飛ばせない水⑪ 完結
町へ向かって走る。
隣では、鍛冶屋が大きな槌を握りしめている。
町の中から、何度も大きな音が響いていた。
――ドンッ!
――バキッ!
「急ぐぞ、嬢ちゃん!」
「はい!」
リナは水裂を両手で握りしめる。
完成したばかりの武器。
まだ一度も、魔物に向けて撃ったことはない。
けれど。
今は、そんなことを考えている暇はなかった。
町へ入る。
すると。
「――来たか!」
ユイナの声が聞こえた。
その先では、すでに戦いが始まっていた。
「はあっ!」
ユイナが拳を振り抜く。
光をまとった拳が魔物を捉え、その巨体を吹き飛ばした。
「そこ!」
アンジェリカの杖から炎が放たれる。
魔物の足元で炎が弾け、その動きを止めた。
さらに別の魔物が二人へ飛びかかる。
「ユイナ、右」
「分かってる!」
ユイナが光の盾を展開する。
魔物の爪が盾へぶつかった。
――ガンッ!
「――せっ!」
ユイナが押し返す。
魔物がよろめいたところへ、アンジェリカの魔法が叩き込まれた。
「……あの二人、強いのう」
鍛冶屋が呟いた。
だが。
ふと、その視線が別の場所へ向く。
「……こいつは……」
ユイナ。
アンジェリカ。
そして、その少し離れた場所。
木箱を枕にして、地面に寝転がっている男。
「……」
俺は寝ていた。
魔物が町を襲っているというのに。
普通に。
「……あいつ」
鍛冶屋の顔が引きつる。
「……こんな状況で寝てやがるのか!?」
「いつも通りです」
リナが苦笑した。
「いつも通りって……」
鍛冶屋が呆れたように俺を見る。
俺はそんな視線にも気づかず、目を閉じていた。
……膝が痛い。
それに。
ユイナとアンジェリカなら、まだ大丈夫だ。
俺が出る必要はない。
そう思っていた。
そのとき。
「……リナ」
「はい?」
「前じゃ」
鍛冶屋が槌を構える。
数体の魔物が、こちらへ向かって走ってきていた。
リナも水裂を構える。
けれど。
すぐには撃たなかった。
魔物を見る。
一体。
二体。
三体。
距離。
速度。
足の運び。
それぞれの動き。
リナの目が、静かに動く。
これまで何度も見てきた。
ユイナが前へ出る。
アンジェリカが魔法を放つ。
魔物が避ける。
次にどこへ動くのか。
「右です!」
「次、来ます!」
「そこなら!」
後ろから声をかけてきた。
自分では前に出られないから。
せめて。
みんなの役に立てるように。
だから。
ずっと見てきた。
魔物の動きを。
みんなの動きを。
そして今。
その経験が。
自分の手の中にある水裂へと繋がっていた。
リナは魔物を見る。
水裂の中で。
水がどう動くのか。
それを完全に決めることはできない。
圧縮した水に、はじける水の力を加えれば。
水は筒の中ですでに割れる。
問題は。
その割れた水が。
どこで。
一気に広がるのか。
そこだった。
普通に水を作れば。
どこで広がるかは分からない。
けれど。
水裂を使う前に。
先に考えることはできる。
どこで。
どう仕留めたいのか。
そして。
そこで広がるように。
どんな水を作ればいいのか。
今できる範囲で。
「……決める」
リナは呟いた。
一体目を見る。
今いる場所ではない。
このまま走ってくれば。
次に踏み込む場所。
そこへ水が届いたとき。
広がってくれればいい。
「一発目……あの魔物」
リナは、その先を読む。
魔物の足。
身体の向き。
速度。
そして。
次に踏み込む場所。
そこへ届くように。
リナは水を作った。
圧縮する。
硬さを調整する。
その後ろには、はじける水。
強さを調整する。
今の自分にできる範囲で。
少し。
ほんの少し。
水の状態を変える。
「……これ」
できあがった一発分の水を、水裂の一本目へ装填する。
次。
別の魔物を見る。
二発目のターゲット。
こちらは動きが違う。
一体目より速い。
しかも。
途中で横へ動く。
「……なら」
リナは、もう一度考える。
さっきより遠く。
魔物が横へ動いた先。
そこへ水を届ける。
そして。
そこで広がってくれればいい。
そのために。
もう一度、水を作る。
圧縮した水の硬さ。
はじける水の強さ。
一発目とは少し違う。
微調整する。
そして。
二本目へ装填する。
二発。
それぞれ違う水。
それぞれ違う狙い。
それぞれ違う広がり方。
「……できた」
水裂を肩に当てる。
鍛冶屋は、黙ってリナを見ていた。
魔物が迫ってくる。
リナは動かない。
まだ。
まだ早い。
一体目が走る。
距離が縮まる。
リナは、その動きを見続ける。
そして。
「今」
指を引く。
――カチン。
撃鉄が動く。
次の瞬間。
――パァン!
