統治都市グランディア編①
俺たちは村を離れた。
しばらく歩いたところで、アンジェリカが聞いてきた。
「それで、これからどうする?」
「知らん」
「……知らんって」
俺は前を見る。
そして、適当に指を差した。
「とりあえず、あっちの方でいいだろ」
アンジェリカが指の先を見る。
「……そっちはグランディアだぞ」
「……」
グランディア。
以前、御者から聞いた話が頭をよぎる。
周辺で起きた戦。
街へ流れ込んだ避難民。
リリアが治療を受けられるかどうかも分からなかった。
だが――。
それから数日が経っている。
「……面倒だな」
俺は別の方向を指差した。
「やはり、こっちに――」
「お兄ちゃん」
ユイナが俺の袖を掴む。
「一回指差したんだから、やり直しはだめ」
「なんでだ」
「もう決めたんでしょ?」
「決めてない」
「はいはい」
ユイナが笑う。
アンジェリカも苦笑する。
「私もグランディアの状況は気になる。リリアのこともあるしな」
「私も」
リナも頷いた。
「グランディアには医療の施設もあるんだよね?」
「そうだな」
俺は三人を見る。
どうやら、全員行く気らしい。
「……」
俺は小さく息を吐いた。
「少し見るだけだぞ」
「はいはい」
ユイナが笑う。
アンジェリカも笑う。
リナも笑った。
「はぁぁ……」
俺は肩を落とす。
「面倒だ、面倒だ……」
そして腹を押さえた。
「腹減った」
ユイナが吹き出す。
「もう、お兄ちゃんったら」
俺たちは歩き出した。
向かう先は――グランディア。
俺は何も言わなかった。
最初に指差したのが、偶然グランディアだったのか。
それとも――。
その答えを知っているのは、俺だけだった。
――しばらくして。
遠くに、小さな集落が見えてきた。
「……あれ?」
ユイナが足を止める。
俺も目を細めた。
何かがおかしい。
煙が上がっている。
家がいくつも壊れている。
屋根が崩れ、壁が砕けている。
人の姿が、ほとんどない。
「……戦跡か」
アンジェリカが呟く。
俺たちは集落へ入った。
ひどい有様だった。
道には瓦礫が散らばっている。
壊れた家。
焼け焦げた木材。
地面に残る、大きな爪痕。
人が住んでいたとは思えないほど静かだった。
「……ひどい」
ユイナが呟く。
リナも周囲を見回している。
「ここも、戦に巻き込まれたんでしょうか……」
「たぶんな」
俺は地面を見る。
新しい。
それほど時間が経っていない。
「……まだ誰かいるかもしれない」
アンジェリカが周囲を見渡した。
その時だった。
集落の入り口。
そこに、数人の黒いローブが立っていた。
「またか」
俺はため息をついた。
黒ローブの一人が手を上げる。
「行け」
地面が揺れた。
瓦礫の下から、魔物が何体も飛び出してくる。
「お兄ちゃん!」
「ユイナ、アンジェリカ、リナ。任せる」
「え?」
ユイナが振り返る。
「お兄ちゃんは?」
「面倒だから見てる」
「もう……!」
ユイナは光を集めた。
「分かった!」
魔物が一斉に襲いかかる。
ユイナの光の盾が正面から受け止める。
ドンッ!
「はあっ!」
盾を押し返す。
魔物がよろめいた。
その隙に、アンジェリカが杖を振る。
足元から氷が伸び、魔物の身体を絡め取る。
「そこだ!」
氷が砕ける。
同時に炎が爆発した。
ドンッ!
魔物が吹き飛ぶ。
「リナ!」
「はい!」
リナが水裂を構える。
「装填!」
水が圧縮される。
パァン!
圧縮された水が魔物を撃ち抜いた。
次々と魔物が倒れていく。
俺は少し離れた場所から眺めていた。
最後の魔物が倒れた。
「――まだだ」
黒ローブの一人が呟いた。
「?」
地面が大きく揺れる。
瓦礫が跳ね上がった。
「何だ……?」
地面が割れた。
その奥から――巨大な魔物が姿を現した。
さっきまでの魔物とは、明らかに違う。
身体が大きい。
腕も太い。
全身には黒い紋様。
ユイナが構える。
アンジェリカも杖を握り直す。
「油断するな」
リナも水裂を構えた。
魔物が吠える。
空気が震えた。
「来る!」
魔物が地面を蹴った。
ドンッ!
ユイナが盾を構える。
ガァン!
「くっ……!」
ユイナが押し込まれる。
アンジェリカが炎を放つ。
「燃えろ!」
炎が魔物を包む。
しかし――。
魔物は止まらない。
「効いてない……?」
リナが水裂を撃つ。
パァン!
