飛ばせない水編⑩
鍛冶屋の工房には、今日も金属を叩く音が響いていた。
カンッ。
カンッ。
カンッ。
工房の中では。
「もう一度、確認するぞ」
「はい」
鍛冶屋とリナが、作りかけの武器を前にしていた。
そこには、二本の長い金属の筒が並んでいる。
これまで使ってきた筒よりも太く、頑丈に作られている。
二本とも長い。
そして、その後ろには金属で作られた仕組みが取り付けられていた。
撃鉄。
鍛冶屋さんが考えた、はじける水を刺激するための仕組みだ。
「ここを指で引けば、撃鉄が動く」
「はい」
リナが人差し指をかける。
軽く引く。
カチッ。
撃鉄が動いた。
「これが……引き金なんですね」
「そうじゃ」
リナは何度か指を動かして確かめる。
「魔力を使わなくても、これで、はじける水を刺激できる」
「そういうことじゃ」
リナは嬉しそうに武器を見る。
けれど。
「……まだ、足りませんね」
「何がじゃ?」
「これだと、撃つときに少し不安定です」
鍛冶屋が武器を持ち上げる。
長い。
重い。
水を込めれば、さらに重くなる。
「確かにのう」
鍛冶屋さんは武器の後ろを眺めた。
「なら、支える場所を作るか」
「支える場所?」
「肩じゃ」
鍛冶屋さんは自分の肩に武器を当てるように構えてみせる。
「ここで支えれば、腕だけで持つより安定する」
「……なるほど」
さっそく鍛冶屋は金属と木を使って、武器の後ろに肩で受けるための部分を作り始めた。
削る。
叩く。
削る。
また叩く。
何度も形を確かめながら調整していく。
やがて。
「ほれ」
「……ありがとうございます」
リナが武器を受け取る。
両手で持ち、肩に当てる。
「……これなら」
さっきまでより安定している。
「重いですけど……持てます」
「重いのは仕方ない。強度を落とすわけにはいかんからのう」
リナは頷いた。
「大丈夫です」
そして、もう一つ。
鍛冶屋は筒の先端と後ろ側に、小さな金属の突起を取り付けた。
「これは?」
「向きを合わせるためのものじゃ」
リナが目を細める。
後ろの突起と前の突起。
二つを一直線に合わせる。
「……狙いやすい」
「筒が長いからのう。目印があったほうが扱いやすい」
「ありがとうございます」
リナは何度も構えてみた。
肩で支える。
両手で持つ。
二つの突起を合わせる。
そして、引き金に指をかける。
「……これなら、ちゃんと扱えそうです」
「まだ試してみんことには分からんぞ」
「はい」
リナは水を作り始めた。
一本目の筒に、圧縮した水を入れる。
その後ろに、はじける水を込める。
「よし」
鍛冶屋が少し離れる。
「撃ってみい」
「はい」
リナが構える。
肩でしっかり支える。
前と後ろの突起を合わせる。
そして――
カチッ。
――パァン!
水が飛び出した。
遠くの木に当たり、砕けた水が広がる。
「……!」
リナが目を輝かせる。
鍛冶屋さんも笑った。
「よし……!」
もう一度。
今度は二本目。
カチッ。
――パァン!
