統治都市グランディア編③
グランディアへ向かって、俺たちは歩いていた。
グランディアという大きな都市が、どうなっているのか。
それを少し見てみよう。
そんな程度だった。
「ねえ、お兄ちゃん」
隣を歩くユイナが、前方を見ながら言った。
「この辺り、本当に人が少ないね」
「戦が起きてるんだから、そんなもんだろ」
俺は適当に答えた。
だが、しばらく歩いていると、遠くに妙なものが見えてきた。
建物がいくつか残っている。
……いや。
残っている、という表現もおかしい。
壁は崩れ、屋根は焼け落ち、道には武器や盾が転がっている。
「……また戦跡か」
アンジェリカが呟いた。
俺たちは、その場所へ向かった。
近づくほど、ひどい有様がはっきりしてくる。
焦げた木材。
砕けた石。
地面に残った無数の傷跡。
そして、あちこちに転がる鎧。
「……誰かいる」
リナが言った。
崩れた建物の陰。
そこに、一人の兵士が倒れていた。
生きている。
だが、もう息が浅い。
「大丈夫か?」
アンジェリカが声をかける。
兵士は震えながら薄く目を開ける。
「……来るな」
「え?」
「もう……来るな……」
兵士は何かに怯えている。
「何があった?」
アンジェリカが尋ねる。
兵士はアンジェリカたちを確認すると少し安堵したのか、しかし、やがて、震える声で答える。
「……鎧を着た奴らだ」
「鎧?」
ユイナが聞き返す。
「普通の兵士じゃない……」
兵士は唇を震わせる。
「異様に強いんだ……何人で囲んでも止められない」
「攻撃は、効いた……はずだ」
兵士は自分でも確信が持てないように言った。
「倒れるんだ……確かに倒れる」
「なら――」
「でも……」
兵士が顔を上げる。
「……また立ち上がる」
空気が止まった。
「何度倒してもだ」
兵士は両手を握りしめる。
「剣で斬っても、魔法で吹き飛ばしても……しばらくすると立ち上がる」
「……」
「俺たちは、もう駄目だと思った」
その目には、戦場にいた者の恐怖が残っていた。
「なのに……」
「なのに?」
「突然、撤退した」
アンジェリカが眉を寄せる。
「なぜ?」
「分からない……」
兵士は首を横に振る。
「合図なんてなかった。何かを恐れたようにも見えなかった。ただ……」
兵士は遠くを見る。
「……何かを確かめたみたいに、全員が同じ方向を向いて……そのまま去っていった」
「……変だな」
俺は呟いた。
倒しても起き上がる。
そして、突然撤退。
意味が分からない。
面倒な話だ。
「行こう」
ユイナが頷いた。
「うん」
そして、倒れている兵士を見る。
「兵士さんも一緒に行こう」
ユイナが近づく。
「……兵士さん?」
返事はなかった。
兵士は、すでに息絶えていた。
「……」
ユイナが静かに目を伏せる。
俺たちは兵士を埋葬すると、戦跡を後にした。
しばらく、誰も口を開かなかった。
やがてリナが、
「……あの兵士さん、怖がっていた」
と呟いた。
「普通じゃなかったな」
アンジェリカも前を見たまま答える。
俺は何も言わなかった。
ただ、頭の片隅には、あの兵士の言葉が残っていた。
――倒しても、また立ち上がる。
――突然、撤退した。
それからしばらく歩いた。
すると――
遠くに巨大な城壁が見えてきた。
「あれが……グランディア?」
ユイナが目を細める。
「ああ」
アンジェリカが答えた。
近づくにつれ、その大きさが分かってくる。
高い城壁。
大きな門。
その周囲には、かなりの数の兵士。
そして、門の前には大勢の人が並んでいた。
荷物を抱えた者。
子どもを連れた者。
疲れ切った顔をした者。
周辺の町や村から逃げてきた避難民なのだろう。
俺は門と城壁を見上げた。
「……随分と物々しい街だな」
「周辺で戦が続いているからだろう」
アンジェリカが言う。
俺たちが門へ近づいていくと、一人の男がこちらに気付いた。
四十代くらいだろうか。
落ち着いた雰囲気をしている。
兵士たちとは少し違う服装だった。
男は俺たちの前まで歩いてくる。
「君たちも避難してきたのか?」
男が尋ねた。
アンジェリカが答える。
「私たちは旅をしている」
「旅?」
「ああ。グランディア周辺で戦が起きていて、混乱していると聞いた。それで、少し様子を見に来た」
「そうか……」
男は門の前に並ぶ避難民へ目を向けた。
「周辺の町や村から、ここへ逃げてくる者は多い」
男は少し間を置く。
「こちらも兵を出して応戦しているが……正直、劣勢だ」
ユイナが不安そうに尋ねる。
「グランディアも危ないんですか?」
「危険がないとは言えない」
男は素直に答えた。
「だが、それでも皆ここへ来る」
避難民を見ながら続ける。
「この街の防衛力が高いことを、皆知っているからだ」
「防衛力……?」
リナが聞き返す。
「この街には、少し特殊な防衛の仕組みがある」
男は城壁を見上げた。
「だから、助けを求めて来た者には、できる限り門を開く。ここまで逃げてきた者を追い返すつもりはない」
その言葉を聞いたときだった。
門の外。
遠くから、何かがこちらへ向かってきた。
最初は小さな影だった。
だが、少しずつ姿が見えてくる。
鎧。
大量の鎧。
その姿を見た瞬間、避難民の一人が叫んだ。
「あ……!」
別の者が震えながら叫ぶ。
「あいつらだ!」
「鎧兵だ!」
「逃げろ!」
「また来た!」
門の前が一気に騒然となった。
避難民たちは一斉に門へ殺到する。
子どもを抱える者。
荷物を捨てる者。
泣き叫ぶ者。
男も鎧兵を見つめ、表情を変えた。
「……ここまで来たか」
そして、すぐに兵士へ指示を出す。
「兵を出せ!」
「避難民を全員、中へ!」
「ですが、まだ受付の手続きが――」
兵士が言いかける。
「そんなものは後でどうにでもなる!」
男の声が響く。
「住民を中へ!」
兵士たちが動き出す。
受付に並んでいた避難民も、一斉に門の中へ誘導されていく。
男はこちらを振り返った。
「君たちも早く中へ!」
俺たちは門へ向かう。
だが、その前に鎧兵が兵士たちへ襲いかかった。
ガキィン!