魔物の身体が少し揺れただけだった。
「硬い……!」
魔物の腕が振り抜かれる。
「危ない!」
ユイナが盾を構えた。
ドゴォン!
盾が大きく歪む。
「きゃっ!」
「ユイナ!」
俺はため息をついた。
「……仕方ない」
俺は前へ出た。
「お兄ちゃん!」
魔物が俺を見る。
そのまま拳を振り下ろしてくる。
俺は右手で受け止めた。
ズンッ!
地面が沈む。
「……重いな」
そのまま腕を振る。
ドゴンッ!
魔物の身体が大きく吹き飛んだ。
地面を何度も転がる。
ユイナが呆然とする。
俺は魔物へ歩いていく。
魔物が起き上がった。
俺は右足を一歩引いた。
「終わりだ」
一瞬で距離を詰める。
拳を叩き込んだ。
ドゴォォン!
魔物の身体が地面に叩きつけられた。
動かない。
「……弱いな」
俺が背を向けた。
その時。
「ククク……」
黒ローブの一人が笑った。
「……?」
俺は振り返る。
男が黒い石を取り出した。
石の中心から――赤い光が漏れている。
「何をする?」
「まだ終わってはいない」
男は倒れている魔物へ近づく。
そして黒い石を、魔物の胸へかざした。
赤い光が強くなる。
「――起きろ」
ドクン。
魔物の胸が脈打った。
「……!」
倒れていた魔物が、ゆっくりと立ち上がる。
そして――。
男の手にあった黒い石が、魔物の胸へ吸い込まれた。
ズブッ。
赤い光が一気に広がる。
魔物の身体が膨れ上がった。
黒い紋様が全身を走る。
地面が揺れる。
「な……」
ユイナが後ずさる。
さっきとは、まるで違う。
魔物の身体から溢れる力だけで、周囲の瓦礫が吹き飛んでいく。
「さっきより……」
アンジェリカが息を呑む。
「桁が違う……」
魔物が俺を見る。
「……面倒だな」
俺は構えた。
魔物が突っ込んでくる。
拳と拳がぶつかった。
ドゴォン!
地面が割れる。
「……!」
俺の身体が少し後ろへ押された。
「なるほど」
今度は俺から踏み込む。
何度も拳を叩き込む。
魔物も腕を振り回す。
互いの攻撃がぶつかり合う。
ドン!
ドン!
ドゴォン!
「……少し面倒だな」
俺は魔物の攻撃をかわす。
だが、次の一撃を受けた。
ズンッ!
「……っ」
俺の身体が数メートル後ろへ滑る。
俺は右膝を押さえた。
「やれやれ……」
ゆっくり右膝を摩る。
「これ、痛いんだよな」
その瞬間――。
右膝が赤く光った。
「……!」
アンジェリカが俺を見る。
「……出すのか」
俺は右足を引く。
いつもの構え。
その瞬間だった。
「――それを待っていた」
黒ローブの男が笑った。
「……?」
男が懐から何かを取り出した。
黒い金属でできた、円形の輪。
中央には小さな赤い光が浮かんでいる。
男がそれを俺へ向ける。
「これを――」
赤い光が、強くなった。
俺の右膝が反応する。
「……何?」
次の瞬間。
魔物の胸にある赤い光も強くなった。
俺の右膝。
男の持つ黒い輪。
魔物の胸。
三つの赤い光が、まるで一本の線で繋がったように輝いた。
「なに――」
ドクンッ!!
「――ぐっ!」
右膝に激痛が走った。
「ぐあああっ!」
今までとは比べものにならない。
膝の奥から、身体全体を引き裂くような痛みが走る。
「お兄ちゃん!」
ユイナが叫ぶ。
俺は右膝を押さえた。
「なん……だ……これ……!」
右膝が地面に叩きつけられる。
ズズズズズ……。
地面が沈んだ。
「――っ!」
右膝が大地へめり込んでいく。
地面に亀裂が走る。
ズガガガガッ!
俺の右膝を中心に、地面が割れていく。
「ぐっ……!」
身体を起こそうとする。
だが、動かない。
右膝だけが、地面に引きずり込まれていく。
「何なんだ……この力……!」
両腕に力を込める。
しかし――。
黒ローブの男が手を向けた。
「動くな」
黒い魔法が伸びる。
両腕。
左足。
一瞬で拘束された。
「……こんなもの」
俺は腕に力を込める。
普段なら、簡単に破れる程度の魔法。
だが――。
「……っ」
力が入らない。
右膝から何かを吸い取られているような感覚。
「なぜ……!」
その時。
魔物が目の前に立った。
魔物が俺の右足首を掴んだ。
「――っ!」
身体が持ち上がる。
「お兄ちゃん!」
ユイナの声。
次の瞬間――。
ドゴォォォン!!