こちらも同じように飛んでいく。
武器は壊れない。
筒も耐えている。
「二本とも問題なしじゃ」
「はい!」
リナは嬉しそうに武器を見る。
「これなら……二回、撃てます」
「そうじゃな」
鍛冶屋は頷いた。
「今の嬢ちゃんなら、その重さが限界じゃろう」
「……はい」
悔しそうではあった。
でも、諦めてはいない。
「……もっと使えるようになります」
「そうじゃ」
鍛冶屋は武器を見ながら言った。
「この武器も、まだ変わるかもしれんのう」
「……私も、もっと変わります」
リナは静かに答えた。
「圧縮した水を、もっと硬くしたいです」
「うむ」
「はじける水の強さも……もっと細かく調整できるようになりたいです」
鍛冶屋は黙って聞いていた。
「今は、強くすると水が広がりすぎます」
「じゃが、それは悪いことではない」
「はい」
リナも分かっている。
水が筒の中ですでに割れるからこそ、広がる。
それなら――。
「どこで広がるのかを……もっと調整できたら」
「……そうじゃな」
「手前で広げることも」
リナは武器を見る。
「遠くまで飛ばしてから、そこで広げることも……できるかもしれません」
「圧縮した水の硬さと、はじける水の威力。その二つを調整できれば、ということじゃな」
「はい」
鍛冶屋が笑った。
「面白いことを考える嬢ちゃんじゃ」
「まだ、できるとは決まってませんけど」
「だから面白いんじゃ」
リナも少し笑った。
今完成した武器だけでは、まだ思い通りにはならない。
水が広がる場所も。
広がる範囲も。
完全には操れない。
けれど。
これからリナ自身が強くなれば。
圧縮した水をもっと硬くできれば。
はじける水の威力を、もっと細かく調整できれば。
この武器は、もっと違う使い方ができるかもしれない。
「……鍛冶屋さん」
「なんじゃ?」
「この武器……名前をつけませんか?」
「名前?」
「はい」
鍛冶屋さんは腕を組んで考えた。
しばらく黙っていたが。
「……水を裂くように飛ばす」
ぽつりと呟く。
「水を……裂く」
「水裂――」
鍛冶屋さんが武器を見る。
「水裂すいれつでどうじゃ」
「水裂……」
リナがその名前を口にする。
「……いい名前です」
「そうか」
「はい」
リナは大切そうに武器を見つめた。
「水裂」
そして。
「ありがとうございます」
鍛冶屋さんは少し照れたように顔を背ける。
「礼なんぞいらん」
少し間を置いて。
「……ワシと嬢ちゃんで作ったんじゃからな」
「……はい」
リナは笑った。
そして、もう一度水裂を構える。
肩で支える。
両手で握る。
目印を合わせる。
引き金に指をかける。
カチッ。
――パァン!
水が飛んだ。
二人が作った武器。
二人で積み重ねてきた時間。
そして――
「……師匠」
「ん?師匠とはまたたいそうじゃのう」
鍛冶屋は照れながら言う。
「これからも、もっと強くなります」
鍛冶屋が目を丸くする。
けれど、何も言わなかった。
ただ少しだけ口元を緩めて。
「……好きにせい」
そう言った。
リナは嬉しそうに笑った。
水裂は完成した。
けれど。
リナの水魔法は、まだ完成していない。
圧縮した水の硬さも。
はじける水の威力も。
まだ、伸ばせる。
水が広がる場所さえ、自分で自由に選べるようになるかもしれない。
手前で広げるのか。
遠くで広げるのか。
それを決めるのは――
これからのリナ自身だった。
リナは、水裂をじっと見つめた。
これから、この武器で何ができるのだろう。
まだ分からない。
けれど。
今はただ、この武器と一緒に歩いていきたかった。
そんな静かな時間は――
「……リナ」
「はい?」
鍛冶屋が、ふと顔を上げた。
「……何か聞こえんか?」
「え?」
リナも耳を澄ます。
工房の中には、さっきまで聞こえていた金属を叩く音がない。
その代わりに。
遠くから、低い音が響いてきた。
――グルルルル……。
「……魔物?」
鍛冶屋が立ち上がる。
工房の外を見る。
ラグナールの町の入り口。
そこから、何体もの魔物が姿を現していた。
「……こんなときに来るとはのう」
鍛冶屋が槌を手に取る。
魔物たちは、町へ向かって走り始めた。
遠くから、戦いの音が響く。
ドンッ!
炎が上がる。
光が走る。
「ユイナお姉ちゃんたち……!」
リナが水裂を手に取る。
完成したばかりの武器。
まだ、魔物に向けて撃ったことはない。
けれど。
そんなことを考えている暇はなかった。
鍛冶屋がリナを見る。
そして、少しだけ笑った。
「嬢ちゃん」
「はい!」
「行くぞ!」
「はい、師匠!」
二人は町へ向かって走り出した。




