アグニア草を、花束に。編⑥
「アグニア草、実はミロが取りに行っている」
アンジェリカがそう告げると、俺は思わず顔を上げた。
「一人でか……?」
「ああ。自分に心当たりがあると言って、一人で向かった」
「……そうか」
俺は少し考える。
「ミロが出てから、どれくらい経った?」
「二日だ」
「二日……」
俺はアンジェリカを見る。
「散歩程度と言っていたようだが……遅すぎないか?」
アンジェリカも小さく頷いた。
「私もそう思っている」
「何処に向かった?」
「少し離れた西の山だ」
「西の山……?」
俺はその言葉を繰り返した。
頭の中で、何かが引っかかる。
アグニア草。
非常に高温な土地にしか生えない植物。
そして――西の山。
「……待て」
俺は立ち上がった。
「アグニア草は……非常に高温な土地にしか生えないんじゃなかったか?」
「村長からは、そう聞いている」
俺はしばらく黙り込んだ。
そして、ある可能性が頭をよぎる。
「……炎龍?」
「炎龍?」
ユイナが不安そうに俺を見る。
「ああ」
俺は西の山の方向へ目を向けた。
「アグニア草がそんな場所にしか生えないなら……そこに炎龍が棲みついていてもおかしくない」
「そんな……」
ユイナの顔が曇る。
「ミロ……大丈夫かな」
リナも不安そうに呟いた。
「ミロ、一人で行ったんだよね?」
「ああ」
「……それ、散歩じゃないよ」
「だな」
俺は短く答えた。
嫌な予感がする。
「面倒だが」
俺は立ち上がった。
「行こう」
ユイナがすぐに頷いた。
「うん」
リナも水裂を手に取る。
「私も行く」
「危険だぞ」
「分かってる」
リナは水裂を背負い直した。
「でも、ミロを一人にしておけない」
俺は二人を見る。
止めても無駄だろう。
「……分かった」
その時だった。
「私も行く」
アンジェリカが言った。
「アンジェリカさんは、リリアちゃんの側にいてあげて」
ユイナがそう言うと、アンジェリカは首を横に振った
。
「それはできない」
「でも……」
「私の妹のために、ミロは命を懸けてくれている」
アンジェリカは静かに言った。
「ならば、私がここで待っているわけにはいかない」
俺は何も言えなかった。
その時――
「……お姉ちゃん」
ベッドから、細いリリアの声が聞こえた。
アンジェリカが振り返る。
「リリア……」
リリアは苦しそうに身体を起こそうとしていた。
すぐにリゼットが身体を支える。
「無理しちゃだめだ」
「……大丈夫」
リリアはそう言って、アンジェリカを見る。
「お姉ちゃん……ミロさんを、助けて」
「……」
「私のために……行ってくれたんでしょ?」
アンジェリカの表情が変わる。
「……ああ」
リリアは小さく息を整えた。
「だったら……」
「リリア……」
アンジェリカが妹の前まで歩いていく。
リゼットもアンジェリカを見上げた。
「姉ちゃん」
「なんだ?」
「ミロ、リリアのためにアグニア草を探しに行ってくれたんだよね」
「ああ」
「だったら、ちゃんと……」
リゼットは笑おうとした。
だが、その表情には不安が滲んでいる。
「……うん」
アンジェリカは二人の妹を見つめた。
「必ず戻る」
そこへ村長が歩み寄ってきた。
「アンジェリカさん」
「はい」
「妹さんたちのことは、わしらに任せてくだされ」
村長はリリアとリゼットを見る
。
「ここにいる者、皆でお二人を守ります」
「……ありがとう」
アンジェリカは深く頭を下げた。
そして、俺たちのほうへ振り返る。
「行こう」
俺は頷いた。
「ユイナ、リナ」
「うん」
「はい」
俺たちは西の山へ向かう準備を始める。
ミロが向かった場所。
アグニア草が生える場所。
そして――
炎龍が棲むかもしれない場所へ。
俺たちは、ミロの後を追って村を出た。
山へ近づくにつれ、周囲の景色が少しずつ変わっていく。
草木が減り、地面の色も変わっていく。
俺たちは足を止めず、そのまま山道を進んだ。
すると――
「……あれ」
ユイナが空を見上げた。
「何?」
リナも空を見る。
遠くの山。
その上空を、巨大な影が飛んでいる。
「……!」
大きな翼。
その身体から漏れる赤い光。
そして――
グオオオオオオオオッ!!
遠くから、山々を震わせるような咆哮が響いた。
「……炎龍」
アンジェリカが呟く。
「ああ」
俺は炎龍から目を離さない。
炎龍はしばらく山の上空を旋回すると、そのまま山の奥へと飛んでいった。
「ミロ……あの山にいるんだよね?」
ユイナが不安そうに言う。
「おそらくな」
俺は山の奥を見る。
「急ごう」
俺たちは足を速めた。
炎龍の姿が消えた山の奥へ向かって進んでいく。
だが――
しばらく進んだところで、俺は足を止めた。
「……待て」
「どうしたの?」
ユイナが振り返る。
俺は道の先を見つめた。
「……あれ」
道の脇。
何かが倒れている。
近づいていく。
見覚えのある杖。
「……ミロ?」
ユイナが駆け出した。
「ミロ!」
俺たちも後を追う。
そこに――
ミロが倒れていた。
「……ひどい」
ユイナが息を呑む。
ミロの身体には、いくつもの傷が刻まれていた。
焼け焦げた跡も残っている。
服もところどころ破れていた。
俺はミロの身体をじっと見つめる。
焼け焦げた跡。
激しく打ちつけられたような傷。
そして、全身に残る無数の傷。
俺は遠くの山へ目を向けた。
「……炎龍と戦ったのか?」
俺たちは、倒れたミロを前に言葉を失った。