「――グフッ!」
地面に叩きつけられた。
口から血が出る。
視界が揺れる。
魔物は俺の右足首を離さない。
もう一度、振り上げる。
「……っ!」
ドゴォォォン!!
「グフッ!」
今度は頭から地面へ叩きつけられた。
頭から血が流れる。
身体が地面を滑り、魔物から少し離れたところで止まった。
「お兄ちゃん!」
ユイナが駆け寄ろうとする。
だが魔物が立ちはだかった。
俺は地面に手をついた。
「……くっ」
立たなければ。
そう思って身体を起こす。
だが――。
右膝は赤く光ったまま、大地へ沈み続けている。
「……動け」
腕に力を込める。
「動け……!」
それでも立てない。
俺は歯を食いしばった。
「……面倒だな……」
魔物が腕を振り上げる。
俺はユイナたちを見る。
「悪いな……」
息を整える。
「少し時間がかかりそうだ」
「お兄ちゃん……?」
「先にグランディアにでも行って……飯でも食っててくれ」
「俺は……ここで何とかする」
魔物が咆哮した。
巨大な腕が振り下ろされる。
ドゴォォォン!!
だが――。
俺には当たらなかった。
目の前に、光の盾があった。
「……ユイナ?」
ユイナが盾を構えている。
「一緒に行くの!」
「……逃げろ」
「嫌!」
盾が震える。
魔物の力に押され、ユイナの足が地面に沈む。
「ぐっ……!」
「ユイナ!」
「大丈夫!」
ユイナは歯を食いしばった。
「お兄ちゃんを置いていかない!」
魔物がさらに力を込める。
盾が軋む。
その瞬間。
魔物の足元に氷が絡みついた。
「――止まれ!」
アンジェリカだった。
氷が魔物の両足を覆う。
「これで……!」
パンパァァン!
同時に、水裂から二発の水が撃ち出された。
魔物の上半身に直撃する。
ほんの少しだけ、魔物の身体が後ろへ押された。
アンジェリカは俺を見る。
「強がりもほどほどにしろ」
リナも頷いた。
「私たちもいます」
「……お前ら……」
俺は少しだけ目を見開いた。
しかし――。
魔物が足を動かす。
バキッ。
氷に亀裂が走った。
「……!」
バキバキバキッ!
氷が砕ける。
「足止めにもならないか!」
アンジェリカが杖を振る。
「なら――!」
炎が魔物へ向かって飛ぶ。
ドゴォン!
しかし、炎をまとったまま魔物が進んでくる。
「効かない……!」
リナが水裂を撃つ。
パァン!
パァン!
何発当てても、止まらない。
「まだです!」
リナは水裂に装填する。
「装填!」
撃つ。
パァン!
アンジェリカも走りながら魔法を放つ。
氷。
炎。
氷。
炎。
リナも魔物との距離を変えながら撃ち続ける。
しかし――。
魔物は止まらない。
腕を振り回す。
アンジェリカが飛び退く。
「くっ!」
リナも身体を捻ってかわす。
「危なっ……!」
魔物の腕が地面を薙ぎ払う。
瓦礫が飛び散る。
ユイナの盾にも何度も攻撃が叩き込まれる。
ドン!
ドン!
ドゴォン!
「ぐっ……!」
ユイナの顔から汗が流れる。
腕が震える。
それでも盾を消さない。
「もういい……」
俺は言った。
「逃げろ」
アンジェリカが魔物へ炎を放ちながら叫ぶ。
「置いて行けるわけないだろう!」
リナも水裂を構え直す。
「私も!」
魔物が腕を振り抜いた。
「――っ!」
アンジェリカとリナの身体が吹き飛んだ。
「アンジェリカ!」
「リナ!」
二人は地面を転がる。
意識はある。
だが、すぐには動けない。
「……ぐっ……」
「いた……」
魔物がユイナへ向き直る。
「……!」
攻撃が集中する。
ドゴォン!
ドゴォン!
ドゴォォン!
