アグニア草を、花束に。編⑤
「……それはなんだ?」
ミロの腕に、力が入る。
「…………」
ガルドは薄い笑みを浮かべながら、ミロの腕の中にある物を見つめた。
「何か大事なもののようだな」
そう言うと、一歩後ろへ下がった。
「お前ら、やれ」
ミロの腕に、さらに力が入る。
その腕には、アグニア草が抱えられている。
「弱っている奴をやるのは面白いな」
子分の一人が笑った。
ミロは残された力を振り絞り、逃走を試みる。
だが――
シュッ!
ワイヤーが飛び、ミロの身体に絡みついた。
「……っ!」
足を取られた瞬間――
鮮血がほとばしった。
子分の一人が投げたナイフが、ミロの足をかすめた。
「ぐっ……!」
よろめいたミロへ、数人の子分たちが一斉に飛びかかる。
腕を掴まれ、身体を押さえつけられる。
「離せ……!」
ミロは必死に振り払おうとする。
だが、もう身体に力が入らない。
それでも――
アグニア草だけは、胸元に抱え込んだままだった。
そして――
鈍い音が響いた。
「ぐっ……!」
こん棒がミロの腹へめり込む。
身体がくの字に折れる。
それでもミロは、アグニア草を離さない。
続けて、背中に蹴りが入る。
「ぐあっ……!」
地面に倒れ込む。
それでも両腕で草を抱えたまま、身体を丸める。
「おいおい、まだ持ってやがる」
「そんなに大事なのか?」
子分の一人がミロの腕を掴む。
アグニア草を奪おうとする。
「……やめろ」
「なんだ?」
「……それは……」
ミロの声は、かすれていた。
それでも腕には力が入っている。
「渡さない……」
「しぶといな!」
腕を引っ張られる。
ミロの身体が地面を擦る。
「……っ!」
それでも離さない。
子分が苛立ったようにミロを蹴り飛ばす。
ミロは何度も地面を転がった。
それでも、胸元からアグニア草だけは離さなかった。
「もういいだろ」
別の子分が笑いながら近づいてくる。
「その草、俺たちがもらってやるよ」
「……だめだ」
ミロは震える腕で草を抱き直した。
「……これは……」
言葉が続かない。
頭の中に、村で過ごした時間が浮かぶ。
リリアを心配そうに見守るリゼット。
ベッドの上で苦しみながらも心配をかけようとしないリリア。
そして、エルビス村の人々。
ミロは目を閉じる。
「……これだけは……」
子分のこん棒が振り下ろされた。
ミロの身体が地面へ叩きつけられる。
「ぐっ……!」
もう、立ち上がれない。
腕も震えている。
呼吸も浅い。
それでも――
アグニア草だけは抱きしめている。
しばらくして、ガルドが近づいてきた。
子分たちが離れる。
ガルドは倒れているミロを見下ろした。
そして、ミロの腕の中へ手を伸ばす。
「それをよこせ」
ミロの指が、アグニア草を強く握りしめた。
「……嫌だ」
「まだそんな力が残っているのか」
ガルドが草を引っ張る。
ミロの身体が地面を引きずられる。
「……っ!」
それでも離さない。
「それだけは……」
「何がそんなに大事なんだ?」
ガルドは力を込める。
「こんな草が、なんだっていうんだ」
「……違う……」
ミロの声は、ほとんど聞き取れない。
「……これは……」
言葉が途切れる。
ガルドは構わず引っ張った。
「離せ」
「……嫌だ……」
「うっとうしい!」
ガルドの手がミロの身体へ伸びる。
そして――
ミロを殴りつけた。
「……っ!」
ミロの腕が一瞬緩む。
その隙に、ガルドがアグニア草を引き抜いた。
「あ……」
ミロの腕から、草が離れる。
ガルドの手に収まった。
「……返して……」
ミロは這うようにしてガルドへ近づく。
そして、その足にしがみついた。
「……それだけは……」
ガルドは足元を見下ろす。
ミロの手は震えている。
力など、もうほとんど残っていない。
それでも離れない。
「……返して……」
ガルドは小さく息を吐いた。
「まだやるのか」
次の瞬間――
ミロの身体が蹴り飛ばされた。
「……ぐっ……!」
地面を転がる。
もう動けない。
「行くぞ」
ガルドが背を向ける。
子分たちも後に続く。
「しかし、変な奴でしたね」
「草なんかに、あそこまで必死になるとはな」
笑い声が響く。
遠ざかっていく足音。
ミロは薄く目を開いた。
ぼやけた視界の中に、ガルドたちの背中が見える。
ガルドの手には、アグニア草。
「……それ……だけは……」
声は、ほとんど音にならなかった。
それでもミロは、手を伸ばそうとする。
「……それだけは……」
指先が、わずかに動く。
だが、そこまでだった。
視界がゆっくりと暗くなっていく。
遠ざかるガルドたちの姿を最後に――
ミロの意識は、途切れた。