一発目が飛んだ。
水は筒の中ですでに割れている。
それでも。
長い筒の中を進んでいる間は、大きく広がらない。
まっすぐ。
魔物へ向かって飛んでいく。
そして。
狙った場所へ届いた瞬間。
――バシャッ!
水が一気に広がった。
広がった水の塊が、魔物の進路を塞ぐ。
「グガッ!」
魔物が水をまともに受け、体勢を崩しながら倒れる。
リナは、もう次を見ていた。
二体目。
先ほどまで一体目の後ろを走っていた。
一体目が倒れたことで、進路が変わる。
右へ。
リナは、それを見ていた。
予定していた場所とは違う。
なら。
変える。
「……そこ」
水裂を少し動かす。
そして。
指を引く。
――カチン。
――パァン!
二発目が飛ぶ。
水は筒の中ですでに割れている。
それでも。
長い筒に押し出されるように、前へ進む。
そして。
魔物が移動した先。
そこへ届いた瞬間。
――バシャッ!
水が一気に広がった。
広がった水の塊が、魔物を捉える。
「グルァッ!」
魔物が吹き飛ぶ。
「……ほう」
鍛冶屋が、小さく呟く。
それ以上は何も言わない。
ただ。
リナと水裂をじっと見ていた。
そして。
少しだけ口元を緩める。
「まだまだこれからじゃが……」
鍛冶屋がリナを見る。
「……?」
「……たいした嬢ちゃんじゃ」
「今!」
ユイナが駆け込む。
「――はあっ!」
光をまとった拳が魔物を吹き飛ばす。
「これで終わり」
アンジェリカの杖から炎が走る。
残っていた魔物が倒れた。
静かになる。
リナは水裂を下ろした。
二本の筒。
どちらも空になっている。
初めての二発。
その二発で。
二体の魔物を仕留めた。
「……終わった」
リナが小さく息を吐く。
すると。
「嬢ちゃん」
鍛冶屋が声をかけた。
「はい?」
リナが振り向く。
鍛冶屋は、しばらく何も言わなかった。
そして。
「さっきの二発」
「はい」
「最初から、仕留める場所を決めとったのか?」
「……はい」
「魔物がどう動くかを見て」
リナは、さっきの戦いを思い返す。
「どこで、どう仕留めるかを先に決めます」
「水が、そこで広がるようにしたのか?」
リナは頷く。
「普通に水を作れば、どこで広がるかは分かりません」
「なら……どうした?」
リナは水裂を見る。
「先に、どこで仕留めるか出来る限りその付近で広がるようにしました」
「……」
鍛冶屋は黙っていた。
「一発目と二発目は、違う水なんです」
「違う?」
「はい。狙う場所が違うので」
リナは水裂を指先で触れる。
「圧縮した水の硬さも。はじける水の強さも。今の私にできる範囲で調整しました」
「……そうか」
鍛冶屋が、ゆっくり息を吐く。
「装填する水が二発違う・・・」
「はい」
鍛冶屋は水裂を見る。
それから。
リナを見る。
「さっき話しとったことを、もう実戦で試してみせるとはのう」
「……嬢ちゃん」
「はい?」
「お前さん、いつからそんなことをやっとった?」
「そんなこと……?」
「敵の動きを見て、先に仕留める場所を考えるなんてことじゃ」
リナは少し考えた。
「……今まで、みんなの後ろにいたので」
「後ろ?」
「はい」
リナは頷く。
「ユイナお姉ちゃんやアンジェリカさんが戦っているのを見ていました」
「……」
「魔物がどう動くのか。みんながどう動くのか」