ユイナの盾が大きく揺れる。
「……っ!」
膝をつきそうになる。
それでも耐える。
「もういい……」
俺は地面に手をついた。
「もう……いい……」
立ち上がろうとする。
「動け……」
右膝が赤く光る。
「動け……!」
しかし身体は動かない。
「クソッ……!」
拳を地面に叩きつける。
「クソッ……! 動け!」
ユイナは盾を押さえながら、魔物を見つめていた。
「守るんだ……」
声が震える。
「守るんだ……」
盾が軋む。
「絶対……」
魔物がさらに力を込める。
「守るんだ……!」
その瞬間――。
ユイナの身体から、ほんの僅かに赤い光が立ち上った。
「……?」
俺は目を見開く。
同時に――。
右膝の痛みが、ほんの少しだけ薄れた。
「……ユイナ?」
ユイナの目にも、薄く赤い光が灯っている。
「私は……」
ユイナが盾を握り直す。
「守るんだ……」
赤い光が、少しずつ濃くなる。
「絶対に……!」
ユイナが立ち上がる。
「私が守る――!」
光の盾を思い切り振り抜いた。
ドォン!
魔物の巨体が、ほんの少しだけ後方へ跳ねた。
「……!」
ユイナはボロボロになりながら立っていた。
目は――諦めていない。
「ユイナ……」
俺は呟いた。
ユイナが振り返る。
「大丈夫よ、お兄ちゃん」
少しだけ笑った。
「なんか……いける感じがする」
その時。
「……私も、まだ動ける」
アンジェリカが立ち上がった。
身体を押さえながら、杖を握る。
リナもゆっくり立ち上がった。
「私も……」
「お前ら……」
アンジェリカが息を切らしながら言う。
「胸だ……」
「胸?」
「あの赤い光……胸の中にある」
アンジェリカが魔物を睨む。
「あそこに、黒い石がある」
リナも魔物を見る。
「……あれを壊せば」
「何とかなるかもしれない」
ユイナが頷く。
「じゃあ……やろう」
魔物が咆哮した。
地面が揺れる。
「来る!」
巨大な拳が振り下ろされた。
ユイナが前へ出る。
「――っ!」
右拳を握る。
その拳に、薄い赤い光が集まった。
俺は目を見開く。
ユイナが拳を引く。
「いけぇぇぇ!」
魔物の胸へ――。
ドゴォォォン!!
拳が突き刺さった。
魔物の身体が後方へ吹き飛ぶ。
胸に大きな亀裂が走った。
「今だ!」
アンジェリカが杖を構える。
「凍れ!」
強烈な氷が魔物の胸を覆う。
直後。
「焼けぇぇぇぇっ!」
業火のごとき炎が叩き込まれた。
バキィィン!
ドゴォォン!
急激な温度差に耐えきれず、凍った胸が砕け散った。
その奥から――。
赤い光を放つ黒い石が現れた。
「……見えた」
リナが水裂を握る。
「任せて」
リナは右手を前へ出した。
水が集まる。
圧縮される。
小さな水の塊。
それを親指、人差し指、中指の三本で掴む。
そして――。
時計回りに勢いよく回す。
ギュイーン……。
水が回転する。
「……回ってる?」
俺は思わず呟いた。
リナはそのまま水裂へ装填する。
「……」
さらに後ろにはじける水を装填。
水裂が震える。
ギュイーン……。
リナは魔物の胸にある黒い石を狙った。
「ぶっつけ本番」
静かに呟く。
引き金を引いた。
「パギュィィィーン!」
圧縮された水が撃ち出された。
圧縮した水は割れる。
だが――。
回転していた。
割れた水が中心へ寄り、広がることを抑えながら、螺旋を描く。
そのまま魔物へ突き進む。
「いけ……!」
リナが呟く。
次の瞬間。
赤い光を放つ黒い石へ――。
直撃。
「ガガガガシャーン!!」
黒い石が砕け散った。
赤い光が消える。
魔物の身体から、一気に力が抜けた。
「今!」
ユイナが走る。
「はああああっ!」
ドゴォォォン!!
魔物の身体が大きく吹き飛ぶ。
その身体は、空中で崩れ始めた。
黒い霧となって――。
消えた。
「……」
静かになった。
俺たちは、その場に立ち尽くしていた。
黒ローブたちは、しばらく何も言わなかった。
やがて――。
「……ほう」
一人が小さく笑った。
「なるほど」
別の男が俺を見る。
そしてユイナを見る。
最後に、リナへ視線を向けた。
「今回は……これで十分だ」
「待て!」
アンジェリカが叫ぶ。
しかし、黒ローブたちの身体が黒い霧に包まれる。
「また会おう」
その言葉だけを残して――。
黒い霧は消えた。
「……逃げた」
リナが呟く。
俺は何も言わなかった。
ただ――。
右膝を見ていた。
赤い光は、まだ消えていない。
そして。
右膝には――。
今までにはなかった、細い赤い亀裂が走っていた。
「……」
俺は膝に手を添える。
「……面倒だな」
誰にも聞こえないように、そう呟いた。




