま振り向いた。
「ん?」
「ん?じゃないよ!」
「おいしいよ」
「そういうことじゃない!」
俺は箸を動かしながら言った。
「アルベルトが飯を食わせてくれると言ったからな」
「まだ屋敷についてないでしょ!」
「腹が減った」
「もう!」
ユイナは頭を抱えた。
「すみません! 本当にすみません!」
なぜユイナが謝っているのかは分からない。
俺とリナは、お椀と箸を持ったままユイナに連れていかれた。
その様子を見ていたアルベルトは、また大きな声で笑った。
「ははははは!」
「いや、すまない。ククク」
アンジェリカも、今度は隠すことなく微笑んでいた。
「……ふふ」
「アンジェリカまで……」
ユイナが疲れた顔をする。
しばらく歩き、俺たちはアルベルトの屋敷へ到着した。
外から見ると、かなり立派な建物だった。
さすがに領主の屋敷だけはある。
だが――。
中へ入ってみると、意外だった。
豪華な外観とは違い、屋敷の中は質素だった。
余計な装飾も少ない。
家具も必要最低限。
そして出された食事も、決して豪華とは言えなかった。
もちろん、俺たちをもてなそうとしてくれているのは分かる。
それでも、今のグランディアの状況を考えれば、これが精一杯なのだろう。
アルベルトが申し訳なさそうに言った。
「すまないな。こんなものしかなくて」
ユイナは慌てて首を振った。
「いえ! すごいごちそうです!」
「そう言ってくれると助かる」
「本当においしそうです!」
リナも嬉しそうに料理を見ている。
俺は料理を眺めた。
「……質素だな」
「お兄ちゃん!」
ユイナが即座に叫んだ。
「正直だな、君は!」
アルベルトはまた笑った。
「ははは!」
「アルベルトさん、すみません……」
「いいんだ。気にしていない」
アルベルトは椅子に座りながら、少しだけ周囲を見回した。
「驚いたかい?」
「何がですか?」
「領主がこんな生活をしていることにさ」
ユイナたちが黙ってアルベルトを見る。
「私は雨風がしっかり防げるところに住めている。それだけで十分ありがたい」
アルベルトは静かに続けた。
「それに今は、避難民もたくさん来ているからな」
「……」
「私だけが贅沢をするわけにはいかないだろう?」
ユイナは目を丸くした。
アンジェリカも黙ってアルベルトを見る。
リナも小さく頷いた。
「……すごい」
ユイナが呟いた。
「何がだ?」
「アルベルトさんは、本当にみんなのことを考えているんですね」
「そうでもないさ」
アルベルトは笑った。
「私はこの街を預かっているだけだ」
その言葉を聞いて、アンジェリカが静かに言った。
「……それでも、簡単にできることではない」
アルベルトは少し照れたように笑った。
「そう言ってもらえると、頑張っている甲斐があるな」
俺は料理を口に運ぶ。
……うまい。
豪華ではない。
でも、うまい。
食事を終えたころ、アルベルトが言った。
「ところで、君たちはこれからどうする?」
「特に考えてない」
俺が答える。
「そうか」
アルベルトは頷いた。
「それなら、ここにいる間はこの屋敷に泊まればいい」
「え……?」
ユイナが驚く。
「いいんですか?」
「ああ」
「でも……」
「遠慮する必要はない。部屋ならいくつか空いている」
アルベルトは笑った。
「こんな状況だ。旅人を外で寝かせるわけにもいかないだろう」
ユイナは少し迷ってから、頭を下げた。
「……ありがとうございます」
アンジェリカも頷く。
「助かる」
リナも嬉しそうに笑った。
俺は椅子にもたれた。
屋根もある。
飯もある。
寝る場所もある。
「……まあ、ここでいいか」
「お兄ちゃん……」
ユイナが呆れた顔をする。
アルベルトは、そんな俺たちを見て笑った。
「ははは……」
グランディア。
大きな街。
避難民であふれた街。
そして、その街を守ろうとしている一人の統治者。
俺たちはしばらく、この屋敷で世話になることになった。