少しだけ笑う。
「それを見て、指示することしかできなかったので」
鍛冶屋の目が変わった。
「……なるほどのう」
今まで。
リナは戦えないと思っていた。
自分は役に立てないと思っていた。
だから。
後ろから見ていた。
何度も。
何度も。
その結果。
誰よりも、戦場を見るようになっていた。
「嬢ちゃん」
「はい」
「お前さん……」
鍛冶屋が笑う。
「とんでもない才能を持っとるのう」
「……才能?」
「そうじゃ」
鍛冶屋は水裂を指差す。
「ワシが作ったのは、水を飛ばすための武器じゃ」
「はい」
「じゃが」
鍛冶屋はリナを見る。
「それをどう使うかまで、ワシは作れん」
「……」
「それを決めるのは、お前さんじゃ」
リナは水裂を見る。
「……はい」
「水裂での初めての実戦じゃろう?」
「はい」
「それで二発とも、狙う場所を変えて」
鍛冶屋が笑った。
「魔物の動きを読んで、水まで作り分けるか」
「……」
「たいした嬢ちゃんじゃ」
リナは少し照れたように笑った。
「ありがとうございます」
鍛冶屋も笑う。
「こりゃあ……」
水裂を見る。
「ワシも、もっといい武器を作りたくなってきたのう」
「え?」
「まだまだ改良できるじゃろ?」
リナは水裂を握り直した。
「はい」
「そうか」
鍛冶屋が嬉しそうに笑った。
その後。
町に残っていた魔物は、すべて倒された。
ユイナがリナのところへ走ってくる。
「リナ、すごかったよ!」
「ありがとう、ユイナお姉ちゃん」
「二発で二体倒しちゃった!」
「……運が良かったんです」
「違うよ!」
ユイナが笑う。
「ちゃんと魔物を見てたじゃん!」
アンジェリカも歩いてくる。
「水が広がる場所を決められないなら、先に仕留める場所を決めて、それに合わせて水を作る」
「……はい」
「合理的ね」
アンジェリカが水裂を見る。
「しかも二発とも、別の水を作った」
「はい」
「悪くない」
「ありがとうございます」
その後ろでは。
「……」
俺はまだ寝ていた。
「お兄ちゃん!」
「……ん?」
ユイナに揺さぶられて、ようやく目を開ける。
「終わったのか?」
「終わったよ!」
「そうか……」
俺は身体を起こす。
「じゃあ、そろそろ行くか」
「えっ?」
リナが驚く。
「もう行くんですか?」
「ああ。長居すると面倒だからな」
「お兄ちゃん……」
ユイナが呆れる。
アンジェリカは小さく息を吐いた。
「……最後まで変わらないな」
町を出る準備を始める。
鍛冶屋は工房の前に立っていた。
リナは水裂を背負う。
「じゃあ、師匠」
「ん?」
「また!」
鍛冶屋が少し寂しそうな顔をした。
それから。
「ああ」
槌を肩に担ぐ。
「……気をつけて行けよ」
「はい!」
リナは笑った。
そして。
四人はラグナールを後にした。
歩き出してから。
リナは一度だけ振り返る。
工房の前。
鍛冶屋が、まだそこに立っていた。
リナは小さく手を振る。
鍛冶屋も、槌を上げて応えた。
やがて。
町が見えなくなる。
リナは前を向いた。
背中には、水裂。
手には。
二人で作り上げた武器の感触が残っている。
そして。
これから先。
もっと強くなるために。
もっと、みんなの役に立つために。
リナは歩き続けた。
水裂とともに。