激しい金属音。
兵士たちが鎧兵を囲む。
一人が足を止め、別の兵士が剣を振り下ろす。
鎧兵が地面へ倒れた。
「やった!」
兵士が叫ぶ。
だが――
ガチャ……。
鎧兵が立ち上がった。
「……な」
兵士の顔が引きつる。
さっき、
戦跡で聞いた話と同じだ。
鎧兵は何事もなかったように剣を振る。
「うわっ!」
兵士が吹き飛ばされた。
別の兵士が斬りかかる。
倒す。
また立つ。
囲む。
倒す。
また立つ。
「何なんだ、こいつら!」
兵士たちの息が荒くなる。
戦闘は次第に激しくなっていった。
倒しても倒しても、鎧兵は起き上がる。
兵士たちは少しずつ疲弊していく。
男も剣を手に取った。
その姿を見て――
「……やれやれ」
俺はため息をついた。
隣を見る。
ユイナが俺を見ている。
アンジェリカも。
リナも。
三人とも、何も言わない。
ただ、俺を見ている。
そして、三人が小さく頷いた。
俺は鎧兵の方に向かう。
だが、三人を見る。
「……じゃあ、よろしく」
「もう、お兄ちゃん! こんな時まで!」
ユイナが呆れたように言う。
アンジェリカもため息をついた。
「全くだ」
リナが頷く。
「兄様、もっと強くならないとって言ってた」
「……」
余計なことを覚えている。
俺は何も言わず、三人を送り出した。
「行くぞ!」
アンジェリカが杖を構える。
炎が走る。
その炎を氷が追い、鎧兵の動きを止める。
「はあっ!」
ユイナが盾を構えて突っ込む。
鎧兵が大きく吹き飛ぶ。
リナが水裂を構える。
「そこ!」
圧縮された水が鎧兵を撃ち抜く。
鎧兵が倒れた。
だが――
ガチャ……。
また立ち上がる。
「……やっぱり」
ユイナが呟く。
それでも三人は怯まない。
倒す。
立ち上がる。
また倒す。
また立ち上がる。
三人は強かった。
まだ余力もある。
だが、周囲の兵士たちは限界に近づいていた。
このままでは危ない。
ユイナがこちらを見る。
「お兄ちゃん……」
「ん?」
「やっぱこれ、変だよ」
俺も鎧兵を見る。
何度倒されても立ち上がる。
普通じゃない。
「……そうだな」
俺はようやく歩き出した。
参戦しようとした、その瞬間――
鎧兵たちが、一斉に動きを止めた。
「……?」
戦場に、不自然な静寂が落ちる。
一体の鎧兵が、ゆっくりと顔を上げた。
そして――
同じ方向を向いた。
別の鎧兵も。
また別の鎧兵も。
やがて、すべての鎧兵が同じ方向を向いていた。
何かを確かめているようだった。
「……何してるの?」
ユイナが呟く。
誰にも分からない。
しばらくして。
一体の鎧兵が、ゆっくりと進んできた道を引き返し始めた。
続いて、他の鎧兵も一斉に動き始める。
「待て!」
兵士が叫ぶ。
だが、鎧兵たちは振り返らない。
ただ、進んできた道をそのまま引き返していく。
あっという間に、その姿が遠ざかっていった。
残された兵士たちは、呆然としている。
「……助かった、のか?」
誰かが呟いた。
俺は鎧兵たちが向いていた方向を見る。
「……」
何だったんだ。
なぜ急に撤退した。
俺には分からない。
ただ一つだけ。
あいつらは、何かを確かめた。
そんな気がした。
戦闘が終わり、俺たちは門の前に集まった。
先ほどの男がこちらへ歩いてくる。
「先ほどは、ありがとう」
男が頭を下げた。
「君たちがいなかったら、こちらの兵だけでは持たなかっただろう」
ユイナが笑う。
「当然のことをしただけです」
「俺たちは門に入りそびれただけだ」
俺が言う。
ユイナがすぐにこちらを見る。
「お兄ちゃん、なんかやった感あるけど、今回何もしてないじゃん」
「全くだ」
アンジェリカも頷く。
リナも、
「うんうん」
と頷いた。
「……」
俺は黙る。
男は、そのやり取りを見て笑った。
「ははは……君たちは面白いな」
そして、少し姿勢を正した。
「改めて名乗ろう」
「私の名は、アルベルト・グランディアだ」
「グランディア……?」
ユイナが目を丸くする。
アンジェリカも男を見る。
アルベルトは穏やかに笑った。
「この街を、治めさせてもらっている」
「えーーーーー!」
ユイナの声が、グランディアの門前に響いた。




